第132話 決意の突撃

 対空戦闘の続くアレクトの飛行甲板上でそれは組み上がりつつあった。元々は紛れも無くブリュンヒルデだったはずだが、例のコンテナから出てきたオプション装備とやらを装着したらまったく別物のシルエットになっている。

 二枚の垂直尾翼の間には新たにロケットとジェットの複合エンジンが取り付けられ、主翼の下にも追加のエンジンユニットが懸架されている。更に機体全身を覆う追加装甲のせいでずんぐりむっくりな…実に戦闘機らしからぬ姿である。


「…これ、発艦出来るのか?」


 傍らに立つイーグレットに問いかける。上空ではヘルムヴィーケやオリオンを主力として防空戦闘が継続中、そんな中でこんな作業を甲板上で行うなんて狂気の沙汰だが…整備班もよくやるわ。


「艦首の第一・第二カタパルトを両方使う形になる。主翼下のエンジンユニットにギアが格納されていて、カタパルト接続装置も収められてるんだ」


 そもそも飛べるのかさえ疑問に思えるフォルムなんだが…まぁいざとなればコクピットからの操作でオプション装備一式を強制排除出来るようにはなってるらしいから、甲板を離れた直後に海水浴…なんてことにさえならなければなんとでもなるか。


「操縦感覚はある程度アラクネシステムが補助してくれるけど、どうしたって舵の利きは悪くなる。機体各所に搭載する装備を使い切ったらどんどん排除パージした方がいいかもね。どっちにしろそのままじゃ着艦出来ないから、帰ってきた時にはオプション装備は破棄しなきゃいけないし」


 さっきオプション装備に含まれる専用装備とやらの一覧を見せてもらったが、クレイジーな技術屋共の妄想がたっぷり詰まった夢の武器が盛り沢山だった。

 戦艦ルー・ネレイスが撃ち出す三式弾とやらと同様に、発射後に空中で強烈な衝撃波を発する味方ごと吹き飛ばしそうなミサイルとか、対艦ミサイルよりも太いミサイルの中に小型のミサイルが押し込められていて、ロックオンした敵機に近づくと外殻が剥がれて中からそいつらが四方八方に飛び出すクラスターミサイルとか…。一発に一体いくらぐらいコストがかかる代物なのか見当もつかない。こんなの開発するよりももっとマシな金の使い方があるような気がする。

 そうこうしているうちに完成したG型装備のブリュンヒルデ。機首にも追加装甲が施されていて、本来キャノピーがある辺りには数え切れないカメラが搭載されている。その映像がヘルメットのバイザーに映し出される仕組みなんだそうだ。キャノピー周り以外にもほぼ死角が無いようにカメラが至る所に設置されているらしく、後方や真下さえ見ることが出来るとか…もはやSFの世界だ。


「アラクネシステムは火器管制とフライトコントロールの補助で処理能力のほぼすべてを集中させてしまうはず、増加した機体重量と搭載コンピュータがフル稼働する関係で稼働時間は当然短くなってる。燃料消費には注意してくれ」


 仮眠から起きてきたティクスにもそう説明するイーグレット。寝ぼけ眼の相棒が理解したんだか定かじゃないが、要するにこいつは一回飛び出したら二度と補給に戻れない使い捨て装備ってことだ。燃料タンクも増設されているはずだが、それでも航続時間が短くなるってことは…完全に短期決戦仕様。


「…これで、あいつを」


 あの黒いハッツティオールシューネを、アトラクナクアを…。無意識に拳に力が入る。再びあの日、あの時の空が脳裏に甦ってくる。ふと隣のイーグレットから呼ばれて振り向く。


「…あれは力だ。どう使うかは、隊長に任せる」


 何を言わんとしているのか、いまいちこいつの真意を読み取ることは難しい。だが…なんだかあのG型装備にあまりいい感情を持っていないことは伝わってきていた。


「ああ、任せとけ」


 そう言うとイーグレットは、やはりどういう感情表現なのか解りづらい表情をした。やがて最終確認を終えたと整備班が駆けてきて、オレとティクスはワニの口のようにがぱっと開いたキャノピー上部の追加装甲とキャノピーをくぐってコクピットに入り込む。油圧でキャノピーと追加装甲が閉じると真っ暗闇になった。電源を入れるとシステムチェックが始まり、コクピット内の計器類に明かりが灯る。そしてカメラからの映像なのだろう、外の景色が映し出された。


