第四十九話 予感
穏やかではないその宣言の中でも、
緊張感に満ちる個室の中と外の空気を中和するように、第三の選択肢が示される。
「その選択をする前に、僕たちの仲間になるという選択肢も考慮してくれると僕はとても助かるのだけれど」
「委哉」
怪異というのは異教の神だ。神という概念については先日討論した。人によって「神」と認知される概念がすなわち神だ。人代の英雄も名君も死ねば皆、神格化される。かつてそこにあったであろう栄誉のことを思うとき、その感情が概念として神を成す。生きて神となるものも決していないわけではないだろう。それでも、土着神である怪異の仲間入りを果たすということはどう甘く見積もっても文輝の死を意味しており、代替案として両手放しに喜べる内容ではなかった。
神仙の手駒としてこの国で生きるのも、神と決別して国を捨てるのも、人であることをやめるのも、どれも似た寄ったりの苦難を意味している。その中から最適解を選ぶのは、今の文輝では手に余るだろう。
子公に続いて今度は文輝が溜息を吐く。委哉が雰囲気を読んで「
そんな文輝の隣に子公が座り、
「そうだ。それだ。委哉、君たちに頼みがある。華軍殿を貸してほしいんだ」
「俺か?」
「そうです。現状、華軍殿のお力添えをいただくのが最善と判断しました」
だから、文輝は自らの言葉で説いた。どれだけ拙くても、どれだけ論理に穴が開いていても、どれだけ困難であろうとも伝わるまで説くのが今の文輝の役割だ。華軍が慈しみの目でこちらを見ている。ここは四年前の中城ではないし、お互いの姿形も移り変わっているだろう。だのに、文輝は不意に懐かしさという概念と対峙した。出来の悪い後輩を見る目を文輝に向けるものはもう
その文輝に対して全ての理を超越した慈しみを向けているのが華軍だ。
彼の中において時の流れは意味を失った。昨日も今日も明日も、全を超越して華軍はここにいる。それが怪異である、ということだ。
「華軍殿。『
「お前が考えたのか」
「その一端におけるまで全て、と答えると嘘になります。それでも、子公の助力は受けましたが、敢えてこう言います。『
「小戴、よく覚えておけ。発言に責任を持つのは結構だが、全てを背負おうとするな。お前が負うべきでない責もある。そういうものは誰かに押し付けてしまえばいいのさ」
誠実さだけでは人は生きていくことが出来ない。嘘も欺瞞も、建前も詭弁も駆使しろ、と華軍は言う。愚直に生きることは美しいがそれだけだ。人を守る矛になりたいのであれば、その刃を振りかざすときをよく見極めろ、と言われているのだと文輝は理解した。
ただ。
「今がそのときである、と俺は思います」
愚直さをもって自らの分を示し、その上で必要なものを導き出し、助力を乞うのは今の場面が最適だろう。そう、返すと華軍の琥珀色はくるくると光を灯して、そうしてゆっくりと伏せられる。拒まれるのだろうか、と思うぐらいの長い間を置いて華軍が弾かれたように笑い出す。
「委哉、聞いたか。この馬鹿ものは機を読める、と言っているぞ」
「事実上、読めているのじゃないかな。君がそんなに笑っているのは僕も初めて見るよ」
「小戴、気に入った。いい返事だ。俺の才をお前に貸してやろう。いいな? 委哉」
「いいも悪いも。君はもう決めているじゃないか」
まったく、君は本当に自由人そのものだ。言って悪態を吐く委哉にしてもそれほど嫌悪感を示していない。その隣の白瑛は上から目線で成り行きを見守るばかりで、賛否すら示さないが文句があって口を噤むという性質には見えない。許容範囲内、ということだろう。そう判断して文輝は委哉と華軍の答えを待った。
「小戴」
「何でしょう、華軍殿」
「俺は既に人である所以を失った。この虎の身体を呪っている、というわけではないが四足獣の姿では十分に才を振るうことは出来んだろう」
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