第19話 太陽神の試練

 私とシリウスは心行くまで踊りを楽しんだ。

 そして最後のステップを踏んで音楽の終わりに合わせて、互いに礼をとった。

 久々に踊ったが、しばらく練習をやらないだけで鈍ってしまったと感じ、練習せねばと考えていると、シリウスが私へ手を差し出した。


「疲れただろ? あちらで休もう」

「はい……」



 また気恥ずかしさが戻ってきたが、私は彼の手を取って一緒に歩いた。

 ガヤガヤと向こう側で騒がしく、少し悲鳴の声も聞こえてきた。


「ごめんなさい! 通りますので道を空けてくださいな!」


 一体何事かと思ったら、スカートの裾を上げて急ぎ足で一人の令嬢がやってきた。

 活力ある焼けた肌に翡翠のまとめた髪をなびかせるため、大人びた印象とお転婆さの両方を感じた。

 息を切らしながら私達の前で息を整え、そして自信に満ちた顔で元気よく挨拶をする。


「初めまして、こんばんは! わたくし、ヴィヴィアンヌ・エーデルハウプトシュタットですわ! 貴女様がカナリア様で間違いないかしら!」

「ええ……」



 突然やってきた彼女に戸惑っていると、私の反応なんてお構いなしで彼女は私の手を取ってブンブンと振る。


「よろしくですわ! 同い年と聞いて一度はお話したかったですの!」

「そ、そうなのですか……ところで何か用事があったから来られたのではないのですか?」

「ただ挨拶がしたかっただけですわ!」

「そう、なのね……」


 ヴィヴィアンヌはずっとにこやかな顔で夢中になって手を振ってくる。

 やっと満足したのか手を離してくれたと思ったら、次はぐいっと顔を近づけた。


「カナリア様、何か困ったことがあればいつでも言ってください! このヴィヴィアンヌがいくらでもお力を貸しますわ!」

「そ、そう……すごく嬉しいわ」


 好意的だとは感じたが、距離感がかなり近い。

 シリウスも割って入っていいのか戸惑っていた。



「ヴィヴィ! 何をやっていますの!」



 大きな声が聞こえると、ヴィヴィアンヌはビクッと体を震わせた。

 こちらへ歩み寄ってくるのは、これまた見事な褐色肌の女性だった。

 ただヴィヴィアンヌとは違い、顔は疲労困憊で今にも倒れそうだ。

 近寄るとすぐさま姿勢を正して深くお辞儀をする。


「シリウス様、カナリア様、娘が失礼しました。すぐに下げさせますのでご容赦ください」

「待ってくださいませ! まだ何もお話を──イタタ!」


 ヴィヴィアンヌの母親が耳を引っ張って連れ去っていく。


「珍しく参加したいと言うから連れてきましたのに、苦労を増やさないでください!」

「分かりましたから! 耳が千切れますわーッ!」


 悲鳴を残しながらまるで嵐のように去っていって。何がなんだか分からず、シリウスと顔を見合わせた。



「エーデルハウプトシュタット家の令嬢か。いつもと変わらず元気だったな」

「いつもあれなのですか……」



 ああいう素直そうな子は嫌いではないが、体力が無い私では付いていけなさそうだった。


「だが彼女の笑顔は領民にとって救いになっているからな。悪い子ではないんだよ」

「えっ……」


 どういうことかと聞き返そうとしたが、私達の前へ見覚えのある一人の太った貴族がやってきた。



「カナリア・ノートメアシュトラーセ様、お久しぶりです。リンギスタン帝国を出られてからはお初でございますな」

「ガストン伯爵……」



 祖国の伯爵であり、前の私の家と同じくらい歴史ある家だ。

 しかし私はこの男が嫌いだ。

 自分の娘を嫁がせるために、私を蹴落とそうと嫌がらせを何度もしてきたのだ。

 おそらくは彼の娘は私の元婚約者である皇太子と婚姻を結んだことだろう。

 ガストンがニヤニヤと話すのは私の凋落を楽しみにしていたからだろう。



「お元気そうで何よりです。しかしまさかノートメアシュトラーセ伯爵があのような最低な行為をされているのに、よくブルスタット公国も受け入れて頂きましたね」

「最低な……行為?」



 私は未だに父が何をしようとしていたのかを知らない。

 少しでも知りたいため、詳しく話を聞こうとするとシリウスが私とガストンの間に入った。


「ガストン殿、今は楽しい祝いの場ですので後日にしてください。これで失礼致します。カナリア行こう」

「えっ、はい……」


 シリウスが私の手を引っ張っていく。

 通り過ぎる時にガストンと目が合い、深い笑みを浮かべた。



「ブルスタット公国の王妃様と東家で密会をしていたのですよ」

「えっ……」



 私は衝撃すぎる話を聞かされ足が動かなくなった。

 東家は基本的に男女の密会で使う場所だ。

 そうすると──。


「嘘……お父様が──」

「ええ、大量の恋文もお互いの部屋で見つかったらしいですね」


 追い討ちのように真実をガストンから告げられた。

 シリウスの目を見るのが怖かった。

 私の父がシリウスの母親と恋仲だったのなら、それは完全な不貞行為だ。

 体が震えてきて、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。


「カナリア、落ち着いて!」


 シリウスは私の背中を支えてくれた。

 何と言えばいいのか分からず、恐る恐る彼の顔を見ようとした。

 その時、別の貴族が私とシリウスを呼びにきた。


「シリウス様、カナリア様、ブルスタット王がお呼びです。至急来られるようにとのことです」



 喉が鳴り、行きたくないという気持ちのせいで足が動かない。

 今の話が本当なら、私の父のせいでブルスタット王と王妃の仲を裂いたことになる。


「ガストン殿」



 シリウスが冷たい声を出した。

 私を抱く手は優しいままで──。


「カナリアにその事を告げるのは私に一任されています。たとえ帝国の伯爵としても勝手な振る舞いをされるのでしたら、然るべき対応をさせて頂きますが? 皇太子との取り決めでもあったはずですよね?」



