第9話 猪鹿亭3
僕は正直驚いていた。
怪我で引退したじいちゃんが、危険な探索者という道を僕に勧めてくるとは思いもしなかったからだ。
「驚くのも無理はないの……お前は薬草栽培をやめれば、農作物をここで作って暮らそうと思っとるかもしれん。勿論それも一つの生き方じゃ……じゃがな、まだ若いお前に、この小さな土地に縛り付けるような人生を送って欲しくはないんじゃよ」
僕はじいちゃんの話しを聞きながら、最近感じていた事を思い起こした。
長年かけて癒したこの土地に愛着はある。
でも僕にも他に自分にしか出来ない何かがあるんじゃないかと。
「それにな、ワシはそれほど無茶な事を言っているとは思っておらんよ。ユーリ、お前には、ワシの知っておる事はすべて教えたつもりじゃよ。後は、慎重に経験を積めば、ダンジョン三層くらいまでで魔石や素材を集めて十分やっていける。ワシはなにも試練を越えたり、階層攻略者になれと言っているのではないんじゃよ」
話し疲れたのか、じいちゃんは暫く天井を見つめている。
「じいちゃん、疲れたなら少し休んだら……」心配した僕の言葉を遮り、また話し始めた。
「いや、今、伝えておかねばならん。ユーリそのポーチを取ってくれ」
僕は、テーブルの上の小型のポーチを持ってきて、じいちゃんに渡した。
「お前に渡すものがある」そう言って、ポーチから武器と黒い肌着のような物を出した。
「ワシが探索者として使っていた持ち物は引退時に換金するなりしたので、ほとんど残ってないが、引退後も使えそうな物を残したんじゃよ……」
「まず武器は古い物だが[バゼラード]という短剣よりは長い剣で、突きを使う、お前の戦い方にあっておる。黒い肌着は黒豹の皮と大蜘蛛の糸から出来ておる、本来は鎧の下に着るものだが、服の下に着ておきなさい。敵の突きの衝撃と斬撃を緩和してくれる。過信は禁物じゃがのう。そしてこの二つには強化の魔方陣が転写されておる……お前の魔力操作なら十分本来の性能を発揮できるじゃろう。問題はこれじゃな……」
最後にポーチを持ち、僕に渡して……
「ワシが最後に戦った試練の魔物の皮から作ったものだ、転写魔法の代金が随分かかったんじゃよ……空間拡張というものでな、かなりの収納力がある。マジックポーチと呼ばれる物じゃよ。ワシとお前の魔力を登録してあるから、他の者には使えん……じゃが人の前では使ってはならん。教える相手は、仮に裏切られても、諦めがつく相手にするんじゃな」
それだけ言うと、安心したように目を閉じた。そして独り言のように呟いた。
「愚かな事じゃ……引退する身にマジックポーチなどな……持ってる金をほとんど費やすなどの……だが、ワシの探索者人生の集大成じゃからな、その選択に後悔はない。ユーリよ、お前がこれからどうするかは、お前の選択にまかせる。村長にもそう伝えておる。この土地は皆が喜んで面倒みるだろうと村長は言っておる」
それから黙り込んでしまった。目を瞑っているので、眠ってしまったのかと思っていると……突然……
「いや、ワシの人生の集大成はユーリ、お前じゃ。この十年あまりワシは、お前と暮らせて幸せじゃったよ……強く生きよ……ユーリよ……ありがとう」
それが、じいちゃんと僕が交わした最後の会話になった。
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