腐れ剣客と功徳のお勉強


 

「そうですわね、一口に功徳と言っても、その種類は様々なものがありますわ」


 

 

 二つの群れに更に援軍まできての大乱戦は、新人たちを守るために守勢に回っていたフィーゴたちのところに鴎垓とレベッカが合流したことで一気に戦局が傾いた。


 レベッカに新人を任せ前線に出たフィーゴがその場で的確な指示を出し、それに鴎垓が即応する形で敵の要所を次々に破る強行突破を敢行。リーダー役がいなくなり混乱する敵陣営の足並みが整わない内にフランネル従者隊が更に分断、そこを鴎垓が刈り取るような感じで徐々に戦力の差を埋めていく。

 

 最後の方には逃げようとするゴブリンを後ろから鴎外が追いかけ回すといった光景が繰り広げられ、あまりの執着ぶりに呆れたレベッカによる強制終了が掛かったのだった。

 ちなみに終了したのはゴブリンの命である。

 南無三。

 

「基本は神々より賜るのですが、その与えられる方法は大まかに言って三つ。それぞれ

 

 ・誕生した時に神に気に入られて得られる『恩寵』型

 ・戦いの功績を称えられた際に与えられる『勲章』型

 ・封印されていた神格を解放した見返りとしての『報酬』型

 

 という風に分類されていますわ~」

 

 そうして戦闘が終わり、疲労が蓄積され流石に休息を挟まなければならないといったところでまだまだ余裕がある様子のフランネルによって食事が振る舞われることとなったのである。

 

 疲れを見せない従者隊が機敏に動き、どこにそんなものを持っていたのかと言いたくなる量の材料と調理器具がいつに間にか準備され、瞬く間の内に昼食の用意が進んでいく。

 フランネル自身はその間に鴎外へと貸していた試作品がどんな状態になっているかを彼に着せたまま検分していた。

 

 なんでもその方が服にどういう力が加わったのかと想像しやすいとのことで、食事が出来るまでの間鴎外はまるでマネキンのような扱いをされていた。

 その際につい先程知ったばかりの”功徳”というものについて聞いてみえば何とフランネルが使ったが正しくそうであるというではないか。これ幸いとばかりに詳しいことを聞こうとする鴎外へ、フランネルは視線を服の繊維から逸らさず淡々と説明を始めた。

 

 

 

わたくしの場合は『恩寵』型に分類されるもので、炎を司る神、炎神”ファイズ”の力を行使することが出来るのですわ~。


 炎神は光神と並ぶ最高位の神、とはいえ私の功徳はその中では下級のものですからあまり大きな力は使えません。それでも一般の灯士と比べれば破格ともいえる能力でしてよ」

 

 それに暗がりを照らすのに重宝しますわ――と小さな火球を指先に作り出してはそれを宙に浮かび上げて自在に操ってみせるフランネル。

 ゆらゆらと揺れながらも球体の形を維持して壁にぶつかり、小さな破裂音をさせてパッとなくなる。よく見れば壁には焦げ目がついているのが分かるだろう、彼女は控えめに言ったがそれだけでないのは先程の戦闘で明らかだ。

 

 ゴブリンの死体が四散するその地面にはさっきの壁と同じような、それよりも遥かに大きい焦げ痕がくっきりと残っている。

 それによって焼けた死体がそこかしこに転がっているのだ、酷い時には三匹纏めて焼き殺されている。それを大したことがないとは謙遜が過ぎるというものだ。

 

 

 

「はぁ~、いやたまげた。

 ここまで着いてくるくらいじゃ、よほどの安全策があってのこと思うとったが、それが従者連中ではなく自分自身だとはのう。こいつは流石に見抜けなんだわ」

 

「近寄る不埒者には平手打ちで対応するのが淑女の嗜みでしてよ」

 

「はっは、炎で平手とは容赦がない。

 それでは一生紅葉が消えんではないか!」

 

「あら、乙女の柔肌に無断で触れようとはあまりに失礼ではありませんの。ヴェルナーの尊顔を無理に覗こうとした者には神罰が下るといいますし、このくらいは当然の対応ですわ~」

 

 小気味いい会話の応酬を楽しんでいた二人。

 その中で最近聞いた名前が出てきてつい気になった鴎外は記憶を探り、すぐにその正体を思い出す。

 

「おお、ヴェルナーか、確か月の神の名前じゃったか。

 はて、そういえば教官殿の話には出てこんかった神様じゃ。

 あんだけの神なら何れかの場面で出てきそうなもんじゃが、ついぞ聞かんかったのう」

 

「ああ、それは仕方ありません。

 おそらくフィーゴ様がお話になられたのは我々人が生まれて魔神の侵攻が始まったあたりのことでしょう。

 ”ヴェルナー”が出てくるのはその少し後のこと。

 かの女神は他の神と違い光神”エルソラ”の体の一部から生まれた神故、他の神々とは由来が異なるのです」

 

 その説明に鴎外は眉を寄せむむむと唸る。

 聞いていた話とはまた違ったものが出てきたため整理が追い付かないのだ。

 

「んん?

 それは子供っちゅうことかのう?

 しかしそれは人や獣のことで神同士では作れんのではなかったか?」

 

「ええ、その認識で違いありません。

 確かに神との間に子供は出来ませんが、これには例外があるのです。正確には分神ぶんしん――自らの力を分けることでその神に似た特色を持つ全く別の神を生み出すことができるのです。

 ヴェルナーは”エルソラ”の左目から産み出された『月光』の神なのですわ~」

 

 そうして鴎外が口にした疑問に一部肯定しつつも、それだけが全てではないと語るフランネル。

 更に先回りをするようにその次の経緯についても語り出した。

 

 

 

「大昔は今よりも魔神の攻勢が凄まじく、いくら【墜界ネスト】を攻略しても追い付かないほどだったとか。

 この状況に頭を痛めた”エルソラ”は解放された神格が同じ神のものでありながらそれぞれ違う意思を宿していることを発見しました。

 これが分神――切り離された神格には本体と違う人格が宿る、そのことを”エルソラ”は新しい対抗策として利用しようと考えたのです。

 

 それによって生まれた月神”ヴェルナー”はこのホウドの守護の役目を与えられ、夜の静寂を守る女神となられたのです。

 朝は”エルソラ”がその陽光で地上を清め、夜には”ヴェルナー”の月光で星の外側から大地を守る。

 二柱の神の二重の力によって魔神の流星は大地に落ちるまでに焼け散るようになりました、これによって人は力を蓄える時間を手にし文明を築き上げていくことができるようになったのですわ~」

 

 

 

 少々長い説明だったがそのお陰で鴎外の中にあった疑問も大分解決することができた。

 言うなれば分神とは切り落とされたのようなもの。

 再び地面に根を張り木となろうとも、それは元の木は全く別ものということなのだ。

 

「目的のために産み出された神、か。

 なるほど、特別扱いされる理由がよく分かったわい。そりゃ自分達を守ってくれとるんじゃ、有り難がるのも当然よのう」

 

「例え生まれがそうだとしても、私たちにとっては偉大な神の一柱に他なりません。そして他の分神もまたそれぞれに役割を持つなくてはならぬ存在、そこに優劣は存在しませんわ~」

 

 そう言い綴ったフランネルのところに従者の一人が食事ができたとの報告をしてくる。

 それに応えた彼女は一旦検分をやめ一緒に昼食を取るよう言ってきたのでそれに誘われるまま鴎外は皆が集まっているところへと足を向けた。

 何とも芳しい香りに腹の虫が暴れださないよう注意しながら用意された席へと行くのだった。

 

 

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