 私はガバッと顔を上げた。

 どうして私を庇ってくれるのだ。


「い、いや……失礼、用事があったことを思い出したので、これにて失礼させて頂きます」


 ガストンもシリウスの怒りを感じたようで、怖気付いたかのようにその場から離れていった。

 ガストンが去ったことで、シリウスは元の優しい顔に戻って、私の頭を落ち着かせるように撫でてくれた。


「ごめんね、カナリア。もう少ししたら言おうとは思ってたんだ。でも君が悪いわけじゃない」

「でも……私の家族のせいで……」


 気持ちがぐちゃぐちゃになってきた。

 どうして彼は私へ怒りをぶつけないのだろうか。

 ボソッと彼は呟く。


「君のお父さんは犯人じゃない。それは俺も第一皇子も分かっている」

「え……」



 どういうことなのだろうか。

 私の知らないところで一体何が起きているのか。

 もっと詳しく聞きたかったが、伝令をした貴族が再度急ぐように催促してきたので、ブルスタット王をこれ以上待たせてはいけない。


「もし辛いなら休んでていい。俺だけでも行けば──」

「いいえ、私も行きます」



 まだまだ私の知らない何かが起きているのかもしれない。

 私は知りたい。

 シリウスは「無理をしないように」と私の手を握ってくれた。

 それだけで気持ちが落ち着いてきて、私は勇気を振り絞ってブルスタット王の御前へ着いた。



「父上、大変お待たせしました。シリウスと婚約者のカナリアが参らせていただきました。本日はお誕生日おめでとうございます」

「おめでとうございます、陛下」



 シリウスと私は膝を突いて、敬う姿勢を取った。


「そうか、よく来たな。ゴホゴホッ……」



 ブルスタット王は苦しそうに咳をした。

 顔色も前よりも悪く、少し頬も痩せているように感じられた。

 私をギロッと睨み、そしてシリウスへ尋ねる。


「シリウスよ、いつになったらその娘と婚約を解消するのだ」


 心が締め付けられるようだった。

 当たり前だ。

 自分の妻が別の男と恋仲になっていて、さらにその娘が嫁いでくるなんぞ誰だって憤るに決まっている。


「父上、私はカナリアとの婚約を解消するつもりはありません。前にも言いましたが、カナリア──」



 ドンッとイスの肘置きの部分を拳で打った。


「いい加減に目を醒ませ! お前といい、帝国の皇太子といい、その娘に騙されているのが分からん──ゴホゴホ!」


 ブルスタット王は苦しみながらも私を憎悪のこもった目で睨んでいた。

 だがそれよりも私が一番気になっていたのは──。



「陛下、もしやお薬を飲んでおられないのですか?」



 私はシリウスが鉛中毒になっていることから、他の者達もなっている可能性を考えた。

 そのためシリウスに薬を渡して届けるようにお願いしていたのだ。


「貴様からの薬なんぞ飲むわけないだろ! ゴホゴホ! たとえ体に悪くとも、貴様からの施しで永らえたくはないわ!」



 今のブルスタット王には何を言っても私の言葉では響かない。

 何か方法がないかと頭を一生懸命に回転させると、自分の着ている服に目がいった。




「シリウス様、わたくしは太陽神へ改宗致します」

「え……」

「何か特別な儀式はありますか?」

「いいや、特にはないが……いきなりどうして?」


 私のドレスは元々太陽を模して作られたものだ。

 そして太陽神には一つの試練があった。


「陛下、太陽神に仕える者には陛下自ら試練を与えてくださると聞きました」

「……それがなんだ?」

「ですので、もし私がその試練を乗り越えたら、陛下の治療を私にさせてください。太陽神の下では誰もが平等に試験を受けられると聞いております」



 ブルスタット王の目が私を値踏みするように動く。

 その目は私を今にも殺してしまいそうなほど恐ろしく感じた。


「いいだろう。だがもし失敗すれば、その報いは受けてもらう」

「父上! カナリアも今はまだ間に合う! 絶対に受けては──」

「もう遅い!」


 ブルスタット王は立ち上がり、パーティに集まっている者たち全員に聞こえるように声を張り上げた。


「カナリア・ノートメアシュトラーセに太陽神の試練を与える。エーデルハウプトシュタット領で発生している呪いを一つの季節分で解いてみせろ! それが出来なければシリウスとの婚姻を破棄して、帝国へ送還する!」



 今のまま帝国へ戻ればおそらくは処刑になる。

 私はもう後戻りは出来ない。

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