腐れ剣客御一行、洞窟高速弾丸ツアー


 鴎垓、フィーゴ、フランネル。

 三人の即席パーティーはレベッカ奪還のため、大鬼がいると思われる洞窟の最奥を目指しひた走っていた。

 

 パーティーの前線を盾持ちのフィーゴが受け持ち、その後ろに鴎垓、最後尾にフランネルという順番で通路を下へ下へと駆け降りていく。

 道中の敵はフィーゴが盾で撥ね飛ばし、フランネルの炎によって焼き炭にされ跡形もなく消滅している。

 二人の活躍によってどんどんと進む一行。

 その間鴎垓は手を出さず、全ての戦闘を任せている。


 移動中の鴎垓の負担を減らして少しでも体力を回復させようという苦肉の策、当然二人の消耗は増えるが鴎垓には最終決戦で大いに活躍してもらう予定なので問題はない。


 しかし拐われたレベッカがいつまで、そしてどれだけ猶予があるかというのは常に思考の片隅にあり、特にこういうきわっきわの経験が少なくて焦るフランネルからは一番前を走るフィーゴに向けて声が飛ぶ。


「ちょっと、まだ着きませんの!

 もうだいぶ走り続けていると思うのですけど!」


「腕輪の反応がだんだんと強くなってきている!

 それの通りならもうすぐそこまで近づいているはずだ!」


 そういってフィーゴは手首の腕輪へと視線を落とした。

 これは始めレベッカが鴎垓と地上に戻る時に使っていたものであり、同期する二つの腕輪は互いの位置を方向と光の強さで確認できる優れものであった。

 元は無茶をするレベッカのため、もしもの時を考えて渡していたものだがまさか二度も活躍するとは、何がどう転ぶか分からないものだ。


「そのすぐってのはどのくらいかって聞いていますの!

 それにさっきから敵の数が増えていましてよ!

 このまま行って大丈夫ですの!」


「任せてくれたまえ!

 自分の功徳、盾の神”シルディア”の『突撃盾シールドチャージ』は小物相手に微塵も揺るぎもしない!

 全て蹴散らしてやるから大丈夫だ!」


「不安しか感じないんですがぁああ!!!」


 フランネルの絶叫が洞窟に木霊して消えていく。


「オウガイさんも何か言って下さいまし!

 私たちこのままだとレベッカさんを助ける前に数の暴力で一網打尽にされてしまいますわよ!」


 ここまで黙りっぱなしの男に向けて何か言ってくれと叫ぶフランネル。

 その声が若干苛立ち混じりなのはフィーゴのどこから来るのかよく分からない自信満々の発言と、何より目の前を塞ぐ障害物に理由があった。

 現在鴎垓が背中に担いでいるのは大鬼が逃亡したさいに置いてきぼりになった大剣である。


 あの凄まじい豪腕はいくら受け流したとしても普通の剣では耐えきれるものではなく、水球を迎撃したのと脇腹への一撃によって二本とも使い物にならなくなっていたのだ。

 使える得物がなくなってしまった鴎垓はその代わりとしてこの、身の丈に迫ろうかという大剣を背中にくくりつけて無理くり持ってきていたのだった。


 そんな邪魔過ぎる鴎垓の背中に向けてもう説得でも何でもいいから何か喋れよいう彼女の思惑を知ってか知らずか、反応した彼の口からは――


「なぁフランネル殿」


「何ですの! 何かこの状況を打開できるいいアイディアが浮かんだりしましたの!」


「あの大鬼なんじゃが、名前とかあるのかのう?」


「いやそれは今じゃなくてよろしくてよ!?」



 ――場の空気を考えない、あまりに呑気な質問だった。


 これにはフランネルもキャラに似合わぬ突っ込み役に徹するしかなく、この裏切り者の非常識人の頭はどうなっているのかと思わずにいられない。


「今はそんなこと考えてる場合ですか!

 こうして走っている間にも敵はどんどん増えていっているのですよ!」


「いや、少しでかめのを”ほぶ”とかいうとったじゃろ? 

 あいつにもそういうのがあるのではないかと思うてな、で何ぞあるのか?」


「知りませんわそんなこと!」


 フランネルの絶叫が飛ぶ。

 その話題はこれ以上いいからと。

 しかし鴎垓の質問に何故だかフィーゴが反応した。


「いや、いい提案だ!

 敵の名前があった方が戦いやすい!」


「フィーゴさんあなたまで!?」


 二人目の裏切り者の登場に頭がどうにかなりそうなフランネル。

 そんな彼女を他所に道行くゴブリンを吹き飛ばしながら更に言葉を重ねるフィーゴ。


守護者ガードはその【墜神フォールズ】の中で頂点を意味する”ボス”をつけて呼ぶのが通例なんだが、さっき思い出した!

 今回なら”ボスゴブリン”というのが一般的だが、ああいった変種だと話が変わるんだ!」


 横合いから現れた連中をフランネルが迎撃し、その間に先へと進む三人。


「種族外の能力を持つ強力なボスにはそれに相応しい名前をつけて呼ぶんだ!

 そしてその権利は最初に遭遇した者にある!

 どうするオウガイ君、君なら奴に何と名付けるかね!」


「そうじゃのう、それならば儂は……」


 フィーゴから水を向けられしばし考え込む鴎垓。

 そして――




「――と、名付けるかのう」


「え、何ですのそれは?」


「ははは、君らしくていいのではないかね!

