腐れ剣客と彼女の性分


「いたか!?」

 

「いや、こっちのはいません!」

 

「こっちにもです!」

 

 即席で作られた休憩所はてんやわんやの騒ぎであった。

 絶対安静でなければならないはずのリットがその姿を消し、どこかへいなくなってしまったからだ。

 

 それはほんの僅かな時間、フィーゴがリットから目を話した隙の出来事であり、その短い時間の間に行ったにも関わらず周囲に痕跡らしいものが見当たらないという、まるでリットが追われるのを嫌がったかのような意思を感じさせる。

  

「っ……これは!」

 

 全員で何か手がかりがないかと捜索している途中、一つの横穴を調べていた鴎垓があるものを見つけた。ちなみに服は新しく用意されたものを着ている、流石商人、仕事が早い。

 

「フィーゴ殿! こっちにきとくれ!」

 

 呼ばれたフィーゴ。

 駆け足で近寄る。

 

「どうしたオウガイ君」

 

「これを見とくれ」

 

 指し示す鴎垓の指の先、壁にある何か赤黒い

 それを見たフィーゴは目を見開く。

 

「これは……血痕か!」

 

 それは洞窟の影になって見えずらいが、確かに血の跡のように見える。あとから集まってきた従者の一人から灯りを借り照らすと、やはりそれが血であることがよく分かった。

 

「あっちの方に続いとる、おそらくこの先に居るじゃろうな」

 

「……そのようだな。君、悪いが皆をここに集めてくれるか。

 手がかりが見つかったと至急伝えてほしい」

 

 フィーゴの要請に余計なことを言わず素早く対応するその従者によって散らばっていた皆がすぐさま二人のところへと集合する。

 そしてリットがこの先に行った可能性が高いということを聞かされ、それによってあることに思い至ったレベッカがその内容を口走る。

 

「まさかあいつ、一人でこの【墜界ネスト】を攻略しようと……」

 

「馬鹿な! そんな無謀なことあるわけが……」

 

「ですが教官、相手はリットです。あいつの性格ならありえない話ではありません」

 

 咄嗟に否定したフィーゴであったが、続くレベッカの言葉に否と言い切れない説得力があると思い、それも加味して考えを巡らせる。

 しかしそれは結論の既に出ていることだった。

 少しの逡巡しゅんじゅんの後答えを出したフィーゴはこの場にいる全員へ向けて指示を発した。

 

 

 

「……皆準備をしてくれ、これより失踪したリットの捜索に向かう。

 場合によっては深部へと進む可能性もある、十分に気を引き締めるように。

 絶対にあいつを死なせてはならん、灯士の誇りに賭けて必ず彼を連れ戻すぞ、いいな!!」

 

 その言葉に、声なく応える一同。

 それから程なくして準備を整えた彼らは、闇に閉ざされた仲間の消えた先へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そういえばレベッカ殿、儂ゃお主にこれまで色々と教えてもうろうてきたが、あれじゃのう。

 あれについては聞いておらんかったのう」

 

「何だオウガイ、こんなときに。

 無駄話なら後にしてくれ」

 

 と、いうことで。

 リット捜索のために動き出した彼らであったが、一行は進んで早々にある困難に直面していた。

 

 道の先を少し進んだところにあったのは

 そのどれかにリットはいるはずだが、ここに来てまた痕跡がなくなっている。血の跡どころか足跡もゴブリンに踏み荒らされ追えず、やむ無く三手に分かれることになった彼らは中央をフィーゴ・ディジー・ミーリックの三名が。

 右をフランネル一行が担当し、最後の左のルートを鴎垓とレベッカの二人で行くこととなった。

 

 この人選になったのには色々と理由があるのだが、それは今は割愛するとして。

 

 またもや二人だけとなった鴎垓とレベッカ、ついさっきまで湿っぽい話をしていたのもあってちょっと空気が悪かったのだが、そんなことあったっけみたいな感じの鴎垓が先導を勤めるレベッカへ疑問を投げ掛ける。

 これにレベッカも乗りを合わせ、ぎこちなくではあったが元の調子へと戻る二人。

 

「いやな、お主らがここをどうこうして元に戻すというのは聞いとったが、そもそもどうやってそれを成すのかとんと知らんと思うてな」

 

「……そういえばそうだな、これまでは関係ないと思って説明していなかったな」

 

「じゃろう?

 まあ知ってすぐどうなるということではないが、疑問が残っとるままというのも座りが悪い。教えてもらえると助かるのう」

 

 鴎垓の言い分に確かにそうだなと思ったレベッカは良い機会だしこの際教えておくかと

 

「まあ、いいだろう。そんなに言うなら教えてやる。

 とはいえ理屈としては簡単だ。

 この【墜界】が神の欠片を利用して作られているのは前に説明したと思うが、これらは全てその核を中心に構成されている。

 だから【墜界】をなくすにはその核を破壊すればいいだけの話だ」


「ほう、単純明快でいいな」


「――だがそれをするためには核のある場所を守っている守護者ガードを倒さなければならない。こいつはこれまで戦ったような連中とは隔絶した実力を持つ存在だ、【墜界ネスト】攻略の一番の壁だと言えるだろう」

 

 このくらいの規模ともなればそいつの強さもそれなりのものになるはず――。

 そう予想するレベッカに対し、鴎垓は自分より余程そのことを熟知しているであろうリットが無謀にもそれに挑もうとしていることにどこか感心を覚える。

 

「はっは、そんなのを小僧一人で倒そうとしとるというのか、それまた突飛なことを考えるのう」

 

「……その責任の一旦はお前にもあるんだからな? 分かっているのか?」

 

「勿論承知の上じゃわい」

 

