第89話 特売品争奪戦
◆
「おお、たい焼きのツイートめっちゃ伸びてる!」
「あおいねーたん! たいやきおいちいの♪」
「うん、美味しいね♪ あ、エルちゃん。お口にカスタードが付いてるよ♪」
現在大型スーパーのベンチに座ってエルちゃんと一緒にたい焼きを食べています。エルちゃんは幸せそうな表情を浮かべながら、モグモグとリスさんみたい頬っぺたを膨らませてご満悦の様子だね。エルちゃんの両手には定番の餡子とカスタードクリーム味のたいやきがあります。
「こらこら、急いで食べたら喉詰まっちゃうよ? たい焼きさんは逃げないから、ゆっくりと食べようね♪」
「んみゅ」
「どうしたのエルちゃん?」
エルちゃんが食べ掛けのたい焼きを見つめながら、何やら思案しています。左手のカスタードと右手の餡子味の食べ掛けのたい焼きを名残惜しそうに見ている。
「かえでねーたんの、たいやきしゃんがないの.......」
「え、お姉ちゃんの分?」
「もういっこかうの!」
「エルちゃん、楓お姉ちゃんはあんまりたい焼き好きでは無いから、他のお土産を買って行きましょうね♪」
「ふぇ? しょうなの.......?」
エルちゃんがちゃんと成長してるよぉ.......いつもは自分で全てぺろりと食べ物は食べちゃうのに.......楓お姉ちゃんがこの話しを聞いたら泣いて喜ぶだろうな。まあ、楓お姉ちゃんの事だから、エルちゃんからのプレゼントは全部喜びそうだね。
「むむ、おやげにおかちかってくの!」
「エルちゃんは本当にお菓子が大好きだね♡ それとおやげじゃなくて、お土産ね♡」
「んみゅ! ボクね! おかねもってゆよ!」
エルちゃんはポケットから何かを取り出そうとしています。しかし、エルちゃんの顔が次第に段々と青ざめて行き、最後には涙目になってしまいました。
「んみゃ.......!? おちゃいふが.......ないの!」
「あらあら、熊さんのお財布落としちゃったの?」
「んみゅ.......かえでねーたんからもらった、おちゃいふが.......おてちゅだいして、ためたおかねが.......ぐすんっ」
「よしよし、そういう時もあるよ。帰り道は辿って来た道を通って帰ろう。もしかしたら、熊さんのお財布見つかるかもしれないし♪ きっと大丈夫だよ♪」
エルちゃんが日頃から、常に身に付けている熊さんの財布。それは、楓お姉ちゃんがエルちゃんにプレゼントした小さい子向けの物ですね。エルちゃんは、魔法少女☆みくるちゃんのおもちゃの杖と同様に、熊さんのお財布を大切にしているのを知っています。わざわざエルちゃんが、お財布に名前を付ける程のお気に入りで、名前は【くまきち】と言うそうです。
「あぁ! くまきちなの!」
「うふふ♡ エルちゃんやっほー! この財布エルちゃんだったのね♪ スーパーの駐車場に落ちてたよ♪」
「あら! 奏さんじゃないの! お久しぶりですね♪」
「お久しぶりですです〜♪ 葵ちゃんも相変わらずエロい.......ごほんっ。お元気そうですね♪」
私達に声を掛けて来たのは、一ノ瀬
「はい、どうぞ♪」
「わ〜い♪ あいあと!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「ふぇ.......!? おねえしゃん!?」
あ、そうだった。この人も楓お姉ちゃんと似てあっち系の人でしたね。成長したエルちゃんの愛らしい姿を見て悶絶しております。息を荒らげて、顔を赤くして涎垂らす所は、うちのお姉ちゃんと本当にそっくりです。クールな女性程、顔を破顔させるとギャップが本当に凄まじい.......
「エルちゃん.......少し見ないうちに立派に成長したね♪ エルちゃん、良かったら奏お姉さんと楽しい事しない?」
「ふぇ? たのちいこと?」
「奏さん、エルちゃんは渡しませんよ?」
「うふふ.......冗談よ.......」
「目がマジなんですけど.......!?」
本当にエルちゃんの周りには不思議と色々な人が集まって来ますね。しかも、癖のある人が勢揃いで、私も日々のツッコミに磨きが掛かって行く様な錯覚に陥ります。
「あ、ごめん。エルちゃん、葵ちゃん。そろそろ行かなくては.......今日は特売の日なのよ!」
「ほほう、そうなのですか〜」
「チラシで見る限りは卵、もやし、椎茸、コロッケ等が色々と安くなるの! そして、私の今日の予算は1400円!」
「え、それで足ります?」
「問題ナッシングよ!」
奏さんエコバッグも持参していて、何だか歴戦の主婦と言ったオーラを漂わせています。でも、私もお金は沢山あるとは言え、節約する術を奏さんに学ぶ必要があるかもしれない。最近、楓お姉ちゃんのエルちゃんに対する散財が、日を増す事に段々とエスカレートして行ってるので、一ノ瀬家の経済担当として、私がしっかりとしなくてはならない。
「こないだドキドキ・ヘブンに呑まれちゃったからね〜給料日まで、残り1週間.......所持金2072円しかないの」
「ん.......? ドキドキ・ヘブンとは?」
「あ、私最近パチンコにハマっちゃって〜てへぺろりんこ♡ 葵ちゃんにも今度教えてあげようか?」
「あはは、結構ですよ.......」
奏さん.......それって、大丈夫なの? まさにギャンブルの沼に片足突っ込んでない? 昔テレビで見た事があります。パチンコに生活費の全てを費やして、タコ負けして借金を背負う負のスパイラルな人生を送る人達を.......