 自分はそれを気に入ったぞ!」


 それは他の二人には馴染みがなく、しかしだからこそこの男が付ける名前としては相応しい。

 フランネルは渋々と、フィーゴは嬉々としてそれを認め。




「――二人とも、どうやら目的地のようだ」


 そうこうしている内に、ようやくそこへとやってきた。

 一旦足を止めた一行、その光景に顔を歪めるフランネル。

 彼女をそうさせるだけのものがこの空間にはあった。


「目的地……ではありませんでしたか?」


 そこは大小無数のゴブリンで溢れる空間。

 侵入者の出現に色めき立ち。

 各々雄叫びをあげ、雪崩を打って迫り来る。


「あの群れの先に見える鏡のようなものがそうだ。

 【墜界ネスト】の最奥に鎮座する核、それを外敵から最終防衛戦力――『守護者ガード』の戦闘領域はあれを越えたところにある」


「そしてそこにレベッカも、か」


「ああそうだ」


 フィーゴが示す先。

 ツルリとした質感を思わせる大人三人分になろうかという円形のものが、まるで境界のようにあっちとこっちを隔てている。

 中は見えないが、確かにレベッカはそこにいる。

 まだ生きている。

 そう信じて。


「各自準備は出来ているな、後戻りは出来ないぞ」


「はっ! 誰に物を言っていますの!」


 物怖じせぬのは彼女の性分。

 それゆえの強気の返答。


わたくしはフランネル・テイラーハンズ!

 テイラーハンズ家の名において、我が前を邪魔をする不埒者には滅却の業火を食らわしてやりますことよ!」


「はっはっは、益々頼もしいではないか! では自分も名乗ろう!

 『堅牢』フィーゴ・プロッターク!

 我が盾に阻めぬものはなし!

 あらゆる攻撃は無意味と知るがいい!」


「なんじゃそういう流れか?

 ならば乗らんわけにはいかんな。

 腐れ剣客の鴎垓、剣の腕しか自慢はできんがそれで十分事足りる。それを今から見せてやろう」


 辺り一面に蠢く異形の群れに。

 進む三人、勇ましく。

 前哨戦。

 開幕。






 *   *   *   *   *






 円形の闘技場のような空間。

 そこは本来であれば、そいつだけが居ることを許された場所であった。

 ――鴎垓により大鬼と呼ばれたこの【墜界ネスト】のボス。

 ホブなど比べ物にならぬ巨体を誇り、更には水を操る能力。

 それによって築き上げたプライドはしかし、一人の男によって打ち砕かれた。


『――ゥウウウウ……』


 それは生まれた時から強者であったこの大鬼の自尊心に深く傷を付け、肉体の痛みはその事実を嫌でも認識させる。

 

『――ウウウウウゥ……!』


 だがしかし。

 打ち砕かれ、粉々になって残った最後のプライド。

 それがこのままで終わってなるものかといる執念を産み出していた。

 大鬼が見据える先。

 そこに鎮座する青黒い結晶――【墜界ネスト】の核と呼ばれる物には本来ありはしないはずのものが

 それは――




「――はぁ……はぁ……オウガイ、来るな」




 ――それは、この大鬼によって拐われたレベッカの姿だった。


 服の前面が剥ぎ取られ、隠すものがなくなった胸の真ん中には核と同じような結晶がある。

 上半身だけが外に出ていて腕や下半身は核に飲み込まれてしまっていた。

 そして突如、核が


「うぁあ、ああああ……!!!」


 体を蝕む痛みに呻き声をあげるレベッカ。

 だが核は容赦なく、少女から力を奪っていく。

 その力が向かうのは――




『――オ、オオオオオオォォォォ!!!!!』




 ――守護者たる存在へと。


 核よりもたらされる力によって体に刻まれた負傷が瞬く間に治っていく。切り離された足の指も再生し、元の姿へ。

 しかしそこで止まらず。

 並々と注ぎこまれた力は大鬼を更なる強者へと成長させていく。

 筋肉が膨れ上がり、骨は強靭に。

 それによって腕や足に巻かれていた縄が音を立てて引きちぎれていく。




『――オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!』




 ――そして咆哮を鳴り響かせるその姿は、元の倍はあろかという筋肉に覆われた体となっていた。


『――フゥウ……フゥウ……!!』


 まるで小さな山のようになった大鬼は呼気を吐きながら、体に満ちる力に今度こそあいつを殺してやると鼻息を荒くして息巻く。

 早くこの力を思う存分に使いたい。

 破壊の愉悦を得たい。

 大鬼が願うその機会、それは思ったよりも早くやってきた。


 時間稼ぎのために用意していた手下の反応が消え、代わりにあの忌々しい存在の気配が近づいてくるのを感じる。

 それは核に飲み込まれたレベッカも同様に。

 そうなってほしくはなかったのにと、引き裂かれそうになる心。

 だが時間は残酷に進む。

 彼女の視線の先。

 領域の入り口。

 そこから現れる二人の後ろより――




「ああ、やっぱり……きてしまったのか――オウガイ」




「――おう、助けに来たぞ、レベッカ。

 すぐにそこから解放してやる、だからちょっとだけ待っとれよ」




 最後の一人――鴎垓が血に染まる大剣を携さえて、最終決戦の場に足を踏み入れたのだった。

 

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