第92話 掃討戦

「基地格納庫、及び航空区画全域に敵ミサイル着弾! 管制塔との交信途絶!」


「こちら第六区画、敵の攻撃により被害甚大! HQ、至急救援を…HQ? 応答しろ、HQ!?」


「第五砲火連隊司令部にも被弾、生存者を探せ! 弾薬と燃料の引火・誘爆に注意し…」


 炎の雨でも降ったかのような大惨事だ。あちらこちらで誘爆を起こし、今や基地全体が燃えているという表現だって大袈裟じゃない。基地機能を奪うだけ…いや、確かに今回の作戦はそういう目的だったけどさ。こいつぁ確かに占領を目的とした攻撃じゃ無ぇわな。


「攻撃成功を確認、完璧だ。ブリュンヒルデより全作戦機に告ぐ、ミッションコンプリート。作戦空域より離脱するぞ。ガルダ、フェノディリー、ヤースキンの離脱を最優先。積極的に噛みつく必要はないが、降りかかろうとする火の粉には鉛の雨でもくれてやれ!」


「なんてことだ、ルストレチャリィがこんなにも容易く壊滅するとは…。レギオンリーダーより全機、悔しいが任務は失敗だ。後退する敵機は追うな、深追いは損害を増やすだけだからな」


 敵も味方も炎上する基地を見た途端に闘争意識が急速に低下していく。それでもところどころでまだ空戦は続いているので、そっちの援護にでも向かうか。そう思って顔を上げた瞬間、目の前を超音速で飛び抜けていく機影に驚かされた。


「び、びび…びっくりするじゃねぇか! 誰だよ、おい!」


 レーダーでたった今キャノピーの5m先を駆け抜けやがった反応を探す。オルトリンデ?


「申し訳ありません、驚かせてしまいました?」


「シルヴィ、てめぇ…」


「はいはい、失敬するぜ」


 今度は手を伸ばせば届きそうなぐらいすぐ横を別のゼルエルが追い抜いていき、衝撃波で機体が揺れる。今のはブリュンヒルデ…隊長かよ!


「た、隊長まで!? なんだなんだ、二人揃って味方機のすぐ脇をすり抜けるなんて危ねぇ真似しやがって!」


「いや、オレはちゃんと事前に断ったろ?」


 そういう問題じゃ無ぇ気がするんだが…。何か言い返したいがその言葉が口から出る前に、眼前で繰り広げられる空戦に目を見張った。後から合流したために燃料にも弾薬にも余裕のあるオルトリンデが先行して友軍機を追い回す敵機に攻撃を仕掛け、仕留められなければ隊長機が敵機の回避先にバルカン砲を撃ち込む。見事な連携攻撃だ。確実にフォローをキメる隊長もすごいが、つい昨日まで自信を失っていたはずのシルヴィの動きがすげぇ。


「オルトリンデ、フォックス2!」


「なんだこいつら、速過ぎて捕捉出来な…うぁああっ!」


「グッキル、オルトリンデ。なんだよ、バンシー隊の頃より動きがいいじゃないか」


「有難う御座います、でも…まだまだ行きますよ」


 妙に生き生きしてるし…まぁいいことだけど。そいじゃ俺も掃討戦に加わろうか…と思って残弾確認、直後に思わず「あ…」と間の抜けた声が口から零れ出た。ミサイル撃ち尽くしてウェポンベイは空っぽ、バルカン砲も数十発しか残っておらず、更に燃料も帰り道を考えるとギリギリ足りるかどうかという状態だ。


「あら? 妙に大人しいわね、シュヴェルトライテ?」


 すぐ隣にカイラスのヴァルトラオテが翼を並べてきた。


「身軽になったんだから、思う存分飛び回れるんじゃないの? ミサイルも燃料も、もうほとんど残ってないんでしょ?」


 そこまでお見通しなら飛び回っても意味が無いことだって解ってるだろう、嫌味な女だ。


「ふ、残念だったな。燃料は確かにほとんど残ってないが、ミサイルに至っちゃ一本だって残ってないぜ」


「残念なのはあんたの頭よ! 燃料も弾薬も国民の血税で作られてるってことを肝に銘じときなさい、この馬鹿!」


 そう言い残して加速していくヴァルトラオテ。あいつも同じように戦ってるはずなのに、まだ戦えるんだな。確かにちょっと…飛び方考えてみよう。




「こちらガルダ1、作戦空域より離脱。これより帰投する」


「敵残存部隊も後退していく。作戦終了だ」


 第二波攻撃隊合流までこそどちらが優勢かなんて判らないといった感じだったが、振り返ってみればこれ以上ないくらいワンサイドゲームだった。ルストレチャリィ基地は主要施設どころかほぼ全域を焼かれ、その機能を復旧させようとしたら軽く一年はかかるだろう。それも大量の物資と人員を投入して、だ。いくら主戦場が南に置かれていても、防衛線に穴を開けておくわけがない。戦力のいくらかでも北に割かせれば、南での戦闘も多少楽になるはずだ。

