腐れ剣客、爆撃地帯を駆け抜ける


「くっ……!」


 戦いにおいて、その多くは”点”か”線”による攻撃によって構成されている。


「これは……っ!」


 鴎垓と大鬼。

 互いの拳による打突が点で、剣による斬撃を線としよう。

 点の攻撃は素早く一点に力を集中させることができる代わりに範囲が小さく、回避防御がしやすい。

 線による攻撃は点よりも遅いがその分範囲に優れ、回避には大きな動作が必要となり相手に受けの選択肢を押し付けることもできる。


「なんともっ――難しいぃ!」


 だがしかし、この二つだけが全てではない。

 攻撃の種類にはもう一つ――”面”の攻撃が存在している。

 格闘においては体全体での攻撃――例えばタックルからの組み技――がその面に該当するが、ここは異世界。

 元の世界では考えられない”面”による攻撃――”爆発する水の球体”による強襲が今、鴎垓の前進を阻んでいた。




「ううぅ……!!」


 狭い通路。

 地形を利用した

 飛び散るやじりは一本一本が太く鋭く、一度ひとたび爆発すれば回避するしかない方法がない。

 これまで単発でしか打ってこなかったため誤解していたが、圧縮する一手間がいるにも関わらず連発が可能で任意の瞬間に爆発させられる。


 実に鬱陶しい攻撃だ。

 一つの水球が巻き込む範囲は鴎垓が一足飛びで移動できる距離から僅かに短い程度、攻めに移ろうとしてもただの一発で出鼻が挫かれ思うように行動ができない。

 異質極まる攻撃を前に、鴎垓はかなりの苦戦を強いられていた。


「……手詰まりか、いやまだじゃ」


 この状況を打開するため被弾を覚悟で無理矢理突破することも考えたが、如何せん飛び散る水の矢が邪魔すぎる。完全に避けるには爆発する瞬間を見切らねばならず、その前兆は水球の速度が途中で落ちるくらいのもので見極めが難しい。


「……まだ何か出来るはずじゃ」


 現状は中々にじり貧だ。

 敵は攻めあぐねるこちらをこれ以上近づけさせないとでもいうかのように執拗に水球の爆発を繰り出してくる、そのため回避に集中せざるを得ず敵との距離がかなり離れてしまった。

 このままでは遠くまで押し込められ、取り逃がす可能性が高い。

 出来れば身動きが出来ない今決着をつけたいところなのだが……。

 どうする。

 どうやってこの状況を打開する――!


「無茶をすりゃ押し通れなくはないが……」


 幾度も爆発を潜り抜けたことでその性質や拍子はだいぶ掴めてきている。全速力で駆け抜ければもしかしすれば被弾する前に大鬼の元に辿り着けるかもしれない。

 しかしそれはただでさえ危険な場所に自ら突っ込むということだ。

 一瞬の迷いがそのまま死に直結する危険な選択。

 だが。



「――いや、逆か。ここで攻めねば勝てはせん」



 ”死中に活あり”――。

 相手が近づけさせまいとしているのは、それだけ鴎垓の剣を警戒しているからこそだ。そうでなければあれだけ凶暴な奴がこんな慎重に攻撃をしてくるはずがない。

 警戒は即ち”怯え”の証拠。

 心に出来た大きな隙だ。


「……鬼を斬らば、まずその心を上回ればならぬということか」


 だからこそ、今この時をおいて倒す他ない。

 ここを逃せばこの敵は必ずそれを克服し、更に凶悪な存在へとなることだろう。

 それだけは避けなければ。




「――いいじゃろう、苦難死線は望むところ。

 化物に人間の覚悟とやらとくと見せてやろうではないか」




 大きく息を吸い、細く長く吐き出し。

 眼前の敵を見据え、定め。

 そして覚悟を決め――駆け出した。


「ふっ――!」


 直線。

 真っ直ぐに。

 すぐさま迫る水球。

 迫り。停止――爆発。

 その瞬間。


「下――っ!」


 通路の隅に出来た僅かな間隙かんげき

 球体と通路の隙間を通り抜ける。

 一つ目を潜り次が来る。

 またも正面。

 視界を埋め尽くす水矢の壁。


「上――っ!」


 足が叩くは地面ではなく側面の

 空中にて回避。

 続く三発目には剣を投げ相殺、時間を作る。

 再び壁を蹴り空中より地面へ。

 また一つ前進。


「まだまだぁああ――!」


 その先に二つ、挟み込むように。

 グッと足に力を込め。

 一気に低空を駆ける――!


「もう、すこぉし……!」


 着地に失敗。

 前転にて復帰、走る。


 今度は一気に三つ。

 いや奥にもう一つ。

 回避狙い。

 前方ほぼ隙間なし。


「甘いわ――!!」


 面は二次元。

 迎え撃つは三次元。

 再びの壁面蹴り――飛ぶ軌道三角。

 一息で爆壁を通り越しその後ろも無効化。

 着地、目前に敵。

 だが――



「最後にそう来るか……!」



 ――待ち受けるは、今までの何倍にもなろうかという、これが爆発したならばどれほどの威力が襲いかかるか検討もつかない……!


 力を蓄えていたのか。

 当たれば確実にお陀仏。

 逃げ場はない。

 何がなんでもこれを越えねば……!


