第31話 メリルの憔悴
メリルとマリアとジョージがやって来た。メリルの父親に会いに行った日の詳細をマリアが語ってくれた。
「ママの具合があの日から優れなくて」
と、見事な焼き栗が載ったモンブランケーキを頬張りながらマリアが言った。
「メリルの優れないのをよそに、マリアは随分と威勢がいいわね」
と、私が言った。
「私はね!だって、今までずっと文句言ってやりたかったんだけどそのチャンスがなかったものだから、今回お祖父ちゃんに噛みついてやったらすっきりしちゃって」
と、マリアが上機嫌で言った。
その横でメリルは浮かない顔だ。ジョージが、珈琲のカップを差し出して勧めたり、モンブランケーキをフォークで口元に運んだりしながら、しきりにメリルを心配している。
「ジョージも、メリルがそんなじゃ心配よね」
と、私が言った。
はい、とジョージが小さく頷いた。
「ジョージは、メリルの弟さんやお父さんに会ってみて実際どうだったの?」
と、私は訊いた。
「メリルから家族の話は聞いていましたから、ある程度は覚悟をしていました。でも実際、目の前にするとちょっとびっくりしました」
と、ジョージが素直な感想を述べた。
「ほーんと、びっくりよね。自分の血筋ながら、叔父さんもお祖父ちゃんもぶっ飛び過ぎよ。よくもこんな狂気の沙汰の家族からママみたいなまともな人間が生まれたわねって思っちゃった」
と、マリアが言った。そして、続けた。
「ママに比べたら、ジョージパパのほうが余程ましな環境で育ってると思うわよ。ジョージパパのお父さんは運転免許も無しに、車を乗り回したりしていないでしょ?」
と、マリアがジョージに訊いた。
「それは、ないね。親父はタクシードライバーだったから」
と、ジョージが答えた。
「ほら、ジョージパパのお父さんのほうがまともじゃない。だから、ジョージパパも頑張れ!」
と、マリアが頓珍漢な励ましをジョージにおくった。
「誰が運転免許も無しにって?」
と、私がマリアに訊いた。
「私のお祖父ちゃん!」
と、マリアが威勢よく言った。そして、
「それも学生の時からだっていうから、50年以上よ!50年以上も無免許運転の人なんている?」
と、さも呆れたというように大袈裟に言った。
「50年って、半世紀ね」
と、妙に私も感心して言った。
「ほんと、呆れるでしょう。私の家族…」
と、メリルがやっと口を開いた。
「メリル、あたたかい珈琲を淹れ直すわ、冷めちゃったでしょう」
と、言って私はキッチンに立った。
ジョージに促されて、手つかずだったモンブランケーキもようやく食べる気になったらしい。淹れ直したあたたかな珈琲をメリルは一口流し込んで、ようやく笑顔がもどった。
「私、弟の傷が癒えるためには、絶対父に謝ってもらわなきゃって思っていたんです。それは生前、ハリスも言っていました。だからあの日、父が弟に謝ることで何かがやっとはじまるような気がしていたんです」
と、メリルが言った。そして、続けた。
「でも、父が本当の謝罪をした訳ではないとわかって愕然としました。そして、本当の謝罪じゃないことすら気づかない弟の愚かさにも。弟はまたもや父の口車にのせられて…」
と、メリルは目を伏せた。
「きっとお祖父ちゃんの口車にのせられて、叔父さんまで一緒になってママのことを気が狂ってるって言っていると思うわ、悔しいけど」
と、マリアが言った。
「これからは家族が向き合わなきゃいけないって言いましたけど、自信がなくなりました。家族に関われば関わるほど、昔のように地獄絵図を再現するだけのような気がして…どう向き合ったらいいのかわからなくなりました」
と、メリルが肩を落とした。
「メリルのところだけじゃないわよ。世の中にはごまんといるわ、地獄絵図のような家族は」
と、黒猫が吐き捨てるように言った。
水に打たれたような沈黙が流れた。
「それでも、メリルがいるじゃない。家族を救いたいって思うメリルがいるじゃない。それだけでも上等よ」
と、黒猫が言った。そして、
「メリルに意気消沈されたんじゃ、ジミーへの貸しが増える一方よ」
と、言った。
「そうですね、ハリスのためにもジミーのためにも諦めるわけにはいきませんね」
と、メリルが言った。
「ジミーが見てるよ、しっかりとみんなをね」
と、黒猫が言うと、マリアがすかさず言った。
「キッシュの目を使ってね!」
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