「…これ、ホントにカメラからの映像なのか?」


「すごい鮮明だね、ホントに死角が無いし…」


 首を振るとちゃんと視界が追随して、バイザーに映し出される。そして肉眼で見る景色とそう大差ないものであることに正直驚いた。甲板上を牽引され、艦首のカタパルトに左右主翼下の追加エンジンユニットのギアと射出バーを接続する。


「…ティクス、発艦したら真っ直ぐ基地に向かう。大型装備は向かう途中で遭遇するだろう敵機に使ってくからそのつもりでいてくれ」


「せっかくの重装備なのに…アトラクナクアには使わないの?」


「あの化け物みたいな機動性してる相手じゃそこまで役に立つとは思えん。出来れば接敵前に捨てて少しでも機体を軽くしておきたい」


「解った。アラクネにも指示しとくね」


 舵を確認する。追加装甲を纏ったせいでエルロンやフラップ、尾翼は装甲をパージしない限り動作しないように設定されている。姿勢制御のすべてをエンジンノズルに設置されている三次元推力偏向板に頼る形になる。


「ブリュンヒルデ1、発艦準備完了だ。ケリを付けてこい!」


「了解だ、往ってくる!」


 全エンジンを最大出力にして間もなく、二基のカタパルトに押し出される形で空へと弾き飛ばされた。




 不敗神話は既に崩壊していても、さすがは運命の三女神。デイジー隊のみんなも私の想像以上の動きをしてくれていたが、それでも…。


「デイジー10、やられました。ベイルアウトします!」


「デイジー13被弾! 片肺ですが、まだ飛べます!」


 分が悪いことは解っていた。機体性能はもちろんだが、パイロットとしての性能だって三女だから他の二人に劣っている…なんてことは無い。クロートーとてやはり、私たちにとって空の死神に他ならないのだ。


「ふぅ、大分数が減りましたわね…。さすがに一人で二十機を相手するのは疲れますわ」


 私の直下である第一小隊は既に壊滅、第二中隊から援護機を都度補充してもらったけど…それも限界だ。戦力の半分以上を失った今、確実にこいつを止めるためには…。


「デイジー1より全機、ヨハネでクロートーへ攻撃。ロックオン出来次第発射、当たらなくていい。ここを抜かせるな!」


 残存する十機の僚機からヨハネが次々に放たれる。


「あらあら自棄っぱちですの? 美しくありませんわね」


 無論、当たるなんて思ってない。クロートーはひらりひらりと舞うように避けていく。やはり紛れも無く相手はエースパイロットなのだ。四方八方から撃ち込まれたミサイル、元々当たるようなコースでは無かったものもあるが、フレアとチャフも上手く使って全弾避け切ってみせた。


「運命の三女神は、伊達や酔狂では務まり…っ!?」


 気付いた? でももう遅い。あれだけのミサイルが飛んできては、さすがに回避に集中せざるを得ない。その隙に私は後方下から接近し、クロートーのエンジンノズルを覗けるぐらいの位置へと機体を滑り込ませた。矢継ぎ早に飛んできた無数のミサイルを避け切り、アラートの止んだその一瞬に多少の安堵ぐらい…人間ならあるでしょう?


「デイジー1、フォックス3!」


 バルカン砲から放出された弾丸はクロートーの右エンジンを喰い破り、尾翼を吹き飛ばす。だが無論、こんな至近距離で攻撃をすればこっちだって無傷じゃ済まない。弾け飛んだ破片をもろに浴びて損傷してしまう。


「悪いわね、私だって伊達や酔狂で人の上に立ってないわ」


 ディスプレイには右エンジンが破片を吸い込んで壊れた、尾翼が変形したなど警告のオンパレードだ。


「この…それなら!」


 目の前のクロートーがエアブレーキを展開して急減速をかける。でもそれも想定済み、左手で掴んでいた脱出レバーを引いて機体を捨てる。ベイルアウトの急激なGに目を細めながらも、眼下に愛機とクロートーが激突する様子が見えた。クロートーのパイロットも脱出したようだ、キャノピーが無い。二機の爆発で様々な破片が四散して座席にバシバシ当たってくるのは怖かったが、なんとか五体満足でパラシュートを開くまではいけそう。

 ああ、地上の勢力分布がどうなってるのか…確認しておいた方がよかったな。敵に捕まったら…捕虜としての待遇は期待出来るんだろうか。そんなことを考えながら、パラシュートを開いて地上に降下していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る