第43話 祖父というものは


 イロエスト問題は色々あるんだけど、一応、冬になる前に王弟殿下は帰って行った。


さすがにブガタリアの雪を経験する気は無かったみたい。


 王弟殿下のお蔭で、俺とヴェルバート兄はかなり鍛えられた。


イロエストの剣術を幼い頃からある程度教えられていたヴェルバート兄の剣は美しい。


俺が見ててもため息が出る。


剣舞とかやらせたら、きっと似合うだろうし、見てみたいなと思う。


 俺に関しては最初からやり直しだ。


イロエスト流の剣術も一通り習ったが、王弟殿下も俺には合わないと認めてくれた。


だけど、俺のナンチャッテ剣道が気に入ったみたいで、時々面白がって相手をさせられたりした。


 身体に合わない大きさの木剣も止めて、今はブガタリアの短かめの剣にしてもらっている。


振ってみると、やっぱりこっちのほうが扱い易い。


ブガタリアの剣術は剣だけじゃなく拳や足技なんかも使うから体術も必須なんだよな。


振り易くなったせいか、身体の動きも良くなったとエオジさんにも褒められた。


 最近は同じブガタリアの剣を使うギディと打ち合いさせられることが多い。


嫌じゃないけど、お互いに加減が分からなくて小さなキズが増えた。


そう思うと、ちゃんと相手にケガをさせない王弟殿下は、やっぱり名のある剣士だったんだなって思う。




 第一王女アラヴェリエの瞳に関しては王弟殿下も何も言わなかったし、大丈夫そうだな。


第二王女セマリュに関しては、祖父じい様は複雑そうな顔だ。


「可愛い孫には違いないが、これは守ってやらねばならんぞ、コリル」


俺は黙って頷く。


 これからこの妹はモテモテになる。


主に王族を狙う部族の者からの縁談が増えるからだ。


妹さえ手に入れれば、将来、自分たちの血筋から赤い瞳の子供が産まれ、その時に正統な王族にもしものことがあったら王になれるかもしれない。


グリフォンにさえ認められればだけどね。


でも赤い瞳さえあれば、チャンスは与えられ、王族になれるかもしれないのだ。


怖いよなー。




 俺の考え過ぎかもしれないけど。


最近、もしかしたら、セマリュの瞳は俺のせいかもしれないと思うようになった。


あの、母さんの出産のとき、俺はあまりにもご先祖様に祈り過ぎた。


そのせいで妹の瞳の赤が一層鮮やかになってしまったって感じがする。


本当に考え過ぎならいいんだけど。




 妹たちはそろそろ六ヶ月。


プクプクして、可愛い盛りだ。


「アヴェ、セマ。 二人とも可愛いなあ」 


ヴェルバート兄が恥ずかしいくらいデレデレで、父王と張り合ってる。


 いや、いいんだ。


俺だって可愛いって思ってる。


でもまだ人間って感じがしない、ぬいぐるみか、お人形みたいだ。


なんていうか、自分もこうだったのかなあって思って見てしまう。


泣いて、笑って、妹たちはまるで双子みたいに一緒に育っていく。


俺たち兄が出来ることは守ってやることだ。




「コリル、話がある」


春が近づいたある日、俺は祖父じい様に店のほうに呼び出された。


祖父じい様は俺に用事があれば王宮の離れに来るので、こっちを指定するのは珍しい。


 店の奥にある会議用みたいな大きな部屋に案内される。


ザッと音がするくらい、その場にいた数名が椅子から立ち上がって礼を取った。


え、なにこれ。 俺、今からどうなるの?。




 十人くらいが座れる長方形のごっつい机。


その一番奥で、祖父じい様がニヤニヤと笑っていた。


「呼び出してすまなかったな」


「いえ、構いませんけど」


どうせ毎日城下の学校に顔を出してるから、ついでに寄った。


それより、この人たちはなんなの?。


 俺は緊張しながら祖父じい様の傍まで歩いて行く。


隣の席を勧められて座ると、ギディが俺の後ろに立った。


見回すと部屋の隅に立っている髭の男性に目が留まる。


ああ、ギディにそっくり。


あれが祖父じい様の部下の、ギディのお父さんかな。


「コリルバート。 折り入って、お前に頼みがある」


祖父じい様の雰囲気が商隊をまとめているときの、威厳のある顔になった。


「はい、何なりと、お祖父じい様」




