出会い
第一話 拾い拾われ
頭が重い。それに寒い、いや熱い。肌がヒリヒリする。全身が血を止めていた後のように痺れているように感じる。一体なんだ?今までこんなことは一度も無かったはずだ。それに、なんだかずっと長い時間寝ていたような関節の軋みを感じる。感じるけど、目が明かない。夢の世界で起きているようだ。自分の体を触ろうと手を動かす。しかし、手の感触は全くない。そもそも動かせているかも分からない。一体何がどうなってやがる。
「姫様。これは、どういう事でしょうな?」
「えっと、ほら。困った人は助けなさいって言うじゃない?」
「普通の困っている人ならそうでしょう。ですが、全裸の意識のない女性を拾うのは、些か姫様が関わるのは違うというもの。」
姫様と呼ばれる女性に、男性の老人が指摘をしている。そしてその部屋の奥に布に巻かれた『拾い物』が横たわっていた。バツが悪そうに姫様は頭を掻いている。
「だって、森で不思議な穴があって、そこで見つけ…あ。」
言い訳をしようとしたが、途中でそれが墓穴だと気付いた。恐る恐る老人の顔をみる姫様。老人の表情は変わっているように見えないが、それがかえって恐い。
「また、抜け出されたのですな。」
ふぅ。とため息交じりに呆れられた。
「ごめんなさい…。って!」
ここは先手を打って謝ることにしようとした矢先、『拾い物』がもぞもぞと動き出した。二人の視線がその人物に集まる。
「ん、んん~?どこだ、ここは?」
俺は体を起こし、大きなあくびをしながら頭をボリボリと掻いた。ん~?随分髪が伸びたな。最後に髪を切ったいつだっけな。あくびをして出た涙を手で拭うと視点が定まってきた。
「ん?誰だお前ら。そっちの女は顔真っ赤にして。クソ、風邪ひいたか?声が変だ。」
俺の前には若い金髪の女と爺さん。お嬢さんはなぜか顔を真っ赤にしている。俺の声もおかしい。女みたいな声になってやがる。
「む、胸っ!見えてるから!隠して!」
お嬢さんはこちらを見ないようにしてブンブンと手を振っている。
「隠せって、服着てるはずなのに何言って…。」
と、俺は視線を下に下げた。お、ほんとに裸族じゃねーか。しかも、何か胸が腫れてないか?まぁとりあえず触ってみるか。—ムニュン。とハリのある弾力でいつまでも触れるあの感触だ。
「んん~~?ほうほう…。」
ひとり何かに相槌を打ちながら俺は自分を触っていた。それからしばらくして…。
「ハァ!なんで俺胸ついてるんだよ!」
そう言って思わず立ち上がって更なる衝撃を受けた。待て、待ってくれ。そんなはずはない。アイツの存在を男が忘れるはずもない。だからこそ分かるんだ。俺の『相棒』たちがいないという事に。
「ない…だとッ!」
俺は恐る恐る、相棒のいるはずの部位に手を伸ばした。やはり、そこは空襲後の焼け野原のように草原が広がっていただけだった…。え、今日からオンナノコです。いやいやいや、そんなの受け入れられないから。そう!これは夢!感触までわかる夢!だから寝ればいいんだよ。寝て起きたらほら、きっと全部今まで通り…。
にはなりませんでしたとさ。俺は目の前にいた二人に食って掛かっていた。
「おい、これはどういう事か説明しろよ。」
「あなたは森で転がってて、私が拾ってきたの。以上よ。」
「そんな雑な説明があるか!大体俺は男だ!」
余りに雑な説明に怒りを覚えていると、
「どう見ても女性ですな。」
呆れるように爺さんが言った。完全に頭がおかしい人を見るような目だった。だが、爺さんは彼女の方に向き俺の存在を無視して話し出した。
「姫様。どうしてこうなったのか、私はまだ何も聞いておりませぬ。理由が分からなければ、コレの処理の判断も出来ませぬ。」
コレって。おい。あんまりだろう。文句の一つでも言いたいところだが、なんとなく言えない雰囲気に負けて黙る俺。
「言わなきゃダメ?」
「姫様。今の状況をご理解か?」
あくまでとぼけようとする姫様?だが、爺さんは全く譲る気などないらしい。鋭い眼光で姫様を見つめている。カタギの眼じゃねぇ。
「…わかった、わかったからそんな顔しないで。」
眼力に負けたのか、それともほかの理由なのか分からないが姫様が折れた。そして、俺に目を合わせないように
「森の中で今まで無かった穴を見つけたの。気になってその中に入ったら、見たことも無いような金属でできた廊下や扉があったの。まるでどこか違う世界の建物みたいだった。」
姫様の言葉を聞いて、俺は部屋を改めて見た。恐らく木造、壁は砂壁か。窓枠も木材でできているようだ。暖炉では薪がくべられて暖をとっている。
「それでね、扉の前に立ったら勝手に扉が開く部屋があったの!その奥に丸く光るものがあって、そこに触れたらものすごく冷たい風が出てきたの。白い煙と一緒に。その煙が晴れたら、あなたがその格好でいたの。」
そう言って、姫様はようやく俺の方を見た。冷たい煙から現れたねぇ。そんな登場の仕方あるのかね?
