お客様名『山本 勲』その四~「異世界選び」~

 世望が一枚の紙に手の平を向けた。


「こちらは、『ディバインゲルト』と言う世界名ですね。世界レベルは『中期』つまり、まだ道半ばな世界ですね」

「と、言いますと?」

「前期は、世界が生まれて間もない状態です、原始的かつ神秘的でゆったりとした世界が多いですね。後期は、世界が終りかけている状態です。魔王に滅ぼされる寸前であったり、世界の危機など、極めてアグレッシブな状況でございます」


「そんなヤバイ世界なんて行く人いないでしょ」と俺は鼻で笑った。


「これが意外と人気が高いのです」と肌島。


「どうして?」

「後期の世界はどちらかと言うと、物語でも終盤であったりしますから、その一つ一つの行動が大きく目立つのです。モンスターの大群に立ち向かう、魔王の城に乗り込むなど、貴方の活躍次第ではPVは爆発的に増える事もありますわ」


 肌島は拳に力が入り、興奮気味にそう説明した。


「なるほどね。で、この中期とは?」

「そこそこに文明も発達していたりする比較的安定した状態ですわ」


 続いて、世望が説明する。


「こちらの世界ですとぉ。今でしたら『1LDK』と『1K』が一つずつ空きが御座います」


 その言葉を聞いて、俺は思わず笑った。

 まんまじゃん……。


「ごめんなさい。『1LDK』と『1K』ってどういう意味ですか?」


 すると、チルとラリが俺の隣にやって来た。


「1ィッ!!」とチル。「1人のッ!!」とラリ。


「Lぅ!!」とチル。「レディーとぉ!!」とラリ。


「Dぃー!!」とチル。「ディープなぁ!!」とラリ。


「Kぇィ!!」とチル。「暮らしぃッ!!」とラリ。



「1人のレディーとディープな暮らしか……。悪くないな」と俺は呟いた、となると『1K』は……そうなるよな。


「ちなみに『1K』って」と念の為に訊ねてみる。


 またも、チルとラリが俺の隣にやって来た。


「1ィッ!!」とチル。「1人のッ!!」とラリ。


「Kぇィ!!」とチル。「暮らしぃッ!!」とラリ。


「うん。一人暮らしだね。やっぱり知ってたよ」と俺は笑顔で礼を伝えた。



 パソコンのモニターを俺の方に向けた世望。


「こちら、プランにセットされておりますレディーのお写真で御座います」


 …………メチャメチャ可愛い。

 女子高生くらいかな?

