12.八合目

「あー、やっぱり居ないっすねぇ」


 五合目台地の山頂へ続く道の脇の茂みから、服や頭に葉っぱを付けたルナールが戻って来た。

 開けた台地にはショウとシャルムが待っており、帰って来たルナールの葉っぱをシャルムが丁寧に取る。

 フォールミラージュが暴走して大騒ぎをしばらく続けていたが、魔法の効果が切れると頭上の球体は消滅した。

 その騒ぎのせいだろう。

 台地をいくら歩いても新たな鎌鼬とエンカウントすることなく、索敵に結構な時間が経っている。


「あの騒ぎでみんな逃げちゃったすね、こんなに探しても居ないっすから」


「そうか。まいったね、まだクエストの討伐数には足りていないからなぁ」


「……ごめん」


 自分の魔法が暴走したことが原因だと、シャルムは二人に頭を下げた。


「シャルのせいじゃないって。あの程度の爆発で逃げるモンスターが悪いんだよ」


「その原因を作ったのはちゃんとシャルムを守れなかった俺だ、謝るのは俺の方だよ。すまなかった」


 ショウの頭の中では、魔法が暴走したのはいきなり鎌鼬に襲われたシャルムが驚いて集中力を切らした為、と結論付けられた。

 もっと自分が早くに気が付いて上手くフォローできれば良かった、と悔しそうにするショウ。

 彼が正気を取り戻したシャルムを含めた三人にそう言った時、それぞれに渋い顔をされながら――


『じゃあ、それで良いです』


 と返された。

 三人の納得がいかないような表情に首を傾げたショウだったが、ひとまずその話題は終わりとした。


「――こっちには居なかったわ。どうやらもう少し登らないと駄目みたいね」


 ルナールが出て来た茂みとは別の所から出て来たセラスが、残念そうに戻って来た。

 帽子や外套に付いた葉っぱを取りながら、ショウたちに近づいて山頂へ続く登山道を見る。


中腹ここを越えると強敵が出現したりモンスターのレベルが上がりますが、どうしますか? ショウさん」


「んー、クエストクリアまであと六匹か……みんなはどう? まだいけそうかな」


「私は全然問題ありません。さっきより難易度が上がっても大丈夫だと思います」


「あたいも。ほとんどダメージは貰ってないし、アネゴに回復してもらったすから」


「……ん……次は、失敗しない」


 ショウの問いに三人が力強く頷いた。

 それにショウも頷きで返して、足を登山道へ向ける。


「それじゃ、もう少し登って探してみようか」


 こうして一行は五合目台地から再び山頂へと続く山道を登り始めた。

 途中、木々の間から人の赤ん坊くらいの大きさの蜂型モンスター『霊蜂虫れいほうちゅう』が何体か襲ってきたが、目的の鎌鼬は一匹も見つからなかった。

 とうとう山頂まであと少しとなってしまった八合目付近に、先ほどよりは狭いがまた台地に一行はたどり着いた。


「岩肌が多くなってきたっすけど、もしかしたらここにいるかもしれないっすね」


「情報ですとここは『山姥』のテリトリーらしいので、警戒して進みましょう」


「分かった……セラス、ひとつ良いかな?」


「はい? なんですか、ショウさん」


「そのヤマンバって、どんなモンスターなの?」


 前衛を担うルナールの隣を歩いていたセラスに、ショウが積年の疑問をぶつける。

 それを受けたセラスが思い出すように人差し指を自分の顎へと当てて、答えた。


「えっと、今まで戦ってきたモンスターよりかなり人の形に近いですね。白い乱れた長髪で、武器を持った『鬼』って書いてありましたけれど。かなり醜悪な見た目をしているらしいのでひと目で分かると思います」


「……そう。やっぱり見間違えたのか」


「? なにとですか?」


「あっ、いや。こっちの話だよ。あははっ」


 そんなモンスターの名前をいきなり叫ばれても、すぐ自分の事を言ったのだと理解できるわけが無い。

 この時ショウは改めて勘違いでキョウカに発した第一声を心の中で謝罪しつつ、自分の失態を隠すように鼻の頭を掻くのだった。


「山姥はレアモンスターでエンカウントする確率は低いそうですが、その分ドロップ品も良いモノだとも書いてあったので、もし見かけたら積極的に狙っていきたいですね」


「そうなんだ。まぁ、それは出来ればってことで、まずはクエストに専念しようか」


 セラスが頷き、進行方向へ視線を戻す。

 砂利を敷き詰めたような台地の中心を目指して歩いて行く一行。

 その時、ルナールとセラスがほぼ同時に足を止め、後ろのショウたちにも止まれと手で合図をする。

 何事か、と思ったショウはセラスたちの視線を追うように前方を注視した。


『ぎゃっ! ぎゃっ!』


 広場のほぼ中央で白い影がしゃがみながら、地面を掘っていた。

 白く長い髪は小さい身体には大分余っているようで、半分ほどを地面に遊ばせている。

 時折掘っていた穴を回るようにしゃがんだ体勢でジャンプを繰り返しながら、ぎゃっと声を上げていた。


「……ショウさん。あれが『山姥』です」


 肩越しにショウを見たセラスが声を潜めて教える。

 その言葉が聞こえたのか背中を見せていた山姥が、髪を振り乱しながら勢い良く振り向いた。

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