後編(2) これが人生
疲れてしまったらしいコンラートくんを寝かせ、僕とヴィルくんは寝台のへりに並んで座る。
「……で、どうだった?」
うとうとと
どこからどう見ても「そういう仲」なんだけど……本人達が否定してるからなぁ。
「良かったよ。敏感なところがすごく可愛かった」
「違ぇよそっちじゃねぇよ。マジで×××もぐぞ」
「ごめん勘違いした。魂の
殺気を出されたけど、わざとじゃないから許して欲しい。
というか、これはヴィルくんの聞き方も悪かったと思うんだ!
「……あれは……一言で言えば憎悪、かな。かなり蝕まれているように視えたよ」
「神父様、オットーに刺されてたし……呪いがまだ効いてんのか……?」
「いいや、オットーの呪いはフラテッロ・マルティンが処理したはずだ。……けど、そうだね……強いて言うなら、きっかけの一つではあるかもしれない」
「…………ああ。神父様本人が、人を憎んでるってことか」
僕の指摘に、ヴィルくんは納得したようにコンラートくんの方を見る。
「……だろうなぁ」
愛おしそうに、それでいて悲しそうに、ヴィルくんはコンラートくんの額に口付けた。
「どうにか抑えつけているみたいだし、忘れようと努力しているのも感じたんだけど……それなりに、強烈なものを抱えているみたいだ」
僕が補足すると、ヴィルくんは自嘲気味な笑みを漏らす。
何かを思い返すように目を細め、彼はコンラートくんの髪を撫でた。武骨な手に似合わず、その動きは壊れ物に触れるかのように優しい。
「憎んで当たり前だよ。それだけのことを、この人はされたんだ」
「……そうかい」
僕には、正確なことは何一つ分からないし、何もしてあげられない。
アンジェラなら食べてあげられたのかな。あの、自分すら滅ぼしかねないような、激しい憎悪を……
「……憎悪、かぁ。危険な感情なのはわかるんだけど……どう扱えばいいのかなあ。僕は、そこら辺には疎いから……」
僕がぼやくと、ヴィルくんが静かな声で語る。
「オレはついてくだけだよ。神父様がどんな道を選ぼうが、味方になるって決めてんだ」
茶色の瞳が確かな決意を宿し、煌めく。
「愛してるんだね。素晴らしいことだ」
僕が言うと、ヴィルくんは照れたように笑った。
子どものように無邪気な表情で、彼は言葉を続ける。
「へへ……。そうだよ、愛してる」
昔よりはかなりマシになったとはいえ、僕は他人の気持ちを推し量るのが得意じゃない。だけど、彼の
それなら……そうだね。僕のやることは決まっている。
「ちょっと、伝えたいことがあるんだ」
「……あ?」
コンラートくんの身体に手を伸ばすと、笑顔のままガシッと手首を掴まれる。凄まじい反射神経だ。
仕方ないから、自分の身体を指さして伝えることにした。
「……ええとね……脇腹のこの辺り、かな。気を付けた方がいい。吸血鬼は人間と『急所』が微妙に異なるからね」
何が正しくて、何が善なのか、僕にはよく分からない。
ただ、僕も、彼と同じく愛に生きる男だ。それだけは間違いない。……だから、力になりたい。
もちろんコンラートくんが可愛いというのも、理由の一つではあるのだけど。
「
「……ソコ、何かあんのか」
「身体の治癒を司る器官、かな。その臓器が破壊されると、傷の回復ができなくなる。普段なら耐えられるような傷でも、死んでしまう可能性があるんだよ」
「……! マジか……!」
ヴィルくんはさぁっと青ざめ、僕の顔に視線を向ける。
悪魔祓い仲間にも教えていない……というか教えられない情報だけど、ヴィルくんには必要だろう。
僕が複数人の女性に向けている「愛」を、ヴィルくんはコンラートくん一人に向けている。彼が愛しい人を失うことは、つまり、僕の妻が全員死んでしまうことと似ているんじゃないだろうか。もちろん、たった一人でもつらいものはつらいのだけど……それに加えて愛する人を全て失い、一人になるなんて……考えるだけで胸が張り裂けてしまいそうだ。
「彼らは頑丈だから、灰になるまでは『死んだ』とは言えない。……ただ……コンラートくんの場合は、少し危ういかな」
「危ういって……?」
「吸血鬼の特性が強めに出ている、ということは『一度死んだ』可能性があるんだ」
僕の言葉に、ヴィルくんははっと息を飲む。もしかして、心当たりがあるのかな。
……目の前で……だったり、したのかもしれないね。
「その状態だと腕力も回復力も高まるけれど、吸血衝動が酷くなるし、一般的な吸血鬼よりも人間由来の栄養素が多く必要になる。太陽への耐性も弱まるし……何より、寿命がかなり縮んでいるはずだ。……まあ、吸血鬼の寿命は人より長いんだけどね」
ヴィルくんは黙って聞いていたけれど、やがて「そっか」と呟き、コンラートくんの手を握った。