「良し! 特売セールの時間まであと少し.......エルちゃん、私と一緒に特売品を手に入れない?」
「むむ! とくばいひん!?」
「うんうん♪ 奏お姉さんが特売品の買い方やちょっとした節約術を教えてあげようか?」
「んみゅ.......!」
エルちゃんは節約と言う言葉と特売品の意味恐らく分かってなさそう.......でも、何か楽しそうだから奏お姉さんに付いて一緒に買い物をするのもありですね♪
「エルちゃん! これから我々は戦地へと赴きます! 私の事は今から先生と呼ぶように! さあ、覚悟は良いかな?」
「んみゅ! ちぇんちぇ!」
「ぐふぉっ.......!? あ、やっべ。鼻血出て来た.......何と言う恐ろしい子なの.......エルちゃん反則的な可愛さだよぉ.......♡」
「奏さん.......大丈夫ですか?」
「大丈夫です! 今日は半年分のエルちゃん成分を補給しようと思ってるから! これくらいの事は問題ありません!」
この人も喋らなければ、大和なでしことか呼ばれそうな程に美人なのに.......口を開くと空気が180°変わりますね。通りでうちのお姉ちゃんとは息が合う訳ですよ。
「今日は頼もしい助っ人も居るのよ♪ 多分、もうそろそろ着くと思うけど.......あ! 師匠〜こちらですよ♪」
奏さんが話し掛ける方向へと視線を向けると.......
「あらやだぁ〜♡ エルちゃんに葵ちゃんじゃないのお♡」
「ぎゃあああああああああぁぁぁ.......!? ごりらうだーなの!」
「あらあら、あたしはゴリラじゃないわよ♡ 早乙女キララよぉん♡」
「ヒイイィィ!? あおいねーたん! たちゅけて.......!!!」
メイド姿の格好をした早乙女キララさんとエンカウント.......お会いしました♪ エルちゃんは相変わらずキララさんの事が苦手の様ですね。
「こらこら、エルちゃん失礼でしょ?」
「良いのよぉ〜葵ちゃん♡ あたし、ゴリラも行ける口なの♡」
「そう言う問題なの!?」
あぁ、エルちゃんが完全に戦意喪失と言った感じに床にぺたりと座り込んでしまいました。
「エルちゃん、怖くないよ〜キララさんは凄い優しくて良い人だから♪」
「んぅ.......ぐすんっ」
「まぁ♡ か〜わ〜い〜い♡ エルちゃん、食べちゃいたいわぁん♡」
「ううっ.......あおいねーたん!」
キララさん完全に楽しんで居ますね。エルちゃんは涙目になりながら、私の後ろへと慌てて隠れてしまいました。その様子を見ていた奏さんは、何故か天に向けて手を合わせて拝んでいました。今日の買い物は中々の波乱に満ちてそうです。
「それじゃ行きましょう! 本日の目玉は特売品の卵よ! 1パック税込52円.......厳しい戦いになると思うけど、何としてでも手に入れるわ! そして、私達には最終秘密兵器の早乙女キララ師匠が居る!」
「あんらぁ? あたしでお役に立てるかしらぁ?」
「大丈夫です。師匠、私に任せて下さい!」
キララさんが最終兵器? どういう事だろ.......でも、キララさんも買い物上手だし、しれっと特売品を手に入れて居そう。
◆【特売のプロッフェッショナル】
「時が来たわね」
「マサコさん、本日はどの様な陣形で参りましょうか?」
「ここは.......【フォーメーションデルタ】で行くわよ」
「おおぉ.......マサコさん、本気なのですね?」
「私はいつでも本気よ。たかが特売品だと舐めて掛かると痛い目を見るわ」
他の特売品もどれも魅力的ではあるけど、1パック税込52円の卵は金に等しい価値がある。私は主婦歴42年のベテランよ。特売品を沢山買うために日々どれだけ研鑽を積んで来たことやら.......今の私には、叶う敵は居ない!
