お客様名『山本 勲』その六~「内覧させて」~
そこは、文字通りの終末世界そのものだった。
紫色の重たい雲間から大地に突き刺さる雷。
木々は寒々と葉っぱさえなく、酸性の空気は、肉体があれば息を吸うだけで肺に沁みそうだ。
「これは……さすがに住めない気がします」と言うと、店内から出て来た世望が「山本様の転移ポイントはもう少し離れてますから、まだ住めますよ」と言い、指をパチンと鳴らした。
すると、景色が高速移動を始める。
まるで仮想空間みたいだ。
「異世界ってもしかして、仮想空間とかですか?」
肌島が答える。
「いえ、今はまだ我々含め、この世界の住人では御座いませんので。霊体と同じようなモノですわ。客観的にこの異世界を内覧できますの」
流れる景色が止まった。
鉛色の空。
木にはまだ少し葉っぱが残っている。
近くには川が流れており、その近辺には集落も見える。
「人が住んでいるんですね」と訊ねると肌島が説明を始めた。
「人口は残り300人程です。その内、集落だけで200人は生存しています。この世界の最後のオアシスでございますわ」
「あれでオアシスですか……」
そこをオアシスと呼ぶには、あまりにも貧相に見えた。
色で言えば茶色。
緑や自然も感じられないが、人々が一生懸命作り上げた安住の地だと言う事は、周りの景色をみても分かる。
「大都市の全てが既に壊滅しておりますので。ギルドも既に機能しておらず、フリーの冒険者含め、この集落で最後の時に備えている。そう言う状況でございますわ」
「終末ですね。世界の終わりってきっとこんな感じなんだろな」
そう言っていると、景色がまた動きだし、集落の中で止まった。
そこには、意外にも賑わいがあった。
市場では食材を求め店主と客がにこやかに話しをしていたり、色鮮やかな民族衣装を纏った女の子数人が、笑顔で服屋から出て来た。
うん、可愛い。
振り返ると、酒場からは酔った客が千鳥足で市場の人混みに消える。
大きな大剣や盾、魔法使いの杖やロッドを携えた冒険者達が定食屋に入ってゆく。
「良いですね」と俺は思わず口にした。
世望が笑顔で口を開く。
「悪くないでしょ。この世界には今、勇者がおりません。山本様が勇者として活躍するチャンスでもありますよ」
「俺、なんのスキルも武器も無くて、勇者になれますかね?」
「山本様。肝心なのは生き様です」
「でも、死んだら意味ないんですよね?」
「そうですが。PVを稼ぎ、他の異世界に向かうなら最適かと」
「まぁ……確かに……」
ふと気付くと、チルとラリが市場で走り回っていた。
ハゲ親父の頭に乗り、女の子の足にしがみつく。
だが、当の本人たちは何も感じていないかのように、何食わぬ顔で市場を歩いていた。
「チル、ラリ。駄目よ。イタズラしちゃ」と肌島が注意すると、「イタズラらめぇ」「イタジラらねぇ」と言い、チルとラリが世望の足元に戻る。
そこで、俺は念の為に一つ目の異世界『ディバインゲルト』も見て見たくなった。
住み心地や環境が良ければ、ワンチャン無くもない。
「肌島さん、できれば一つ目の『ディバインゲルト』も内覧して良いですか?」
「はい、かしこまりました。では一旦店内に」
そう言われ、一同が店内に戻る。
自動ドアが閉まると、ガラスの向こう側には死者の行列がベルトコンベアのように流れていた。
あそこに戻りたくない。てか、もう戻れないけど。
ましてや、その周りにいる亡者になどなりたくもない。
肌島が、次の鍵を胸の谷間から取り出し鍵穴に挿し込む。
そして右に捻ると、扉が開いた。
太陽の光が差し込む。
緑の草原、山。
透き通った水が流れる川。
吹き抜ける風も気持ちいい。
牧場では牛が飼われ、畦道を冒険者らしき一行が歩いている。
そこに俺達が流れるように近づく。
「〇×▽□φαωΩm」
「π↑§±ΔΘΨ」
冒険者達の言葉が聞き取れない。
何語を話しているのか?
「世望さん。彼らって何語を話しているんですか?」
「そうですね。これはこの異世界特有の『ディバイン語』ですね」
「俺、ディバイン語なんて喋れないんですけど」
「そうですか……。ユニークスキルでバイリンガルを習得されれば、どこの異世界に行っても言語が通用しますよ。よかったら追加オプションでご検討下さい」
「いや、ご検討も何も、高くて買えませんよ」
そう言うと、黙ったままの世望が爽やかな笑顔を向けて来た。
「まぁ。生き様ですし」
「あんた、それバッカリだな」
「もしかして、セットのレディーもディバイン語なんですか?」
「はいそうですが」
聞いて良かったぁー。
この異世界で『1LDK』の契約をしても、レディーと会話が出来なかったら終わりだ。
うむ。
この異世界は無しだな。
住み心地は良さそうだが。
「やっぱり、さっきの異世界で良いです」
「かしこまりました」
俺達は店内に戻った。
カウンター内に戻った世望が改まる。
「では、山本様。ご契約に進ませて頂いても宜しいでしょうか?」
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