 …だがその前に、オレは左後方を飛ぶ部下のゼルエルを睨む。


「いいか、シュヴェルトライテ? ローレライもセイレーンも、海軍機は確かに空軍機より航続距離に余裕を持って設計されてる。ゼルエルだって例外じゃ無く、ミカエルと比べても長距離飛べる。だがな、調子に乗って燃料ギリギリまで使うなんて一体どこのルーキーだ?」


 終盤ほとんど戦闘に参加していなかったのを不審に思い、データリンクで機体コンディションを見て驚いた。ギリギリなんてもんじゃない、母艦との合流ポイントを変更してもらう羽目になるほどガス欠寸前だったのだ。最新鋭の最高性能機のみで構成される期待の精鋭部隊が初陣でこんな初歩的な失態…呆れてものも言えん。


「ま、まぁ作戦自体は成功したんだしよ、母艦も合流ポイントをこっちに近づけてくれるってんだから結果オーライってことには…」


「なるか、このドアホ! お前、これで着艦を一発で成功させなかったら承知せんぞ!?」


 予想外に敵戦力が強大だったため第一波攻撃隊のローレライの中には多少被弾をした機もいるのに、貴重な機体だからと一番最初に着艦していいと仲間たちからも気を遣われた。申し訳無さで溜息が止まらない。


「わ、解ったって…」


 自信無さそうな声、厳罰は必至かなぁこりゃ…。着艦に関しちゃオレも前回アラクネシステムに頼った身だし偉そうなことは言えないが…それはそれ、これはこれだ。そもそもこいつらは海軍機への転換訓練を受けてるんじゃないのか? 実機で練習させてもらえたかは微妙だが、それでもシミュレーターでの着艦訓練ぐらいはしているはずだ。


「隊長…」


 鈴の音みたいに可愛らしい声が聞こえ、ふと右へ視線を向けるとキャノピーの向こうにオルトリンデがいた。


「よ、もう大丈夫みたいだな」


「はい、その…有難う御座いました。私が今、こうして飛べているのは隊長のおかげです」


 レーダー画面を見ても周囲に敵性反応は無く、奇襲を成功させたゲルヒルデのジャミングもあるせいかみんな緊張を解いている。後から来て先に帰った第二波攻撃隊はもうそろそろ母艦と合流している頃だろう。


「別に何をしたってわけじゃないんだ、もっと自分を褒めてやれよ。正直、こんなに早く来てくれるとは思ってなかったぞ」


「いえ、遅過ぎたぐらいです。隊長に『背中は空けて待ってる』なんて言われておきながら、何故第一波攻撃隊出撃時に一緒に発艦しなかったのか…」


 申し訳無さそうな弱々しい声だが、昨夜までのものとは微妙に変化していた。余裕が出た…とでも表現すればいいか。


「ファルちゃん信頼されてるんだね、羨ましいなぁ。私も言われてみたいよ、そんな台詞」


 後席の相棒がそんなことを言い出す。いや、お前のことだって信頼してないわけじゃないんだが…。


「お前はいつもオレの後ろに座ってるじゃねぇか、背中預けるにしても同じ機体に乗ってちゃ預けらんねぇだろ」


 そう言ってやると、ふてくされたように黙った。


「ホント、遅過ぎよね。でもまぁ今回の任務、帰艦してもまだあんたがうじうじしてるようなら今度こそ本気の拳をお見舞いしてあげようと思ってたけど…それはまたの機会にしとこうかしら」


 こちらのすぐ頭上を滑るように左から右へとスライドしていくヴァルトラオテ。


「中尉にもご心配を…いえ、ご迷惑をおかけしました。生かされた身として、私も精一杯チサトの分まで飛んでみせます。彼女の生き様に恥じないように…」


「それでいいのよ。あんた操縦センスは悪くないんだから、せいぜい生き抜いて一人でも多くの戦友を生き永らえさせる…そうすることで失ったひとつの生命をより多くの生命に昇華させることこそ、生かされた私たちの務めなんだからね」


