第38話 従者というものは


 十歳のお祝いの宴が終わり、当然だけど俺は十歳になった。


相変わらず同年代より少し小柄なままだ。


母さんと王妃様のお腹はだいぶ目立つようになってきたけどね。


 俺が十歳になって変わったことといえば。


「おはようございます、コリルバート様」


何かしらんけど、俺に従者が付いた。


エオジさんからは、


「従者というより同年代の友人だな。


まあ、優秀な雑用係だとでも思っておけばいいよ」


と、言われた。


はあ、いらねえよ。


俺には弟たちっていう優秀な護衛がいるんだから、えっへん。




「名前、なんだっけ」


祖父じい様の部族出身で、もうすでに筋肉質な身体付きの十一歳。


背丈はヴェルバート兄と同じくらいで、黒髪黒瞳だけど色白だな。


スッキリとした、大人になったら絶対モテそうな感じの顔をしてる。


「ギディルガと申します。 ギディとお呼びください、殿下」


ぐえ、やめて欲しい、その口調。


「それだけちゃんとした礼儀が出来るんなら、王太子殿下のところにいけば良かったのに」


「いえ、私は平民ですから」


いやいやいや、今の王宮は優秀なら平民でもちゃんと雇用してますよ。


 夜明け前の長い階段を走りながら、俺たちは息一つ乱さずに会話する。


「私の父は、殿下のお祖父じい様のマッカス様の部下です」


どうやら彼の父親は、俺が商隊でシーラコークに行ったときに同行していたらしい。


「父は大変、殿下を褒めておりました」


十歳の祝いのパーティーで紹介するつもりだったらしい。


だけど、宴が内輪だけで終わってしまったため、俺たちは顔を合わせることはなかった。


それで彼の父親は祖父じい様に直接、顔合わせを頼んできたということだった。


「でもキミは、父親の跡を継いで商人になるんじゃないの?」


「いえ、私共は兄弟が男だけでも五人おりますので問題ありません」


女性を入れると二桁らしい。


あー、一夫多妻だったわ、この国。




 朝食の席には俺とエオジさん、そして。


「お手伝いします」


「あら、うれしいわ」


妊婦である母さんの手伝いをし始めるギディ。


まだ十一歳の男子なのに手慣れてるなあ。


家では数名いる母親、十何人もいる兄弟にもまれていたんだって。


「この程度は家事とはいえませんよ」


さようですか。


「子守りも得意です。 お任せください」


何故か母さんにアピールし始める。


ほお、ギディさん、そのまま母さんの従者になってくれないかな。




 そういえば、俺は前世から家事は苦手だった。


食事とか自分で作れたら、きっとこんな偏食になってなかったんじゃないかなと思ったこともある。


前世では一人っ子だったから何もしなくても親が全部やってくれた。


危ないとか何とか言われて、やらせてもらえなかったんだよな。


 俺は厩舎の掃除は平気なのに、自分の部屋の片づけは出来ない。


まあ、物自体がそんなに無いし、執着も無いので片付けるまでもないけど。


洗濯、ナニソレだし、買い物、テキトーだし。


母さんからもらって、母さんに渡して、ただそれだけで生活してきた俺。


「コリル、お前、大人になったらどうするつもりなんだよ」


エオジさんにも呆れられる。


「ん-」


よく分からん。


「考えたことない」


真顔で言ったら、母さんにまで心配された。


「大丈夫ですよ、私がいますから」


ギディの良い笑顔が眩しい。




 厩舎にまで付いてきて、弟たちをまじまじと眺めている。


「思ったより可愛いですね」


キュルン


ツンツンはギディを見上げて首を傾げている。


グルグルルッ


早朝一緒に走ったグロンは、まだ警戒しているぽいな。


ゼフは関心なさそうに餌箱に顔を突っ込んでいる。


「これは私からのお近づきの印です」


ギディがそう言って、何やら高級そうな物を餌箱に入れている。


「シーラコークから仕入れました。 お好きだと伺ったので」


おおう、魚じゃねえか。


俺も好きです。


 シーラコークから送ってもらうと結構費用が掛かる。


保存の魔法が掛かった箱が必要だからだ。


しかも一品だけを送ってもらうわけにはいかないから、他の物も注文したり、結構邪魔くさいんだよな。


おい、ゼフ、グロン、ツンツンまで、目が輝いているよ。


ギディが帰る頃には弟たちは名残惜しそうに足元にすり寄っていた。




 十歳になって良かったことは、大っぴらに城下に出られるようになったことだ。


もちろん従者ギディ付き。


 最近、俺は街の学校に顔を出すようにしている。


俺宛に贈られた魔獣の幼体たちを預かってもらっているからだ。


「空いてる厩舎があって、ちょうどよかったです」


デッタロ先生がニコニコしながら俺を案内してくれる。


「そうですねー」


返事が棒読みになってしまうのは仕方ない。


おそらくだけど、俺が幼獣たちをここに預けるのもきっと想定済みだったんだと思う。


だって、先生は王宮の厩舎の規模だって知ってるし、俺に贈り物をしたいという部族の知り合いから相談を受けていたはずだしね。


 でも魔獣たちには罪は無い。


「可愛い」


ゴゴゴの幼体もいれば、俺の知らない魔獣の幼体もいる。


学校の厩舎は、前世の記憶にある『ふれあい動物園』みたいになっていた。


幼体ばかりなので学校の生徒たちでも十分に世話が出来る。


持ち主が第二王子である俺だから、大人たちも気を使ってしっかり管理してくれるはずだ。




「これ、魔獣じゃないんじゃない?」


山羊っぽかったり、鶏っぽかったりするものまでいる。


「殿下は魔獣だけじゃなく、家畜もお好きと伺っておりましたけど?」


後ろに付いてきていたギディが口を挟む。


ああ、確かにね。


「家畜を飼いたいと言ったのは確かだけど」


実は食べたかったからだ、とは言いにくいな。


 俺はこの世界に来て、得体のしれない魔獣の肉とか、あまり食べられなかった。


確かに美味しいらしいんだけど、受け付けないんだよ。


たまたま見慣れた山羊とか豚のような家畜がいるのを見て、あれなら食べられるんじゃないかと思って頼んでみたことがある。


 だけど家畜は高いんだよなあ。


ブガタリアでは放牧するだけの土地がないため、たくさん飼えない。


食べ頃になった成体を仕入れるため、運送費も高くつく。


そのため、王宮でも滅多に出てこないくらい高価な食材なのである。




 それを学校の厩舎で育てるのか。


「大丈夫なの?」


主に警備的な意味で。


清廉な武人の多い国とはいえ、犯罪者が居ないわけじゃないからね。


それに滅多に手に入らない高級食材となれば欲しがる奴も多いわけで。


 俺はデッタロ先生を見上げた。


ニコリと笑った先生から、クルッと巻いた一メートル四方くらいの大きな紙を渡される。


それを拡げて、俺はため息を吐いた。


「第二王子専用の新しい厩舎の図面です。


シーラコーク国の魔獣預り所を参考にさせていただきました」


確かにあそこはブガタリア民族によるブガタリア国のための施設だからな。


確かに、ここで造っても問題は無いね。


「……分かった」


王妃様に相談しなきゃな。




 ギディと一緒に王宮に戻る。


彼には母さんの夕食の準備を手伝ってくれるようお願いして、俺は王妃様のいる執務室に向かった。


俺は先に王宮内にある王妃の執務室に遣いを出しておいた。


すぐに遣いが戻って来て、部屋に案内される。


「ヴェズリア様、お仕事中に失礼します」


きちんと礼を取って入室する。


「いいのよ。 そろそろ休憩しようと思っていたから」


執務室はいつもより人が多い。


引き継ぎ中みたいだな。




 母さんがやって来て、お茶を淹れている。


はあ、二人とも妊娠八ヶ月くらいなんだから、産休に入って欲しい。


仕事を持って来た俺が言えるセリフじゃないけどさ。


「そういえば、コリルにもようやく従者が付いたのね」


はあ、家で母さんの手伝いをしてるはずなんですが、なんでここにいるんでしょうね。


母さんの隣りでニコリと笑う従者を横目に飲んだお茶は、悔しいほど美味かった。


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