「押し通ぉおおおる!!!」


 強行突破か。

 運否天賦か。

 足は止まらない、止められない。

 遂に放たれる大水球、来る、来る、来る――




「――ここか」





 ――”  |ァ |ア |ア |ア |ア |ン ………………!!!!!!!!!!!”







 ……。

 …………。

 ………………。




 視界全てを吹き飛ばすほどの大爆発。

 その影響は思いの外近くで爆発させてしまった大鬼の耳にキーンとした音を響かせている。

 だがそんなもの些事だ。

 舞い上がった粉塵と粉々になった水の粒。

 目の前を塞ぐその視界の先に目を凝らし、自らの乾坤一擲の攻撃、それがもたらした光景を早く見せろと逸る大鬼。

 徐々に露になる通路の全貌、そこには――




 ――大鬼が想像した通りの、いやそれ以上の光景が広がっていた。


『――ォオオ……』


 度重なる爆発によって粉々となった通路。

 元の姿など見る影もないほどに傷つけられ、その中でも一際ひときわ大きく窪むそこは、大爆発の中心地。

 ひび割れた岩、穴だらけの地面。

 そしてべったりと残る――血のあと

 

『――ォオオ、オオオオオ……!!!』


 勝った、遂に勝った――!

 大鬼は大きな歓声をあげ、この勝利に酔いしれる。

 忌々しくも自身を傷つけたあいつは最後の最後で避けきれず、爆発に巻き込まれ跡形もなく消え去ったのだ!

 ああ何といい気分なのだろう!

 生まれてからこれほどまでに喜ばしいことはない!


 そして何度も、何度も雄叫びをあげ、興奮冷めやらぬ大鬼は更なる虐殺の悦楽を得ようと、先程逃げ去っていった弱そうな奴らを追い掛けるべく立ち上がろうとし――




「――残念じゃが、勝ち誇るのはまだ早い」




 ――しかし、それは叶わなかった。


『――ッ!?』


 思わず振り返り――衝撃を受ける。

 そこには幾つかの傷を増やしながらもしっかりと立つ――鴎垓あいつの姿があった。

 驚愕――などという言葉では言い表せない。

 それほどにこの状況は大鬼の頭を揺さぶり混乱させるものであった。

 確かに自分はこいつを殺した、殺したはずだ!

 あの爆発で跡形もなく消し去ったはずだ!




「幻惑の歩法――『煙々羅えんえんら

 お前が見たのは儂のじゃよ」




 それなのに――何故お前はここにいる……!


『――っギャ!? ギィヤァアアアアアっっっ……!!!!!』


 次の瞬間――脇腹から膨れ上がる

 あまりの痛みに勝手に悲鳴があがり、無意識に傷口を手で押さえながら地面に転がる。

 この痛みは一体……!

 まさか、斬られたのか……!?

 いつ……!?

 分からない……!?

 それほどに速い一撃だったとでもいうのか……!?


「化物の目というんも人間とそう変わらんようじゃのう。

 一度頭に張り付いた絵を疑うのは中々どうして出来ぬもの、それに馬鹿デカい水球も爆発もいい具合に働いた。舞い散る粉塵等に紛れてお前に近付きかっ捌いたが……どうやらよいところを斬ったようじゃな」


 本来は体捌きによって視界から残像だけを残し消え去る技。

 今回は敵の攻撃を利用して更に効果を上げ、そうして繰り出した決死の一撃はこの強敵へと確かな傷を刻むことに成功した。

 しかしその代償は小さいものではなく、ギリギリまで水球を引き付けたことで爆発の衝撃を諸に受け、その後の水のやじりも完全には回避できず体の至るところから出血が見られる。

 ほんの少し、ほんの僅かにでも運が悪ければ地面に転がっていたのは自分の方だっただろう。

 それほどにギリギリな賭けを続け、細い細い勝機の糸を手繰り寄せ。


 そして――策は成った。

 暴虐のつるぎを奪い。

 爆撃の通路を潜り抜け。

 そして今、この剣の届く位置に敵がいる。


「さあ、そろそろ仕舞いじゃ。

 ここでお前を断ち、悲願の糧にしてくれよう」


 決意を滲ませた面持ちで剣先を前に構える鴎外。

 必死で体を起こし、歯を剥き出しにして苦悶の表情で睨み付ける大鬼。だがその目にはそれまであった強者の驕りはなく、自身の生命を脅かす脅威への怯えが見えていた。


 寸分の油断なく、じりじりと敵に近寄る鴎外。

 悪戯に手足をばたつかせどうか距離をとろうとする大鬼。

 その速度は大鬼が下がるよりも鴎垓が距離を詰めるほうが早い。

 両者の距離が遂に縮まり、そして鴎垓の最後の一撃が放たれんとしたその刹那。



 その刹那に――どちらにとってもが現れる。




「――オウガイ! 助けに来た、今行くぞ!!」




 その。

 その声は。

 今この場においてあまりにも――!




『――ォ、ォオオオオオオオ……!!!!』




 その声が両者の耳に届いた瞬間。

 その存在に両者が気付いた瞬間。

 鴎垓は思わず動きを止め。

 そして大鬼はその隙に――




『――ォオオオ、グォオオオオオーーー!!!!』




 ――怪我の体を翻し、一目散に逃げ出したのだ。

 

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