「王宮の許可は取ってある。


お前にこの国にある部族を順に回って、商売して来てもらいたい」


どういうこと?。


「それは、お祖父じい様も一緒にということですか?」


「いや、今度の商隊は規模も小さなものだし、ブガタリアの国内だ。


お前が中心になって行商を行ってもらいたい」


俺は、この春で十一歳になった。


だけどまだ子供であることに違いはない。


ていうか、まだ小柄なままなんで見かけが、くすん。




 俺は考える。


この部屋にいる者が誰一人、ビクリともしないということは、すでに話が出来上がってるんだろう。


無駄な抵抗はしないほうがいいかな。


おそらくここに並んでるのは、これから俺が訪れることになる部族の人たちだろうし、悪い印象を与えちゃいけないよね。


俺は頷く。


「それはいいですけど、お祖父じい様」


ここで部屋の中が少しザワリとする。


あー、俺が了承するとは思わなかったか。


「ちょっとだけお願いとか聞いてもらってもいいですか?」


なるべく子供らしく、バカっぽくするのは慣れてる。


「ああ、構わん、言ってみろ」


祖父じい様が俺のやり方に気づいて、爺バカの振りをして顔を緩める。




 面白いように座っている男性たちが不機嫌な顔になる。


この人たちって俺のこと、どう思ってるのかなあ。


「じゃあ、後で書面にして渡します。 ヴェズリア様に提出しますので」


「ふむ、そこまでするのか?」


祖父じい様はますますイヤらしい顔になってくる。


「もちろんです。 私はこれでも王族ですから、何かあって困るのは国ですから」


「ほお、もう平民になるのは止めたのか?」


「いいえ、いつでも平民になる覚悟はあります。


でも、お祖父じい様はこの仕事を王子としてやって欲しいんでしょ?」


今度こそ部屋の空気がピリッとした。


ざわめきが止まり、俺と祖父じい様のやり取りに息を吞んでいる。



「どうしてそう思った?。 王子として頼むなら王宮で話をするだろうが」


それはこの部屋に入った時に分かったよ。

 

「ここに居る皆さんが私を王子として出迎えたからです」


アンタらの態度だよ。


ここの人たちが求めたものが王子としての俺だったのだ。


それ以上、誰も口を開かない。


「じゃ、お祖父じい様、またあとで」


「ああ、分かった」


俺は立ち上がり、ギディと共に部屋を出た。


 ふぅと息を吐いて、廊下を歩いているとギディのお父さんがいつの間にか後ろにいた。


うおっ、びっくりした。


「すみません、コリル様。 別室にお茶のご用意がしてございます」


俺の返事など待たず、ギディの父さんに違う部屋に連れて行かれる。




 ここ、知ってる。 祖父じい様の自室だ。

 

部屋の主がいないのに入れるってことは、ギディの父さんって結構信頼の厚い部下なんだろう。


 年齢は父王より上だな。


髭があるので顔の輪郭がはっきりしないけど、祖父じい様に近いのか。


黒髪黒目、肌の色も体格の良さもブガタリア民族らしい外見だ。


身長が少し小柄に見えるのは、あの祖父じい様が縦も横もデカイからだな。


「どうぞ、お座りください」


俺は長椅子に座り、出されたお茶を飲む。




 何だかドキドキするな。


友達のお父さんに接待されてる気分だ。


椅子の後ろに立ってるギディは知らん顔してるけど、きっと緊張してるよね。


チラッと顔を見たらわざと知らん顔しやがった。


 しばらく待たされて、お菓子を出されたり、雑談に付き合ったりしていた。


「すまん、待たせたな」


祖父じい様は彼らに足止めをくらっていたようだ。


 ゆっくりと座り、お茶を一口飲むと俺の顔を改めて見た。


「いいのか、今回は危険だぞ」


魔獣の森の中に入り、点在する部族を回る仕事だ。


「ううん、俺は大丈夫だけど、祖父じい様はいいの?」


こんなに早く俺を行商に行かせるのは不安じゃないかな。


「ふふん、お前にはちょうど良い腕試しになるだろう」


はあ、この祖父じい様は本当に俺が好きだよな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る