13.ケビンの計略
祭りの開会式の直後に催される自分たちの決闘は、間違いなく祭りのメインイベントだ。
そう考えていたノートは、今こうして対戦相手の初心者にしおらしくしているクランリーダーを快く思っていなかった。
普段の彼女であれば、この場で殺気のみで相手を殺せるんじゃないかと思うほどの威圧感を出すのだが、今日はそれが無い。
そんな焦りを気取られないようにしようと、彼女はアイリとの煽り合いを続けていた。
「しかし、そっちも大変だね。そんな初心者がパートナーなんてさ。素直に同情するよ」
「あらあら、彼と同じ初心者に攻め立てられていたのはそちらの方では? 油断してるとまた足をすくわれるわよ。ねぇ、セラスちゃん」
「え?」
ショウの後ろからセラスを引っ張り出し、ノートの前に出させるアイリ。
セラスと向き合ったノートは先の戦闘を思い出して一瞬身体を強張らせたが、辛うじて笑みを保って肩を大げさに上下させた。
「あの時とは状況も違うし、今回は油断しないさ。観客も多いし、醜態は晒せないさね」
「だと良いんだけど。あなたのパートナーも同じ考えかしらね。今日は随分と静かなようだけれど」
「……私は」
決まりが悪そうに結った髪を弄り始めたアヤが、ちらちらとショウの顔を窺う。
なんだか前会った時と印象が違うな、とその時やっと気付いたショウは、首を傾げる。
もしかして体調が優れないのだろうか?
そんな的外れな考えが浮かんだ時、エントランスの入り口からギルドマスターのケビンと、リリィがこちらへやってくるのが見えた。
「やぁや、全員揃い踏みで。言い合いも罵り合いも結構だが、できれば決闘の場でやってもらいたいものだね」
手をひらひらと振ってその場の全員の注目を集めたケビンが、歯を見せて笑う。
その彼の後ろを、俯いたリリィがついて歩く。
「両陣営の控室が用意できたから呼びに来たんだ。この後すぐに開会式が始まる予定になっている」
ケビンの言葉に、渡りに船だとノートは胸を撫で下ろし、隣のアヤへ退席を促す。
「だってさ、アヤ。行こうか」
「え、ええ……それじゃ、また後で」
「あ、うん」
アヤは一度上目遣いでショウを見た後、すぐに目を逸らし、気恥ずかしそうに挨拶を交わした。
普段の彼女からは想像できない姿を見て、ノートは静かに頭を抱える。
……普段と違う?
その原因に少なからず興味を持っていたノートは、ある可能性に行き着いた。
もしかして、ここしばらくアヤが異様に力を入れていた『人探し』が関係している?
それがまさか――
(こいつか!? でも男の方は以前と態度に変わりが無いように見える。アヤの知り合いって訳じゃ無い? いや、そんな訳無い。気付いて無いだけか?)
少なくともあの
このままではアヤもどこまで真剣に闘うか分かったものではなく、お荷物というハンデを自分も抱えて決闘をしなくてはならない。
いくら自分の方が格上とは言っても、今回自分たちに求められているものは『圧勝』だ。
少しでも手こずるようだったらクランの名前に傷が付く。
控室でどれだけアヤを鼓舞出来るか。
それが勝負の行方を左右するものだ、とノートは覚悟を決めた。
しかし、それも杞憂に終わる。
「……ショ、ショウ様」
ケビンが肘でリリィの肩をつつくと、彼女は案内を待っていたアヤとノートを無視してショウに近づいて行った。
少々不自然なタイミングで、周りに注目されながらショウの隣に立ったリリィは頬を赤らめたまま、彼に声をかける。
「ほ、本日は無茶しない程度に、その、頑張ってください。応援しております」
「えっ、あ、ありがとうございます。あの、顔が赤いみたいですけど、リリィさんも具合が悪いとか――」
「――んっ」
自分の体調を心配してくれてたショウの頬に顔を近づけたリリィは、そのまま彼にキスをした。
瞬間、世界の時間が停止し、その場には多くの驚きの顔とショウから離れるリリィの服が擦れる音しか存在しなかった。
ショウ自身も状況を理解するのに数秒かかり、後から来た衝撃に顔を真っ赤にする。
「なっ!? リ、リリィさん!? いったいなにを――」
「その……応援、です」
消え入りそうな尻窄みの声を発しながら、彼女は深く俯いた。
今の状況で、唯一その場を楽しんでいたのは、心の中でガッツポーズを決めていたケビンひとり。
口元を隠し、ショックで目を見開いたセラス。
それとは逆に口を隠そうとせず、半開きのまま状況の理解が追い付けない様子のアイリ、ルナール、ノート。
他の面々も大小違えど似たような反応だった。
ただ一人。
自分の米神辺り、その内側でなにかが『切れる』音を確かに聞いた人物が発した音が、静寂な空間に響いた。
――ギリッ!
