お客様名『山本 勲』その九~「俺の物語」~

 扉を開けると、久しぶりのアナザーワールド不動産の店内だ。


 カウンターに座っている世望と、肌島。

 パーテーションから顔を出して「オッサン」「オッサン」と呼ぶチルとラリを見て、俺は心なしかホッとした。


「どうされました? 浮かない顔をして。新しい異世界をお探しでしょうか?」と世望が声を掛けて来る。


「世界が終わりそうで、怖くて逃げてきました」


「そうですか」と笑顔で世望が言った。


「軽蔑しないんですか?」

「それも、お客様の生き様ですから」


 その言葉にふと、俺は生前の記憶が蘇った。


 ずっと逃げの人生だった。

 人付き合いから逃げ、勉強から逃げ、社会からも逃げ続けた人生。

 誰も俺の事など、気にも留めなかった。

 期待もされなかった。


 他人から求められない俺は、存在している価値があるのか?

 分からなくなり、将来が不安になり、女性から愛される事もなく、虚無感に苛まれた俺は死を選んだ。

 死んだら、誰かが悲しんでくれるのか?

 死んでしまったらそれすら分からないが、たぶん、親くらいかな……。


 それが……俺の生き様だった。


「山本様」と目に涙を浮かべる俺に優しく声を掛ける世望。


「生き様とは……現在進行形なのです。過去があり、今があり、そして未来がある。答えなんて最後にならないと分からないのですよ」

「…………」


「御覧なさい。貴方の手首を」


 そう言われ、俺は涙越しに自分の手首を見た。


 ――『1580万6780PV』


 ………………えッ!? 


 腕で涙を拭い、もう一度数字を確認する。


 ――『1590万2780PV』


 まだまだ上がり続けている。


「それが、貴方のPV……生き様です」


 肌島が口を開いた。


「山本様の生き様に期待しているのでしょう。今、ファイタル・アメルティアを救えるのは山本様しかいないのだと」


 異世界から逃げる時、俺は複雑な思いが心の中で膨れている事に気付いていた。

 理由は分かっていた。

 PVが500万を超えた時に、別の異世界に引っ越す事も可能だった。

 だが、それが出来なかった。

 何故なら、今の異世界が好きになっていたからだ。


 けっして裕福な集落でもなかったが、そこには笑顔があった。

 嘘ばかりついてしまったが、それでも優しく接してくれる集落の住民に俺は、安らぎを貰っていた。

 そして、いつしか、恩返しがしたい、謝りたいと心の中で思い始めていたのだ。

 嘘ひとつない、素直な俺そのものとして、集落で生きる。


 ファイタル・アメルティアに戻りたい。

 もう俺にとってあそこは『異世界』じゃない。

 俺にとっては……『世界そのモノ』だ。


 覚悟は決まった。


「世望さん、肌島さん。俺、戻ります」


「それはつまり、最終転移になりますが、宜しいでしょうか?」

「はい」


 そして俺は、賭けに出た。

 契約書に書いていない事だ。


「世望さん」

「はい」

「1000万PV差し引いた残りで、オプション購入できますか」


「…………」


「やっぱり無理か……」

「可能で御座います」

「ホントですか!!」


 1000万PVを差し引かれ、PVの増減もストップ。

 残ったPVは700万PV。



レ 身体能力10倍 100万PV

レ 魔法習得 賢者級 100万PV

レ 打撃ダメージ補正 90%カット 100万PV

レ 魔法ダメージ補正 90%カット 100万PV

レ ワームホールステップ 300万PV


 使い切った。

 全部使い切ってやった。


 ワームホールステップとは、視界内なら、何処にでもワームホールを作り、そこを通る事で、瞬間移動が可能との事。


「お買い上げ」とチル。

「ありがとうございます」とラリ。


 そして「オッサン!! ばいちゃ!!」と2人が笑顔で俺の雄姿を湛えてくれた。


 自動扉が開いた。

 ここを出れば、もう俺は『ファイタル・アメルティア』の住人だ。


「行ってくる」そう言うと、俺は戦場に向かった。


 世界を救う為に。


 待ってろ神様達。

 もうPVは関係ないが。

 俺の物語を最後まで見届けてくれ。

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