◆貧乏大学生・山田太郎 視点
落ち着くんだ。よし、一旦深呼吸をしよう。ヒーヒーフ〜あ、屁が出た。
「他の特売品も押さえておきたい所だけど、ここは効率良く回らなければ.......欲を出せば全てを失いかねない」
特売品が沢山ある日は、優先順位を付けるのが何よりも重要なのだ。今回の特売品の目玉は必ず確保して見せる! 卵は重要なタンパク源だからな。俺はこの日の為に、家から自転車で3時間の場所にあるここのスーパーまでやって来たのだ。前日にスーパーの内部構造や特売品のワゴンがどの場所に置かれるのか、5つのパターンを脳内で推測して、どの位置からなら特売品を取ることが出来るのかシュミレーションを重ねて来た。
「必ず勝利を.......この手に掴んでみせる!」
◆中年の小太りおじさん・
「何だか今日は、何時もより人が多いな.......何事だ?」
オムライスを作ろうとしたら、丁度卵を切らしてしまったのだ。なので、スーパーに卵を買いに来たのだが、どうやら今日は特売の日らしい。壁に張ってあった特売のチラシを見て俺は驚いた。
「なっ.......卵1パック52円だと!?」
これは確かに安いな。俺はつくづく運が良いぜ。せっかくの機会だから、特売品の卵を買えるだけ買ってしまおうでは無いか。
――――――特売品販売まで残り10分――――――
「ういんなありゅの!」
「あらやだぁ〜このウインナーさん、形や大きさがあたしの彼ピッピのチ〇ポと同じじゃないのぉ〜いやらしいわねぇ♡」
何だかんだで、エルちゃんはあれからキララさんとすっかり意気投合しちゃっていますね。キララさんもあぁ見えて子供の面倒を見るのが好きなので、気を遣いながらエルちゃんの事を気にかけている様子です。
「キララしゃん、これなぁに?」
「あらあら。これは豚肉でこっちが牛肉よん。美味しそうなお肉、これは上物ねぇ♡」
「ふぇ.......これ、このままたべりゅの?」
「ノンノン〜これはちゃんと火を掛けないと生は駄目よぉ♡ あ、エルちゃんそこは他の人のお邪魔になってしまうからこっちに来てちょーだい♪」
「んみゅ!」
何だろう.......キララさんとエルちゃんが仲良くなったのは、嬉しいのだけど、メイド服を着たキララさんと小さな女の子.......絵面が凄い。
「あおいねーたん! おちゃかなさんが.......ちんでるの!」
「あぁ、これは鯛だね。あら、結構安いのね。税込680円でこのサイズなら中々.......」
「ぜーこみ?」
「うふふ.......エルちゃんにはまだ言っても分からないと思うよ。消費税や税込みの違いについては、そのうちお家で楓お姉ちゃんが教えてくれるよ」
「んみゅ.......すうじ、たくしゃんあるの.......」
首を傾げながら考えるエルちゃんが可愛い♡ 私とキララさんとエルちゃんの3人で、鮮魚コーナーを見ていると偵察に行ってた奏さんが戻って来ました。
「葵ちゃん、お待たせ〜とりあえず場所は分かったわ。後は時間になるまで待つだけ!」
「気合い十分と言った感じですね」
「貧乏人に取って、特売品と言うのは切っても切れない縁なのよ」
奏さん達と色々な話しをしながら、特売品の待機列のある場所までやって来ました。並ぶポイントは全部で4箇所あるみたいです。
「それにしても凄い人だな.......特売品手に入れるの難しそう」
「葵ちゃん大丈夫だよ。開幕から核爆弾を投下するから」
「え、核爆弾?」
何だか奏さんの口から物騒な名前が出て来ましたね。スーパーの特売品の争奪戦に核爆弾とは.......どゆこと?
《ただいまより、特売品の販売のご案内をさせて頂きます》
あ、アナウンスが聞こえて来ました。どうやら特売品を巡る戦争が始まるようですね。他の人達もみんな何時でも動けるように体勢を整えております。
――――――そして、運命の時は来た――――――
「うおおおおおおお!!」
「卵、卵、俺のタンパク源!!!」
「どけどけー! 俺が一番乗りだ!」
「卵GETだ!」
これは想像以上にハードかもしれません。人が多過ぎて、中々前へと進めずに最早揉みくちゃ状態です。
「そろそろ核爆弾を投下する時ね」
「奏さん、それはどう言う.......」
私はこの後、奏さんが言った核爆弾の意味を直ぐに理解する事となりました。
「すぅううう.......キララ師匠!!! あんな所にイケメンの白馬の王子様がおりますよぉぉおおお!!!!」
「なんですってぇ.......!? イケメンは逃さないわよぉおおおおおお!! あたしの王子様♡♡♡!!!」
奏さんが特売品コーナーへと指を指しながらイケメンと大声で叫んだ瞬間、何とキララさんが突撃したのです! まるで飢えた獣のような凄まじい勢いです! キララさんの只ならぬ迫力により、買い物客の人達から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえて来ます。
「うわっ.......!? 何かやばいのが来るぞ!!」
「お、男!? メイド服!?」
「て、撤退だ!!」
「お尻掘られる!?」
「ぎゃあああああああああああ!!!」
まさに地獄絵図.......私は一体何を見せられているのでしょうか?
「葵ちゃん! 今よ! キララさんが道を切り開いてくれたわ! 特売品が私を呼んでいる!」
「え、あの.......ちょっと奏さん!?」
奏さん.......何と言う恐ろしいお人でしょうか。特売品に対する執着心は本当に凄いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます