第34話 作戦というものは


 ヴェルバート兄は秋生まれなので、今年で十二歳。


俺は春生まれなので、雪が溶ける頃に十歳になる。


二歳しか違わないはずなんだが、相変わらず金髪イケメンの兄様に対して、俺はまだ小柄なチビのままだ。


並ぶと五歳は違って見える。


「厩舎の中で話をしようか?」


あ、いけない、またボーッとしてた。


「殿下、ではあちらの休憩所で」


以前はイロエストの従者に聞かれないようにしてたけど、今はそんなに気を使う相手はいない。


でも、一応っていうか、平民志望だっていうことは主張したいお年頃なんだよ。


「分かった」


俺たちは騎獣たちの運動場の隅にある、休憩所として使われている小屋に向かう。




 王太子付きの従者が気を利かせてくれて、テーブルにはすでにお茶の用意がされていた。


どんだけ早いんだよ。


さっきここにって決めたばっかりなのに!。


 まあ、いいよ。


とにかく座って共犯になってくれるように、うまく頼まないと。


 じいちゃんが俺の隣に座って、ヴェルバート兄は向かい側。


エオジさんは休憩所の入り口でヴェルバート兄の従者と一緒に立ち話してる。


きっとこっちの話を聞かせないように気を使ってくれてるんだと思う。


「それで話というのは、グリフォンのこと?」


「はい」


やっぱりじいちゃんがいるってだけで分かってくれる。


ヴェルバート兄はさすがに察しが良い。


 俺とじいちゃんがちょっとだけ視線を合わせる。


俺に話せって?、うん、分かってるよ。


「あの、実は、えっと」


めっちゃ喋りにくい。


でもヴェルバート兄は、父王にお願いしてまで俺の謹慎を解いてくれたんだ。


俺はちゃんと話をしなくちゃ。




「グリフォンに乗って飛ぶ案があるんですけど、聞いてもらえますか?」


ヴェルバート兄が、俺のこの口調が苦手だって知ってるけど、今はどうしようもない。


超緊張してて、バカ丁寧でごめん。


「いいよ、何でも聞く」


苦笑いの兄様に申し訳なく思いながら、俺はきちんと覚悟を決める。


 もしかしたら、ヴェルバート兄は怒るかもしれない。


年下の俺にこんな生意気なことを言われたら気分が悪いかもしれない。


それでも、俺の精一杯の気持ちを伝えたいんだ。


「殿下のグリフォンはまだ若くて臆病なんだと思うんです」


ヴェルバート兄はじいちゃんの顔を見て、頷いた。


内緒だったのかな、ごめん。


「それで?」


先を促される。


「はい。 若いグリフォンが人を乗せているってことを忘れるくらい他に興味を持たせれば、乗せたまま飛べるんじゃないかと思いました」


「それが難しいんだよね」


ヴェルバート兄がため息を吐いた。


きっと今までも色々と手を尽くしたんだと思う。




 俺は唇を強く閉じて、鼻で大きく深呼吸をする。


そしてゆっくりと言葉を吐き出す。


「殿下は私が最近、大鷲の魔獣を手懐けたのをご存じですよね」


兄様は少し下を向いたまま頷いた。


俺が大鷲の魔獣の背中に乗っていたと誰かに聞いたんだろう。


きっとそれは未だにグリフォンに乗れない王太子にとって衝撃的なことだったに違いない。


「殿下のグリフォンはあの大鷲に興味があって、それであまり近付けるなって言われてます」


俺は少し冷めて来たお茶をゴクリと飲み込む。


「大鷲を見ると、あのグリフォンはどうしても追いかけたくなるみたいですから。


それを利用します」


兄様が顔を上げて俺を見る。


「そんなこと、お前の大鷲が危ないじゃないか」


「私が防御結界を使いますから問題ないです」


俺はヴェルバート兄の目を真っ直ぐに見た。


兄様の目は戸惑いと、ほんの少しの恐れが見える。


ヴェルバート兄は基本的に優しい人なのだ。




「それでも、危ないでしょう?」


ヴェルバート兄はじいちゃんに訊く。


じいちゃんは頷きながら、仕方ないというように笑った。


「確かにコリルも、コリルの大鷲も危ないでしょう。


グリフォンの攻撃魔法にどれだけ耐えられるか分かりませんからな」


え?、攻撃魔法って何?、聞いてないんだけど!。


「ですが、そのグリフォンに乗ることになるヴェルバート殿下も、何かあれば無事では済まないでしょう」


だよね、乗ってる人を意識させないっていう方法なんだから。


「そのためにも王宮の魔獣担当の力を集めて、お手伝いする所存でございます」


そう言って座ったまま深く頭を下げた。


ほえっ、じいちゃんのあらたまった言葉遣い、初めて聞いた……。


俺は事の重大さを、今、初めて知ることになった。



 