「
ギリッと歯を食いしばり、握りしめた手にも力が入るのが見てとれた。
「……ああ、でも、あくまで君の方が『死にやすい』ことも忘れない方がいいよ」
「あー……そっか。じゃあ、死んでも護れるようにならなきゃ……」
「それは……どうだろう」
先程視た、コンラートくんの魂の状態を思い返す。
「さっき言ったじゃないか。コンラートくんは激しい憎悪を抱えてる。支えてくれる君を失ったら、どうなってしまうか分からないよ」
とはいえ、こういう話はマルティンの方が得意だろうけどね。……そう言えば彼女、いつまで休憩しているんだろう。様子を見てきた方がいいのかな。
「……オレのことなんか、全然、好きに利用してくれていいのに。なんなら、踏み台にしてくれたって構わねぇし……」
うーん? どうしてそうなるんだろう。
僕から見たって、相思相愛だとわかるくらいなのに。
「ん……」
「あ、起きた。大丈夫っすか神父様?」
「……視えた、のか?」
「オレが聞いといたんで、後で教えるっす。今はマルティンが帰ってきそうなんで……」
二人が会話するのをぼんやり見ていると、ノックの音が部屋に響いた。
僕が「入っていいよ」と返事をすると、ドアがゆっくりと開く音がする。
「も、もう、さすがに終わってるわよね……?」
ドアの方角から、マルティンの声が聞こえる。ヴィルくんの勘が冴えていたのかな。なかなか良いタイミングだ。
声の方へ視線を投げると、様子をちらちらと伺い、ほっとした様子で部屋の中に足を踏み入れるマルティンが見えた。ちょっと赤面している辺り、相変わらず純情で可愛いなと思わなくもない。
「テオドーロ、早めに出発するわよ。オットーは倒したんだもの。二人と一緒にい過ぎるのは良くないわ」
……立場を気にしているのも、相変わらずみたいだね。
「どうせ肩入れしているんだから、味方になってあげればいいのに」
「……分かってるくせに」
「ああ……まあ、そうだね。『一族』のしがらみは、君にとってよっぽど重いものらしい」
出発自体はいつでも可能だ。そろそろ僕も眠くなっては来たけれど、妻の力を借りればどこでだって休息は取れる。……そろそろ、構ってあげないと拗ねそうだしね。
くるりとコンラートくん達の方を振り返り、手を振る。
「じゃあ、
「お互い会わねぇようにしようぜ。全然別の場所行くとかさ」
「今はそれがいいね。じゃあフラテッロ、僕とイタリアにデートに行かないかい?」
「フランスなら付き合うわよ。……一応、報告しようがあるもの」
確かに、フランスでは吸血鬼達が集まって同盟を組もうとしているし、「それに加わりそうだった」と報告すれば教会にも納得してもらえそうだ。……少し過激な向きがあるから、二人には伝えたくないけどね。
コンラートくんは僕達の会話を黙って聞いていたけれど、やがて、口を開いた。
「力になってくださったこと、感謝します」
「……やめなさいよ。利害が一致しただけじゃない」
「それでもです。助かりました」
マルティンは眉をひそめながら答えるけれど、コンラートくんは律儀に胸の前で指を組んだ。礼儀正しいなぁ。
心の内は激しい憎悪で煮えたぎっているだろうに、彼はそれを表に出さない。……もしかしたら、
他人に自らを「冷静」に見せるための
「じゃ、幸運を祈るよ。ヴィルくんと喧嘩したら、いつでも慰めてあげよう」
「おい、サラッと何言ってやがる」
「言っただろう? 僕の愛は、僕にすら止められなあいたたたフラテッロ!! 耳を引っ張って引きずるのはやめてくれ!! ちぎれる!!!」
「遊んでないでさっさと行くわよお馬鹿!!」
マルティンに引きずられながら、部屋を後にする。
もう二度と会わない方が、互いにとっては良い道だろう。ヴィルくん達は悪魔祓いと戦わずに済むし、マルティンは迷いを振り切ることができる。
……だけど、どうしてだろう。予感のようなものがあった。
僕達はまた、どこかで出会う運命にあるんじゃないか……って。
***
「……どうして、フランクは『オットー・シュナイダー』を持ち出したんだろうね」
宿の外に出たあたりで、気になっていたことを口にする。
マルティンも僕の耳から指を離し、小さく頷いた。
「奇遇ね。わたしも疑問に思っていたわ」
コンラートくんを脅威に感じたからだとしても、あまりにリスクが大きすぎる。
他に手頃な武器が見つからなかったのか、それとも……
誰かに、そそのかされたのか。
木枯らしが吹き抜ける街道を、マルティンと無言で歩く。
どうやらフランスに向かうより前に、調べなきゃいけないことがあるようだ。
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