第47話 溜息

 お兄ちゃんたちは二週間に一回か二回ぐらいのペースで来てくれる。先週は来なかったから、今週は来てくれるかとわくわくしていると、カウベルの音と共にドアをくぐって八名様ご来店。


「あ、久し振り!」


「おお、とうとう『いらっしゃいませ』と言われなくなった」


 特に意識してなかった部分を突っ込まれてリアクションに困っていると、お兄ちゃんの後から入ってきたお姉ちゃんが「すっかり常連さんだね」と苦笑いを浮かべた。その後ろから次々と入ってくる、もはや見慣れた面々。そしてやはり四人ずつ分かれて座る。まぁ全員がカウンター席に座るとそれだけで全席占領されちゃうから困るけどね。

 今日のティータイムセットは紅茶かコーヒーにアイスとフルーツの盛り合わせ。メニューを朝ちらっと見せてもらったけど、レヴィアータの喫茶店に比べて二割ぐらい安い。食材の調達はサガラスさんが担当してるみたいだけど、一体どういうルートで仕入れればこの原価が実現出来るのかはエリィさんにさえ秘密らしい。

 バンシー隊のみんなも全員これを選んだうえで、思い思いの飲み物を注文してきた。このメニューに関しては厨房でやるような仕事は無いから、カウンターでエリィさんがパパッと作ってしまう。出来た端からカウンター席に座ってるメンバーには直接、ボックス席の方にはティニがトレーに乗せて運ぶ。この作業にも慣れたものだ。


 配膳してる時、なんていうかこう…頭っていうか意識を引っ張られるような感じがして振り向く。振り向いた先で視界に入ったのはチサトさん。いつものようにお兄ちゃんたちと談笑してる…けど、何か気になる。どこか疲れているような…いや、そうでもないな。でも何かこう、陽気さの中に影を感じる。

 それからしばらく他のお客の対応なんかをしながら様子を見ていても、普段滅多に見ない溜息を吐くところを見かけた。何かあったのかな?


「チサトさん、何か嫌なことでもあった?」


 気になったらとりあえず訊いてみるのが一番手っ取り早い。あれこれ考えても始まらないし、他人の心中なんて考えて解るもんじゃない。チサトさんは両目を丸く見開いて「藪から棒に奇妙な質問だね」とおどけた表情を見せる。


「いや、なんかこう…いまいちテンションが上げ切れてないような感じがしてね。さっきから溜息も多いし…」


「あ、あれれ…そうかな? 私的には普通なんだけど…」


 不自然さなど無い困った顔に思い過ごしかとも思ったけど、隣に座るシルヴィさんの心配そうな表情を見れば疑念は消えない。オーダーがあればそっちへ対応しなきゃいけないけど、それも無さそうなのでじぃっとチサトさんの眼を見つめていると、チサトさんはティニとシルヴィさんとを交互に見た後で盛大に溜息を吐いた。


「…はぁ、負けたわぁ。そうね、なぁんか疲れてるって言えば疲れてるのかもね」


 右手で前髪をかきあげると、その視線をテーブルに置かれた紅茶に落とすチサトさんを、心配そうに見つめるシルヴィさん。


「溜め込まず、吐き出すのも必要です」


「なになに? 人生相談か何か?」


 エリィさんが興味津々と言った感じにカウンターから身を乗り出してくる。


「オレたちは聞かない方がいいかねぇ? もしそうなら二階でも貸してもらえよ」


「え? あ~、いや、別に聞かれて困るようなことじゃ…」


 誤魔化そうと左右へ泳ぐチサトさんの視線がふと後ろに向けられ、その先にいたのはテーブル席に座るカイラスさん。冷めた声と眼差しで、「何よ?」という言葉が飛んでくる。そこに込められた冷たい何かがチサトさんを突き抜けてティニにも伝わってきて、ぶるっと体が震えた。


「い、いや…特別何かってわけじゃ」


 左手で顔の左半分を隠し、「あちゃ~」とばつの悪そうな顔をするチサトさん。


「なんだなんだ? 部隊内のいざこざだったら放っておくわけにはいかんぞ?」


「ど~でもい~けど、そ~ゆ~ことをな~んでうちの店でやるかねぇ?」


 お兄ちゃんも二人を交互に見ながら溜息混じりにそう漏らし、そのお兄ちゃんをげんなりした顔で見つめながらも「つまみ出す」とかの強硬手段に出ようという気はないらしいエリィさん。


「え~っと、まぁいざこざってわけでもないんですけど…」


 上手く話題のそらし方が見つからないのか…いや、むしろここまできたら話をそらすのは不可能だろうけど、なんとかこの流れを断ち切りたいのにその方法が思いつかず、チサトさんは頭を抱える。


「チサト、いい機会です。隊長に判断してもらいましょう。私たちとカイラス中尉、どちらの主張に理があるか」


 シルヴィさんがティーカップを置くと、その鋭い眼光がカイラスさんへと向けられた。


「ちょ、そんな言い方しちゃ…」


「へぇ…いい度胸ね、少尉。でもそれはこちらとしても望むところだわ。あの時は尻切れ蜻蛉で終わってしまったものね、解決しないまま放置するのは私も好きじゃないの」




 それから「バンシー隊の作戦行動における最優先事項は全機生還だ」とするカイラスと、「自分たちが生き残るためだけに与えられたミカエルではない」とするチサトとファルの主張をそれぞれ聞かされた。


「ミカエルは整備用の余剰部品すら乏しいのよ? スーパーコンピュータにエンジンと翼をつけて飛ばしているような代物に、傷のひとつでもつけようものなら使い物にならなくなる。なら、そのリスクは最小限にすべきってことぐらい子供でも理解出来るわ」


「だからって同じ作戦で同じ戦域を飛び、同じく命を懸ける仲間を見殺しにしていい理由にはなりません。守れる生命を守って、何がいけないんですか?」


 だが主に論争を繰り広げているのはカイラスとファルの二人で、チサトは口を挟むタイミングを逃しておろおろしている。


「その意識そのものは素晴らしいと思うわ。でもそれ以上に、何があろうと私たちは自分たちの機体を被弾させてはならないという条件の下で飛んでいるということが重要だと言っているの」


 さっきから平行線でどちらも譲らない。まぁ当然っちゃ当然か、どっちも間違ったことは言ってないからな。


「隊長はどう思われますか!?」


 だからファルにいきなり意見を求められても、「ああ、どっちも正解だ」としか答えられない。

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