生きててくれたんですから

 戻ったキコリは、また診療所に運び込まれていた。

 魔力限界超過現象。その状態が長時間継続したことによる、短期的な魔力異常である。

 アリアのものほど長引くものではないようだが、最低でも1週間は入所治療という診断で、キコリは実際最初の3日間は目覚めることすらなかった。

 そして、3日目。目覚めたキコリが目にしたものはアリアの顔だった。


「アリア、さん……」

「キコリ!」


 ぎゅっと抱きしめられて、キコリは「戻ってきた」と自覚する。

 街まで戻ってきたことまでは覚えているが、その後の記憶がなかったのだ。


「あの、あれから……」

「今日で3日目です。身体が魔力の流れを整えるための眠りに入っていたんですよ」

「なんか、すみません」

「いいんですよ。生きててくれたんですから」


 そうしてアリアは、防衛都市側で起こっていたことを説明してくれた。

 まず、最初の数日は防衛都市側は全く気付いていなかったらしい。

 冒険者が長期間戻ってこないのもよくあることで、心配する人間もいなかったからだ。

 よくあること。それで済まされていた。

 しかし、アリアは違った。キコリが戻ってこないことで上の人間に噛みついて、詳しい調査に漕ぎつけた。

 その結果……空間の歪みに何かおかしな事態が発生していることが発覚したのだ。

 その後、冒険者に充分な装備を持たせて調査隊の編成をしていたらしいが……その前にアリアが準備を整えて飛び込んだのだ。


「え、と……いいんですか? それ」

「直談判したら認められました」

「……どういう風に」

「ぐだぐだやってキコリが死んだら全力で暴れそうなのでお休みくださいって」


 全盛期に遠く及ばないとはいえ、バーサーカーにそんな事を言われた人間の心情たるや。

 キコリは「ハハ……」と乾いた笑い声を漏らしてしまうが、同時に嬉しさを感じていた。


「本当に、ありがとうございます」

「何度でも言いますが、いいんですよ。こうしてキコリが無事だったんです」


 そう言って笑った後、アリアは表情を曇らせる。


「それと……少し、悪いお知らせも」

「……」


 何となく、想像は出来た。

 クーンとエイルのあの時の表情。

 何故2人があんな表情をしていたのかは分からないが、何か悪い印象でもあったのだろうかという想像は出来ていた。


「エイルさんが、パーティから抜けたいと」

「……クーンは?」

「キコリさえ良ければこれからもよろしく、と。あと、ビビってごめんね、とも」

「そう、ですか。でも、エイルはどうして?」

「怖かったそうです」

「……怖かった?」

「キコリの姿がドラゴンみたいに見えて、『ああならないと冒険者としてはやっていけないのか』と心折れたそうです」


 今後は薬屋で働くそうです、と。アリアは然程興味もなさそうな表情でそう教えてくれる。


「そ、うですか……でも、クーンは残ってくれてよかった」

「そのクーンさんなんですが」

「え?」

「今回の事態を受けて、獣人の国側の防衛都市への使者として派遣されることが決まりまして。昨日出発しました」

「ええ!?」


 それでは離脱せずとも実質抜けているようなものではないか。

 驚くキコリに、アリアは申し訳なさそうな顔になる。


「ごめんなさい。でも、流石に空間の歪みの『先』の迷宮化が起こったとなると、他の防衛都市への状況確認と連携は必要になるんです。クーンさんは、数少ない獣人で現場も見てますから……」

「そう、ですよね」

「そういうことです。防衛都市間の移動用のスクロールはありませんし、結構な時間もかかるとは思いますが……」


 溜息をつくアリアに、キコリは「仕方ないです」と頷く。

 そうなると、クーンが戻ってくるまではまた1人ということになってしまうのだろうか。


「迷宮化、か……」

「はい。そう呼ばれることになりました。まだ仮名称ではありますが、あの空間の歪みについても正式な名称がつけられるでしょう」


 そう前置きすると、アリアはその「正式な名称」を教えてくれる。

 迷宮化現象により、今までの地図を全てゴミへと変えた、その領域の新たな名は。


 ダンジョン、である。

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