第三十九話 敬称の誤り
「
「僕の目的を達成する為に協力してくれる生粋の善人、とか」
「俺の転生を留めるだけの遺恨を作った張本人、だとか」
「
神が自分を認識していると知って高揚して勘違いをしないぐらいには
全ては国の為に、と育てられる。無私と豪語出来るほど分岐は秀でていなかったが、それでも分別はある。「概ね神」である白瑛に名を呼ばれて舞い上がらないように自制した結果、頭を抱えて力いっぱい叫ぶことで調和を保っている。
「では
「――その条件を譲るおつもりはないのですね」
「はい。もう。髪の毛の一本すらございません」
にこやかな笑顔の下にしなやかな弓矢のような強さを感じる。
かつて文輝と共に切磋琢磨した「旧友」も十分美しかったし、
溜息を零し、西白国の女性の大半が憧れる白瑛の美しさと聡明さと強さを実感して、文輝は現実と対峙した。
「では信梨殿」
「どうかされましたか、小戴殿」
白瑛は穏やかに微笑んでいるが文輝の中では焦燥と高揚で上を下への大騒ぎだ。呼びにくいどころか話しにくいことこのうえない。
天仙を前にして失態を演じないか、神経をすり減らして言葉を選ぶが、文輝の呼びかけに対して白瑛が可愛らしく頬を膨らせて拗ねたのだから美しさと困惑で文輝の処理能力を軽く超越した。
「……信梨殿は忘却と失念についてどのようにお考えなのですか」
「小戴殿。わたくしは差別を好みません。堅苦しい言葉遣いはお控えくださいませ」
「差別をしているつもりはないのですが」
「それです。
皆さんと同じように接していただきたいのです。
白瑛はそう言うが、崇拝の対象たる天仙に分け隔てなく接することが出来るものがいるとしたら、それはもう西白国の民ではないだろう。
その確信を突くように子公が何ごともなかったかのように会話に参加する。
「では白瑛よ。貴様はどう考える」
まさかの敬称なし。どころか「貴様」呼ばわりに文輝は血の気が引くのを感じる。論破されて逆に諭される未来が見えていたが、慌てて子公の言動を諫めずにはおられなかった。
「子公! お前はもう少し謙遜っていう概念を覚えろ! あと白瑛殿、とお呼びしろ!」
「本人が了承していることに過剰に気を遣うのは非礼だろう。それに私には
「ああ! もう! お前そういうところ本っ当に面倒臭えやつだな!」
わかったから少し黙っていてくれ。
そう頼み込むのが精一杯で、斜め向かいに座った白瑛がくすくすと笑っているのに気付くのに少し時間が必要だった。
「小戴殿。小戴殿はお話に聞いていた通りの方ですね」
「怪異の言うことを真に受けないでほしい」
尊敬の態度を「差別」と受け取られたのは正真正銘、今が初めてだ。
それでも、文輝は知っていた。己の身を以って知っていた。畏敬の念を装って敬遠される、ということの居心地の悪さも、それを否定することが社会においては無条件で「悪」に分類されてしまうことも。九品に育った文輝は知っている。
だから。
神話の天仙を前にして、常と変わらない態度を通すことが苦痛を伴うとしても。同じ痛みを彼女に与えることを回避することが文輝にし得る「最善」であることも、文輝は確かに知っている。知っているからこそ、文輝は苦痛を耐える方を選んだ。あの日、
「いいえ。いいえ。怪異である委哉殿の目から見てもわたくしと同じ答えが出る、ということはすなわちあなたの本質を表している、ということではありませんか?」
「そうかもしれないが、もう少し俺のことを観察してからその答えを聞けるとより嬉しい」
「ではもう少し経った頃に――そうですね、問題が解決して別離するときにでも同じ評価をお伝え出来るようにわたくしも祈っております」
では、小戴殿。副官殿。少し長いお話になりますが最後までお聞きくださいませ。
言って、白瑛は委哉と目配せを交わし、
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