第148話 ディソールの正体

「いや、だけどどういうことだ…?」


 何故ディソールが彼女の隣にいる? ディソール・ネイティス、正式名称マリオネイターシステム。人体をひとつの端末とし、思考の並列化や各個体の得た経験の統合管理などを目的とした…あの計画の副産物。ぼくと同じ、女王の飼い狗。ぼくがエルダの行方を追おうとしてどれだけ調べても見付けられなかったのに、彼が共にいたのなら…少なくとも女王は把握していたはずだ。なのに…ぼくに情報は降りてこなかった。それが意味するところとは? 門の前に戻りながら思考を巡らせる。

 だが考えがまとまらないうちに、高級車の放つ一般大衆車とも軍用車とも違う独特な排気音が近づいてきた。そして前後に黒塗りの如何にも政治家共が好みそうないかつい車に挟まれる形で真っ白い王室専用車がロータリーに滑り込んでくる。従者が後部座席のドアを仰々しく開けると、胸元に大きな翡翠が輝く豪華なドレスに長いヴェールを纏った盲目の少女が出てくる。外見こそ少女だが、実際には半世紀以上生きている。成人前に発症した原因不明の奇病によって身体的な成長が著しく遅い体になった…とされているが、これも王室が裏で行ってきた長年の研究と偶然の産物によるものらしいことは今の立場になってから知った。


「お待ちしておりました、女王陛下」


 眼前にて跪き、頭を垂れる。


「おお、イーグレットか。長きに渡る任務、大儀であった。無事の帰還、妾も嬉しく思うぞ」


 声も少女のそれだ。しかしこの少女こそが、現フォーリアンロザリオ王国の統治者にして「龍」の二つ名を冠する稀代の能力者、女王ルティナその人なのである。


「恐悦至極に存じます」


 盲目の彼女は視覚以外の感覚を研ぎ澄まし、周囲の状況を把握する。両目は固く閉じられているはずなのに、迷い無く歩みを進めてぼくの前で立ち止まる。


「さて、では参ろうか。イーグレット」


 女王の左手がそっと持ち上がるのを見て、ぼくは彼女の左側に立ってその手を軽く握る。一人でも歩けるはずだが、ぼくがいる時はエスコートさせることが度々ある。


「……何か、そなたの心を乱すことでもあったかえ?」


 女王に隠し事は基本的に通用しない。人の心を読み取るなど彼女にとっては容易いのだ。でもそんな彼女にもぼくの心は読み難いらしく、おぼろげに何かを感じ取るとこうして直接訊いてくる。

 能力者は他の能力者に対してその力を使うことが出来ない。互いに干渉し合い、無力化されてしまうんだそうだ。それは力の優劣とは無関係に有効なルールで、力の強い能力者の近くに長くいると能力を持たない人にもある種の「抗体」が出来ることがある。能力が宿ることは無いが、能力に対する抵抗力が生まれるのだ。ぼくはいくらか能力者に対する抗体を持っているようで、心が読み難いのはそれ故だと女王本人から聞かされた。

 みんなが楽しく過ごしている会場へ入る前に、女王の手を放して再び彼女の眼前にて跪く。


「陛下、畏れながら申し上げます。ルシフェランザ連邦との協議は大筋で合意に至ったと聞き及んでおります。これで例の計画を存続させる意義は薄れたかと思います。試作ユニットの運用データも失われた今、何卒計画の見直しを…伏してお願い申し上げます」


 右膝だけでなく左手を床につき、右手を胸に当てて深々と頭を垂れる。女王は黙ったまま、ぼくの言葉に込められた心を読み解こうとしているようだった。盲目であるはずなのに遥か高みから見下ろされているような感覚が襲う。


「…ふむ、確かにそなたの言う通りやも知れぬな。戦争は終わり、今後ルシフェランザとは協調の道を歩むこととなろう。そうなれば、アレが舞う空は…もはや無いのかも知れぬ」


「! では…!」


「それがそなたの望みであるなら、検討はしてみよう。されど計画に携わる者もそれぞれに事情を抱えておる、結果までは約束出来ぬぞ?」


「構いません。陛下、有難う御座います」


 再び頭を下げ、立ち上がる。再び左手を差し出しエスコートを求める女王に応え、その手を取って会場に足を踏み入れる。




 開宴前挨拶の中に女王陛下が姿を見せるという通達はあった。その際にカスパー城、メルキオール城、バルタザール城の順だということも聞かされていて、メルキオール城を出発された際に連絡も入っていた。パーティーらしい無礼講な雰囲気は途端に消え失せ、これでオレらをこき使ってきやがったお偉方のような連中が来たのであればブーイングものだっただろうが、相手はそんな連中とは比較にならないほど高貴な女王陛下となれば話は変わってくる。

 さっきまで酒をかっ喰らってた連中の酔いもある程度醒め、部隊ごとに整列する。ヴァルキューレ隊も集まって整列するが、イーグレットだけはオレたちとは違うデザインの礼装を着て女王の隣にいる。


「…にしても、グリフィロスナイツって実在したんだな」


 隣に立つティクスにそっと耳打ちする。オレはてっきり名前だけで実体の無い都市伝説みたいなもんだと…。


「そだね、イーグレットがそうだったなんて驚きだけど…でも最初からなんか妙に超然とした感じはあったよね」


「まぁ確かに、普通の軍人…て感じじゃ無かったわな」


 両目は閉じられたままなのに、足取りは確かでちゃんと兵士一人々々に労いの言葉を掛けていく。そしてついにオレたちヴァルキューレ隊の前に来た。


「さて、そなたらがヴァルキューレ隊じゃな?」


「はっ、ヴァルキューレ隊隊長、フィリル・F・マグナード少佐であります。女王陛下」


 見えていないのだから無意味かも知れないが、とりあえず敬礼しながら名乗る。それに続いて部下たちも敬礼。


「此度の戦にてそなたらの武功は特に大である。そなたらの築く勝利がすべての兵に活力を与え、戦争に疲れた民の胸に希望を与えたことはもはや語るに及ばぬであろう。この王国を統べる女王として、国に代わって礼を言う。まこと、大儀であった」


「身に余る栄誉、恐悦の極みであります」


「そしてその部隊の長たるそなたには特別な褒美を与えたい、受け取ってもらえるだろうか?」


 特別な褒美? なんだろう、と思っていたら傍らに立つイーグレットが女王陛下へ小さな箱を手渡す。女王がその箱を開けてみせると、中にはフォーリアンロザリオの守護神とされる単眼龍に盾と十字に交わる一対の剣がデザインされた煌びやかなブローチが収まっていた。


「一度は撃墜され、左目を失い瀕死の重傷を負ったにもかかわらず戦場へと舞い戻り、ヴァルキューレたちを率いて最前線を駆けたそなたにこそこれは相応しかろう。この龍騎士十字章を授けると共に、そなたをグリフィロスナイツに加えたいと思う。これだけの武功を上げたそなたには最高位である近衛騎兵の席を用意しよう。どうだろう、受けてはくれまいか?」

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