 おお、カイラスがかっこいいこと言ってる。いいな、そういう台詞がこういう時にパッと出てきてスラスラ言える奴って尊敬するぜ。ホントに羨ましい。


「その通りですね。本当に、その通りです…」


「いいこと言うじゃないか。さてはデイジー隊での暮らしの中で、あそこの隊長から得るものは多かったか?」


 オレの言葉にカイラスは「見抜かれましたか」と苦笑する。


「メファリア中佐はさすが教導隊出身だけあって、何気ない会話の中にアドバイスを含ませる話法を体得されていますし…何よりそれらの助言が的確です。メルル、あなたのお姉さまは本当に素晴らしい方ね」


「…ええ、そうね。完璧過ぎて私は好きになれないけど」


 ケルツァーク基地にいた頃もあの姉妹が笑顔で話す姿は見たことが無かった。あれか? パーフェクト人間が身近にいると周りは苦労するってヤツか?


「確か隊長とパロナール大尉は訓練兵時代メファリア中佐の指導を受けてらしたんですよね? やはりお二人も中佐から多くを得た…ということでしょうか」


 確かに、まだ訓練用の複座型ヴァーチャーⅡ相手に四苦八苦していた頃は色々と世話になった。操縦の技術的な面だけでなく、パイロットとして…軍人としてどのようなことを気にして任務にあたるべきかとか精神的なこともよく話してくれた。


「まぁ他人の上に立つような人間が、どういう態度で接すれば下から恨まれないかはあの人から学んだかもな。ただあの人の態度の有難味に気付かされたのは任官後にムカつく上官に巡り会ってからだったが…」


「その上官って…ヴァリアンテ基地の司令のこと? フィー君いっつもムカつくってボヤいてたよね」


 さすがにティクスには察しがついたか、こいつにはちょくちょく愚痴ってたからな。苦笑しながら「よく判ったな」と答える。


「あいつは常時上から目線なうえにてめぇで何もしやがらねぇからムカつくんだ。開戦前から司令室でふんぞり返ってばっかで実戦経験も無ぇくせに無理難題言いやがる、思い出すだけでも腹立たしいぜ。ソフィもそう思わないか?」


「気持ちは解りますが、上官の悪口は控えた方が…ボイスレコーダーに残ってしまいますよ?」


 さすがはケルベロス隊のオアシスと称された優等生、模範解答だ。


「あはは、そうだな。せっかく前線に復帰出来たってのにつまらんことで後方送りになってちゃ格好もつかん」


 しばらく飛ぶと前方に第三艦隊の反応が見えてきた。第二波攻撃隊の収容もほぼ完了しているようだ。


「着艦は予定通り、シュヴェルトライテからだ。他は空中待機、オルトリンデはオレと一緒に全周囲警戒。この辺りは敵さんの庭だってことを忘れるな、潜水艦にも注意しろ」


「了解。艦隊後方、北側に向かいます」


 宣言した後に翼端から白く細い雲を引きながら編隊を離れるオルトリンデ。その後ろをついていくゼルエルが一機…アトゥレイのシュヴェルトライテだ。


「おい、シュヴェルトライテ。どこに行くつもりだ?」


「え? いや、着艦コースって母艦後方からだろ?」


「アプローチ入る前にギアダウンでフライパスだ、馬鹿たれ! 最低限決められた手順は守りやがれ!」


 空戦前と後では、たとえ被弾していなくても敵機の破片などで機体が損傷していることだって充分考えられる。何せこっちだって音速の倍でかっ飛んでるんだ、それなりに大きい破片とぶつかれば致命的なダメージを受けることだってある。センサーで異常が無くとも、そのセンサーそのものが破損なり故障なりで機能不全になる可能性もゼロじゃない。ランディングギアを出した状態で母艦上空を通過することで、甲板要員にギアが正常動作しているかを肉眼で確認してもらうのだ。まったく、狭い航空甲板に胴体着艦でもするつもりか?


「りょ、了解。シュヴェルトライテよりアレクト、着艦許可を求む」


 ギアを下してアレクトの上空へ向かうアトゥレイ。頼むぜ、ホント…。

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