「じいちゃん、俺」


俺は隣にいるじいちゃんの服の裾を掴んだ。


じいちゃんは泣きそうな顔の俺の顔を見て笑う。


「なんだ、その顔は。 コリル」


「だって、だって、ごめん。 俺、全然分かってなかった」


じいちゃんは俯いた俺の背中を撫でる。


「わしは、お前の案は大人ならやれるだろうと判断した。


ただ単にお二人ともまだ幼い。 その上に替えの利かないお立場だ」


そうなるとここにいる者だけでは、何かあったときに責任を取れないことになる。


王子二人だ。


それこそ国が亡ぶ。




 そこまで考えていなかった俺は身体が震えてきた。


「やってみよう」


静かなヴェルバート兄の声がした。


「父王の許可を取るのは一苦労しそうだけどな」


兄様とじいちゃんは笑うけど、俺は笑えなかった。


 これは下手すると、また両親を泣かせてしまう。


今世の修行も中途半端に終わるんだ。


輪廻の輪は俺を今度は虫に生まれ変わらせるだろう。


「コリル」


気が付くと、俺はヴェルバート兄に抱き締められていた。


「お前は俺のたった一人の弟だ。


そのお前が俺のために考えてくれたことが一番うれしいよ」


顔を上げた俺の目から涙が零れ落ちた。


「兄様……」


「すぐには許可は下りないかもしれない。 実行するのに何年もかかるかもしれない。


それでも、手伝ってくれるか?」


俺は何度も頷く。


笑うヴェルバート兄の顔に、この人は案外強い人だと思う。


きっと、グリフォンに乗る日が来るのはそんなに遠くないって思えた。




 その日から、俺たち魔獣担当と、王宮の王太子担当の従者たち、そして警備隊までが参加して話し合いが行われる。


父王とエオジさん、デッタロ先生の姿もある。


他に方法はないのか。


グリフォンの様子は変わらないか。


そして、この方法を取った場合、一番の安全策はどんな形にすればいいだろうか。


俺たちは考え続けた。


「コリル、お前はどう思う」


父王は会議の席で一番小さくて、誰にも気づかれないように参加していた俺に振る。


全員の目が俺に向く。


そして一部の者は何故俺がここにいるのかと首を傾げ、一部は憎々しげに俺を見る。


前者は、発案者が俺だと知らない者たち。


後者は、こんな余計なことを言い出したのが俺だと知っている者たちだ。




 でも俺はそんな目には負けない。


ヴェルバート兄のためにも。


「問題は三点です。


一点目は、グリフォンが大鷲に対して攻撃魔法を使うかどうか。


二点目は、殿下の風魔法でどれだけ耐えられるのか。


そして三点目は、大鷲が反撃しないか、です」


父王の片眉が上がる。


「ほお、大鷲の安全がお前にとっては第一ではないのか?」


俺はしっかりと周りと父王の顔を見て頷く。


「グリフォンと殿下が無事でさえあれば、大鷲については気にされなくて大丈夫です」


会議場の中がザワリとする。


「コリルバート、それはお前自身が怪我をしても良いということになるのだぞ?」


ヴェルバート兄が少し怒ってるね。


俺はニッコリ笑って答える。


「はい。 私なんかより、この国のほうが大切ですから」


大切なのは国と王太子とグリフォンだ。


俺なんかとは比べ物にならない。


「それと、実行するなら冬がいいです。


雪がたくさんある季節なら、たとえ大鷲から振り落とされても積もった雪で大怪我をせずに済みますから」


グリフォンでも同じことがいえるけど、そこは指摘しちゃいけない。


あ、じいちゃんと父王が頭を抱えた。


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