第四章 現実世界

第1話 暗躍する人物

 クロノスによる襲撃から数時間後、手分けして屋敷内にいた全員の安否の確認を終えた冬夜たち。けが人の手当てをジャンとリリーに引継ぐと大広間に戻った。襖を開けると部屋の中央に正座して待つシリルとレイスの姿があった。


「我々が率先して動かねばならぬが……お任せしてしまうことになり、誠に申し訳ない」


 深々と頭を下げるシリルに対し、口々に皆が言う。


「やめて下さい! 現時点で動けるのは俺たちだけでしたから」

「何を言っておられる、光栄な限りでありました。有益なデータと貴重なサンプルを回収でき、今後の研究に大いに役立ちますぞ!」

「副会長は少し黙っていてくれますか? 無事であることもわかり、皆様は別の部屋で休まれていらっしゃいます。当主様も大きなお怪我はないようで安心いたしました」


 言乃花の報告を聞き、ゆっくりと頭を上げるシリルは安堵の表情を浮かべる。師匠として弟子たちをどれだけ大切に想っているか伝わってきた。


「父上。今後の相談もあるでしょうし、ジャンさんたちのところに顔を出されてはどうっすか? 皆さん心配されていましたよ」

「そうだな。すまないが、少々席を外させていただこう。レイス、頼んだぞ」

「了承しました。お任せください」


 シリルは立ち上がると冬夜達に軽く一礼し、ジャン達が手当てをしている部屋へ向かって行った。その姿がみえなくなると、張り詰めていた空気が和らぎドッと全身の力が抜ける冬夜。


「ふう。やっぱり緊張するな」

「そう? このくらい普通じゃないの?」

「普通って……俺はの人間なの!」

「一般家庭ね、そういうことにしてあげるわ」

「なんでそんな意味深な言い方するんだよ!」


 冬夜と言乃花の謎の攻防戦が広げられている横で、レイスは静かに息を吐くと芹澤に問う。


「そういえば副会長。ここ屋敷の中までんすか? し、突然の襲撃で誰も出迎えになんか行ける状態じゃなかったっすよね」

「ん? 別に大したことではないぞ。ちょっとだけだ」

「「なんで学園長が出てくるんですか?」」


 芹澤の一言に冬夜と言乃花の驚きの声が被る。ここに幻想世界いるはずのない学園長がいたという事実。ただでさえ厳重な警戒態勢が敷かれたイノセント家にあっさり侵入できる方法が想像できない。


「そんなに驚く必要があるか?」

「驚きますよ! なんで学園長が幻想世界にいるんですか?」

「ピンポイントで会うこと自体がおかしいわよ! まあ……神出鬼没なのはいつもの事だけど……」


 混乱する冬夜と言乃花に対し、全く意味が分からないといった顔つきの芹澤。見かねたレイスが間に入る。


「なるほど、やはり学園長が一枚かんでいたというわけっすか。まさか……研究所に来たんすか?」

「いや、研究所には来ていない。最初はアルさんに送迎を頼もうと思ったのだが、別件で出かけられていてな。仕方なく散歩がてらと思い、研究所を出たところで女性に声をかけている学園長に会ったんだ。邪魔するのはどうかと思ったのだが、挨拶せずに無視するのは良くないだろう?」

「何しているんだよ……うちの学園長は」


 ドヤ顔で胸をはる芹澤と右手を額に当て大きなため息をつく冬夜。


「どうした? 調子が悪いならしばらく休んだ方がいいぞ」

「いや、大丈夫です。ちょっと理解が追い付いてないだけですから」

「そうか。女性の方は急ぎの用があったのかぞ。そのまま学園長としばらく立ち話をしていてだな、これからレイスの家に向かうことを伝えたのだ。そうしたら何かよくない気配がすると言われ、使だけだが」

「移動用のゲートっすか……それなら納得がいくっすね」


 満足げに何度か頷くレイス。対照的に何のことか全く分からず困惑する冬夜。そんな彼の左肩に手を添えて大きくため息をついた言乃花が告げる。


「言いたいことはわかるけど考えるだけ無駄よ、思い出してみて。に比べたら些細なことだわ」

「そうだった……深く考えるのはやめよう」

「そうよ。仕方がないとあきらめたほうが早いわ」


 言乃花の一言ですべてを悟った冬夜。レイスの話によると芹澤が対クロノス用の懐中時計を納品するため、イノセント家を訪れるのは以前から決まっていたことのようだ。予想外の襲撃があったため、実戦で使用することになったのだ。


「結果としてデータをとれたことは素晴らしい収穫だった!」

「それはよかったっすね。懐中時計はどうするっすか?」

「ああ、それは依頼されたものだからな。レイス、シリル殿に渡しておいてくれないか。効果は先程の通りだが、まだ改良の余地はある。しかし、今後のことを考えるとは必要だろう。プロフェッサー芹澤の辞書に不可能という文字はないのだ!」


 芹澤の高笑いが大広間にこだまする。相変わらずの様子に苦笑いをする冬夜と言乃花。誰も気づかなかった、レイスが冷めた表情で懐中時計を見ていることに。

 ふと芹澤の笑い声が突然止まると、何かを思い出したかのように真面目な表情で言乃花へ話しかける。


「おっと、大切な伝言を忘れるところだった。学園長から早急に学園にもどってほしいと言われたぞ。なんでも全員に渡したいものがあるそうだ。あと、『』とのことだ」


 伝言を聞いた言乃花の顔が苦虫を噛みつぶしたように一変する。

 感情を表に出さない言乃花が激変するほどの嫌悪感の理由とは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る