奥歯を強く噛み合わせた音が、周りの者たちの耳に入り、一斉にそちらを向く。
そこには――
「……ア、アヤ?」
奥歯のみならず下唇も噛み切りそうな、まるで般若の形相をしたアヤが、ショウを睨んでいた。
ノートの言葉など一切聞こえてない様に、彼女は力の入れ過ぎで白くなった握りこぶしをショウの胸元まで持ってくると襟元を掴んだ。
「ぐっ!? えっ、な、なに!?」
「……へぇ、そういう関係なんだ」
「な、なにが!? いや、君が考えているような関係じゃないって! 俺だっていきなりで驚いているんだ!」
「その割にはまんざらでも無い顔しているけど?」
「ご、誤解だって! 何、みんな今日はおかしいって!」
襟を掴まれて、両手をホールドアップしているショウが叫ぶ。
そんな彼を睨み続けるアヤの力は弱まることも無く、いよいよショウの身体が『浮き』始めた。
「それくらいにしておいた方が良いんじゃないか、『
アヤの肩に手を置いたケビンが楽し気に諭すと、浮き始めていたショウの身体が再び地面に着いた。
一度腕を引き、ショウの顔を自分の目の前に持ってくるアヤ。
「……やっぱり、あんたは私がぶっ殺してやる」
一言だけ言うと、アヤは力任せにショウを押し退けた。
あまりの力にショウは数歩後退り、それでも勢いを殺せず尻餅をつく。
それを見下すように見ていたアヤは、ふんっ、と一度鼻を鳴らしてエントランスを出ていった。
呆然とそれを見送っていたノートもやっと状況を理解して、彼女の後を追い始める。
「ウチのリーダーもやっとやる気が出てきたみたいだしさ、試合が楽しみだよ。それじゃ、また後で!」
余裕すら感じさせる笑みを浮かべて、ノートはアイリに手を振った。
そしてケビンの横を通り過ぎる時、その顔を横目で覗き見る。
腹の底は見えなかったが、この『騒動』の発起人は彼だと、ノートの勘が告げていた。
何にしてもアヤを焚付けてくれたことに感謝をしながら、すでに通路へ出ていたリーダーに追いつこうとノートは駆け足でその場から離れていくのだった。
「ショウ様、大丈夫ですか?」
「あ、あははっ、何とか。いや、でも驚きましたよ。彼女の変わりようもそうですけど……リリィさんにも」
「も、申し訳ありませんでした」
「いや、謝る事では――」
「ショウさん! 立てますか?」
「アニキ!」
ショウの言葉を遮り、セラスは寄り添うように、ルナールは抱きつくように彼の元へやって来る。
二人ともリリィの様子を窺うように目を向けていたが、その視線には羨望と嫉妬が見え隠れしていた。
その事に気付いたリリィは再び俯き、そそくさと後ろ向きでケビンの元へ戻って行く。
そんなリリィを横目で見ていたアイリが、してやられたと言いたげな顔でケビンを見る。
「……焚付けるにしたってやり方ってものがあると思うけど? こんな事やってると敵を増やすわよ、ケビン」
「百も承知さ。この街を拠点にしている君は俺がどういう男か知っているだろ? アイリちゃん」
「ここまでの命知らずだとは思っていなかったけどね。リリィまで巻き込んじゃって」
「ははっ、君がリリィちゃんを心配するなんて。この短期間で随分と仲良くなったみたいだな」
「ったく……言ってなさい」
呆れ顔のままケビンとの会話を終わらせ、セラスの手を借りながら立ち上がったショウへ近づくアイリ。
ルナールとシャルムが後ろに回り、外套に付いた埃を払っている。
「私たちも控室に行きましょう、先輩。状況は悪いですけど、まぁ、頑張りましょう。当初の予想よりは酷くなってないんで」
「わ、分かった。邪魔にならないように頑張るよ」
「……多分『あの子』は先輩を狙ってくると思いますけど、私は援護に行けないと思うんで。先に謝っておきます」
「怖い事言わないで」
その後、ケビンとリリィの先導でエントランスを後にするアイリとショウ。
二人に激励の言葉を送りながら手を振ったオルトリンデのメンバーは、冷や汗を浮かべながら顔を寄せ合う。
「……ねぇ、あの殺気、ヤバくなかった?」
「うぅむ、まさかあれ程とはの」
「アイリはともかく、ショウには荷が重すぎるわね……今から慰めの言葉、考えておかなくちゃ」
「あぁ、俺の全財産が……」
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