 あどけなさの中にも、色気がある。


「な、なるほど」と言い、俺は生唾を飲み込んだ。


 どうせ異世界に行くなら、可愛い女の子とディープな暮らしの方が楽しいだろ。

 そこでロマンスが芽生えたりすればPVも稼げるかも知れない。


 咳払いをした俺は、肝である"お値段"について訊ねた。


「して、世望さん。『1LDK』は月おいくらで?」

「こちらの異世界ですが、オプションを一旦抜きして月々14万5000PVで御座います。仲介手数料は一律でお家賃の半月分。72500PVですね」


「敷金と、礼金は?」と俺は、慣れた口で訊ねる。ちょっと肌島さんにカッコいい所を見せたいと思ってしまった。


「礼金はかかりませんが。もしPVが払えなくなった場合の補填分として1カ月分のPVを頂きます。〆てですねぇ」と世望が電卓を叩く。


「初月が36万2500PVで御座います」

「な、なかなかしますね……」


 頭の中で考えてみたが、もしPVが稼げなかったら、2か月したら貯金……あ、いや、貯PVが無くなる。

 俺の行動が如何ほどのPVを稼げるのか分からないし、そんなバブリーな暮らしは冒険し過ぎな気もしなくもない。


 ちょっと聞くのが恥ずかしいが……致し方ない。


「ち、ちなみに……『1K』は?」

「そちらですと、月々8万PVです」

「なるほど」


 月々8万PV……仲介手数料が4万PVだから……初月で20万PVか……。

 手持ちは50万PVだから、だいたい5カ月は暮らせる。それだけあれば、PVの稼ぎ方が分かるかも知れないが……。

 一人暮らしって、死ぬ前と変わらんじゃないか。

 異世界に行ってまでそんな寂しい生活をして、世賃の事を考えながら生きていくなら、死んだ方がマシだ……あ、俺、今死んでるんだよな。



 で、俺は隣の異世界情報に目をやった。

 異世界名は『ファイタル・アメルティア』だ。

 印象に残る名前だが、嚙みそうだ。

 俺の視線に気づき、世望が説明を始める。


「こちらは『後期』の異世界ですが、まだ終末までに若干余裕があります。もし、山本様が勇敢に活躍をしたいとの事でしたら、オプションでスキルや武器を購入し、目立つ事も可能で御座います」

「オプションって、スキルや武器が買えるのか!?」


 驚く俺に、世望は「はい、魔法や乗り物、仲間など、あらゆるオプションが御座います」と自慢げに答える。


 これは面白くなって来たと俺は思い始めた。

 小さな頃に思い描いていた勇者になって、モンスターの大群を蹴散らし、必殺の一撃で魔王を倒す!! そんな事が出来るのかも知れない。

 俺の中の男の本能、戦闘意欲が駆り立てられる。

 さっきの異世界よりも魅力的だ。やはり、人気が高いのも頷ける。


「この異世界って空き状況は?」

「そうですね。『2LDK』と『1DK』に空きがございます」

「に、ににににににに、2LDK。それはつまり……」


「2ィッ!!」とチル。「2人のッ!!」とラリ。


「Lぅ!!」とチル。「レディーとぉ!!」とラリ。


「Dぃー!!」とチル。「ディープなぁ!!」とラリ。


「Kぇィ!!」とチル。「暮らしぃッ!!」とラリ。


「おいくらで?」


「月々20万PVですが、後期割引が10%ですので、月々18万PVで御座います」

「高いなぁ……。これだと一か月目で成果を出さないと直ぐに滞納だ」


 そこで、またも俺は気になった。

 滞納が続いたらどうなるのか?

 やはり、退去命令とかが出て追い出されるのだろうか?

 そうなると俺は何処に行くんだろうか?


「あの、これもし、PV払えなくなったらどうなるんですか?」


「まずは、敷金が御座いますので、それで一カ月間の猶予が生まれます。別の異世界への転移をするか、彼らの様に行列をただ眺めるだけか……になりますね」と、世望と肌島が自動扉の先に視線を向けた。


 なんと、三途の川への行列の外から眺めている者達の中には、PVが払えなくなって無一文で彷徨っている人も居るって事なのか……。

 それは何としても避けたいところだ。

 列にも戻れない、PVが無ければ何もできないなら、それこそ地獄じゃないか。


「じゃ、じゃあ。もし退去を拒んだら?」

「その場合は、その世界での最下級生物に強制転生して頂きます。つまりレベル1でも倒せるモンスターになってしまうと言う事です」

「マジか……」


 つまり、今俺が置かれている状況は、否応なしにも異世界に行き、PVを稼ぐしかないと言う事だ。


「ご安心下さいませ」と肌島がニコリと笑う。……ダメだ可愛い。


「山本様がご満足頂けた場合、また当店にて別の異世界と契約する事も出来ますし、お稼ぎになられたPVを持って三途の川を渡る事も出来ます」

「え、列から出ても川を渡れるの?」

「はい、その為のPVですから。1000万PVにはなりますが、当店の裏口からVIP客専用の通路が御座います。クルーザーで三途の川も5分ほどで向こう岸に到着できるでしょう」


「いっせんまんッ!?」と俺は思わず叫んでしまった。


 たかだか50万PVぽっちじゃ夢のまた夢だ。


 どうする……?


 中期の世界でのんびり過ごすのか?

 レディーとのディープな暮らし……。


 後期で活躍して一攫千金……。


 さぁ、俺はどっちを選べばいいんだ……。

 

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