 飄々とした態度でそんなことを言う鴎垓にほんとにこいつ分かっているのかと思いつつも、優先すべきは仲間の捜索であると意識を引き締めるレベッカ。

 そんな彼女の態度にふと、鴎垓は思ったことをぶつけてみた。

 

「にしても、お主はあの小僧のことをよくよく気にしよるな。今日の最初のやつでも側におったし、今も他の誰よりも心配しとる。

 なんぞ理由でもあるのか」

 

 鴎垓からしれば何気ない質問。

 しかしそれを受けたレベッカの様子は

 

「別に、あいつだけって訳じゃない。

 ああいう無謀なのを見ると放っておけないんだ、私は」

 

 そして――。

 

 

 

「人が傷つくのを見ると居ても立ってもいられなくなって、勝手に体が動く。そうなった原因は分かってる、幼い頃――両親と共に【墜界ネスト】の化物どもに住んでいた村を滅茶苦茶にされたのがそうだ」

 

 

 

 と、レベッカの口から飛び出てきたのは鴎垓の予想した以上に重めな話であった。

 藪をつついて蛇が出たとはこのことか。

 流石のこの男にもこれには驚きを隠せず、思わず聞き返す。


「おいおい、そういう話してもいいんか?

 しかも会ったばかりの他人によう」

  

「お前だってさっき同じようなことをしただろう。

 一方的にそういうのを知ってるのは気持ちが悪いし、説明するのに避けては通れないことだ。それに隠し事はしない主義だ、だから黙って聞け」

 

 しかし本人の方はさして気にした様もなく、先ほど鴎垓が自分の内を吐露したことを引き合いに出して大人しく

 そう言われてしまえば頷く他なく、鴎垓は言われたまま黙って彼女の話を聞くことになる。

 いつぞやのように灯りを焚いて先導するレベッカの背を視界に入れながら、少し平坦になった口調で彼女の話が始まる。

 

 

 

 

 

「あれは私が七歳の頃、両親と一緒にある村で暮らしていた時のことだ。

 その日も今までと同じような朝を迎えて、食事の準備をする両親におはようと言って、二人とパンを食べて、猟師の父を見送って、母に見送られて友達と遊ぶ。そんな日が来るんだと思っていた――村の外れに流星が墜ちるまではな」

 

 

「いきなり外で”ドシンっ……!”という音がして、地面が揺れたような感覚がした。家の中にいた私は窓から外を確認して、大きな土煙が立ち上っているのを見た。

 子供ながらに妙な不安を覚えたよ、それは大人たちもみたいだったが、その分行動も早かった。

 父に最低限の荷物だけを抱えてできるだけ遠くに逃げるように言われ、私は母と共に他の皆と隣の村を目指した」

 

 

「奴らが出てきたのは隣の村まであと半分というところだった。

 決して数は多くなかったが狼の姿をしたそいつらは、逃げる私たちの背後からとてつもない勢いで襲い掛かってきた」

 

 

「何人もが、次々と犠牲となっていった。

 私が助かったのは運がよかったのと、母が必死に守ってくれたからだった。隣の村に助けを求める時には五十人はいた村の人間は半分以下になっていたよ」

 

 

「その村の人たちのお陰でどうにか助かった私たちは、次に村に残してきた男衆の心配をし始めた。

 私たちの避難を確実にするために、防波堤になる役割を持っていた

彼らはもしもの時に備えて訓練をしていたけど、実際に戦うのなんて初めての人たちばかりだったから。

 猟師だった父もそこに加わってた、でも……もう分かってた、父やその仲間が無事じゃあないってことは……」

 

 

「化物の襲撃に怯えながらみを寄せ合っていたところに、報せに走ってくれた人のお陰で灯士が何人も来てくれた、彼らの活躍で狼の化物は一匹残らず排除された。私たちは灯士たちに守られながら村のあった場所に戻ると、そこには狼たちの屍に混ざって、あちこちを食い荒らされて見るのも躊躇するような姿になった村の男たちの姿があった」

 


  


「その中に、父もいた。

 よく酒を飲み交わす友人を、まるで庇うように……覆い被さって死んでいたよ」

 


  

 

「だがその顔は、決して痛みや恐怖で歪んだものじゃなかった……!

 例え果たせなくとも、目の前の命を守るために我が身を投げ出す覚悟が刻まれていた!

 父は決して、理不尽に屈することなくその命を全うしたんだ!

 だから私は誓った!

 この父のような、誰かを守れる人間になってやるんだと!」

 

 

「……そうして今の師匠に師事し、念願の灯士になることが出来た私は普段の活動とは別に新人たちの指導にも参加するようになった。

 

 ――灯士の死亡率は新人ほど高い。


 きちんとした師につける者は限られていて、ほとんどは何も知らずに戦いに挑み、経験がないから対処ができずそのまま殺される。

 そういった者を一人でも減らせるようにとこれまでやっていたら、いつの間にか”庇い癖”のようなものが出来上がってしまったのさ」

 

 

 それが、理由と言えば理由かな――。

 

 そういってレベッカは、自分が何故あそこまでリットを助けるのかという訳を語った。

 彼女がリットを庇う背景にはそのような過去があったのだと、強く思い知らされた形である。

 しんみりとした雰囲気が二人の間に漂い出す。

 複雑だ、何か言わなければと思うも上手く言葉に出来ない鴎垓が、それでもと思い顔をあげ――


  

 

「あ、」

 

 

 

 ――ようとした、その瞬間のことだった。

 

 不意に何かを発見した、とでもいうような声をあげたレベッカ。

 彼女の視界に飛び込んできたもの。

 灯りに照らされた先には――

 

 

 

 

 


 

 ――剣を握り地面に倒れ伏す、痛々しいリットの姿がそこにはあった。

 

 

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