「遺跡、からこの方は出てきたという事ですか。」
一通りの姫様の説明を聞き、爺さんは顎に手を当てて考え込む。
「姫様の話が本当であれば、この方が間者の可能性は低くなりますな。」
そう言うと、爺さんは俺の目の前にきて、まじまじと俺の顔を例の鋭い眼光で見た。だから、その目をするのやめろって…。
「まこと、姫様と瓜二つですな。背丈もほぼ同じ…。ふむ…。」
爺さんは後ろを向いてそのまま逡巡するような仕草を見せた後、こちらに向き変わった。
「オーレンと申します。貴女の名は?」
とりあえず、『拾った場所に返してきなさい』という定番の流れにはならないらしい。名を聞かれ、答えようと思った俺だったが—
「俺の名前は…。名前、なまえ。なーまえ…。」
明らかに俺は動揺していた。なぜなら、名前が思い出せないからだ。
「まさか、名乗れないとでも?」
訝し気にこちらを見るオーレンに俺は正直に話すことにした。
「名前はわからん。そもそも、どうしてここにいるかもわからん!」
俺のこの発言に、オーレンは微動だにせずいた。むしろ好奇の眼をこちらに向けていた。今までになく、その目が輝いていた。問いかけることが生きがいのように
「ほう、名がわからない。不思議ですな。不便でしょうに。」
「不便も何も、今初めて不便な状況になっているんだ。」
確かにおかしい。名前がないなんて。だけど、どれだけ思い出そうとしても何も思い出せない。オーレンは手を後ろに組み、俺の周囲を歩き出した。まるで尋問をするように。
「質問を変えましょう。なぜこの地へ来られた?」
「さっき姫様が言ってただろう。何でと言われても困る。」
オーレンの動きが止まる。苛立ちか、それともほかの何かか。その表情からは伺い知れない。
「名前もなく、理由もなく姫様と同じ顔をして姫様に拾われた。と?」
「そういう事だな。」
「しかもその体で自分は男だと言い張る。でも名前はない。今まで何を生業に?」
「さぁな。できたら教えて欲しいぐらいだ。」
「全くの無垢。そうあくまで言うのですな。」
オーレンは問いを続け、俺の顔の目の前でそう言った。信じてないな。そりゃ信じることはできないだろうけどよ。逆なら俺も疑いしか持たん。
「姫様、一旦この方は私がお預かりします。今は判断が付きませぬ。」
しばらくした後、オーレンはそう言った。とりあえず、すぐに処分されることはないようだ。姫様がいなかったら、多分指とか腕とか無くなってたんじゃないか?オーレン、こいつは危ないヤツだと俺の勘が告げていた。
「しかし、名がないというのも困りますな。」
どうせ嘘だろう。という冷たい眼差しでオーレンはこちらを見つつ続けた。
「姫様、この方に適当な名を付けてもらえませぬか。」
おい、適当かよ。
「じゃあ、ミュゼ!」
おい、即答かよ。絶対この尋問中に考えてただろ。
「では、ミュゼ殿。ひとまず客人としてそなたをお招きしよう。」
不気味ともとれる笑みを浮かべてオーレンがそう言った。新しいおもちゃを手に入れたように嬉しそうにも見えた。
こうして、俺の女子としての人生がここからスタートする。てかいい加減服貸してくんないかなぁ…。何この罰ゲーム。いい加減恥ずかしいわ…。
翌日放り込まれる地獄に、俺は全く気付いていなかった。
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