第46話 裏切りと信頼

 2台の警察車両のヘッドライトに照らされて、リリーが猛スピードで自転車を漕いで来るのが見えた。


「警察、家、来マシタ! 私、皆サン、イナイ、言ッタ、ソウシタラ、警察、ココ、スデニ、知ッテイマシタ! 私、急イデ知ラセナクテハ、近道、来マシタ!」


 警察がここのことを知っていた理由は幾つも考えられた。例えば、私たちは道中、何人もの大人に道を訊ねた。あるいは大声で「黄金の骸骨」の話をしていたかもしれない。それを耳にした人達に聞き込みしたのだろう。地元警察なら、元々ここのことを知っていたかもしれない。


 厳つい警察車両から3人の警官が降りてきた。道中で一度捕まりかけた、あの「元特高」「婦人警官」「石黒」の3人だ。


 婦人警官がメガホンを使い、勲に対して高らかに呼びかけた。


「今村琴、笠置潔、本庄匠、五條史人の4人に、捜索願が出ています。本庄匠には、新たに逮捕状も出ました。匿うとあなたも罪に問われますよ」


「アニキに逮捕状だって?」

「アニキが何したってんだ?」

 今村とブギが動揺し、口々に吠えた。


「その通りだ」と勲も食ってかかった。

「こんな年端も行かない子供が何をしたと言うんでしょうか?」


 すると、特高上がりの警官がイライラしながら答えた。


「闇取引、スリ、万引き、放火。そのガキはとんだチンピラよ。証拠は上がってんだ。さぁ、さっさとウサギどもを渡しな」


「放火はやってない!」

 と匠が声を荒げたが、それは他の罪を認めたようなものだった。


 そのとき、私は警察車両にもう1人、誰かが乗っているのに気が付いた。目を凝らしてその人物を特定したとき、息を呑んだ。


「おい、あそこを見ろ」


 私に促されて警察車両の中に目を凝らした匠は、目を見開き、酷く傷付いた顔をした。


 そこにいたのは、『ナタ斬りの勝』こと山中勝四郎だった。手錠はされていない。ニヤニヤしながらこちらを見ている。まるで「高みの見物をするのはオレの方だったな」とでも言いたげに。


 十兵衛の言いなりに動く『勝』が、許可なく匠を告発するとは思えない。きっと十兵衛の指示だ。十兵衛が匠を警察に売ったのだ。放火の冤罪までなすりつけて。

 匠はまた、十兵衛に裏切られたのだ。


 そのとき、勲が穏やかな口調で警官たちに言った。


「何か勘違いをしていらっしゃいませんか? ここには『匠』という名の子供はおりません……この子ですか? 彼は鷹取敬介と言います。大阪の天王寺育ちで、今は私と暮らしています。戸籍を調べてくださって構いません」


「嘘だ!」と、『勝』が叫んだ。


「そいつに間違いない! そいつの顎の下のホクロを見てみろ! それが証拠だ!」


 匠は顎を引いて『勝』を睨みつけながら、「今村!」と凄みを利かせて叫んだ。今村は、これから匠がしようとしていることを瞬時に理解し、ナイフを投げてよこした。


 私が「やめろ!」と叫んだときには、もう遅かった。


 匠は自分の顎下の皮膚を、ナイフで抉り取っていた。警察車両のヘッドライトに照らされ、顎下からポタポタと垂れる鮮血で衣服が紅に染まった。匠は顔をしかめ、肩で息をしながら言った。


「……どこにホクロがあるって?」


 不意に、匠がグラッと倒れかけた。かなり顔色が悪い。勲が真っ青になって匠を支え、抱え上げた。


「何てバカなことをするんだ……警察諸君、見たまえ、君たちの無作法な追跡が、まだあどけない子供を追い詰めたんだぞ。急いで病院に連れて行かないと」


 勲は匠を横抱きしたまま、オート三輪に向かって走り始めた。「元特高」が後ろから怒号を飛ばす。


「おい! 待てと言ってるんだ! そいつを渡さないと公務執行妨害でアンタも逮捕するぞ!」


 しかし勲は止まらない。


 勲には分かっていた。匠が何よりも百合子の身を案じていることを。そして、逮捕されて感化院に送られれば、また百合子を思いながら塀の中で過ごさなくてはならなくなることを。それは数年に及ぶだろう。子供にとっての数年は、大人にとっての十数年に匹敵する。


 そしてそのことは、私も、今村やブギも、みな分かっていた。


 私は駆け出した。


「敬介を守れ!」


 そう叫び、私は「元特高」の両足を抱え込んだ。もはやお家芸だ。


「元特高」は私のホールドから足を外そうともがくが、うまく行かない。


 今村とブギも口々に

「アニキを守れ!」

「オー!」

 と叫んで、残りの警官にむしゃぶりついて行く。


 勲が匠をオート三輪の荷台に乗せてほろを被せ、自分も運転席に乗り込もうとしている。

もう少しだ。



 そのとき、『勝』が動いた。



「うわあぁぁぁ!! もうオレは失敗する訳にはいかないんだあぁぁぁ!!」


 そう絶叫したかと思うと、『勝』は警察車両から躍り出た。そして、猛スピードでオート三輪に向かって走って行く。その手にはカミソリが握られている。


 勲を脅してを停めさせるつもりだ。あるいは2人を殺すつもりかもしれない。

 止めに行きたくても、目の前の警官だけで手一杯だ。

 早く! 勲さん、早く出てくれ……!


 間一髪のところで、火の玉……リリーの乗った自転車が『勝』に突っ込んで行った。


「主人ニ手出シスル人、許シマセン! オルレアンノ乙女、突撃!」


 カミソリを持つ相手に怯まず、勇敢に突撃するリリー。『勝』は不意を突かれ、自転車を避けようと飛び退いた。その拍子に何かに躓いて転び、ポチャンッという音を立てた。


『勝』がうっかり手放したカミソリが、弧を描いて湖に落ちて行ったのだ。まるで漫画のようだった。


 次の瞬間、オート三輪が発進した。警官たちは私たちの馬鹿力の抵抗のために動けない。

  

 私たちの勝利の瞬間だった。


 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 足場の悪い道を、4輪駆動の警察車両がゴトゴトと進む。

 

 私たちの隣で、項垂れる『勝』にも手錠が嵌められた。リリーは事情聴取されるらしい。


 今村、ブギ、私の3人にも手錠が嵌められていたが、一仕事終えてスッキリした気分だった。車窓から空を見上げると、ばら撒かれた宝石の星たちがキラキラと踊るように輝いていた。


「本物の黄金を見たくないか?」


 勲のこの言葉だけが、心残りだった。

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