第14話 カナリアからのお礼

 薬草を煎じ終えて、粉薬にしたので、私はシリウスの部屋まで持っていく。

 忙しなく文官達も働き、シリウスも指示出しや書類仕事に追われているようだった。

 部屋の前で立っているメイド長が薬を怪しいと検分するが、彼女の目利きではおそらく判断することすらできないだろう。作業に集中していたシリウスも私に気付いて、疲れた顔を輝かせてやってきた。


「カナリア! どうしたんだい?」


 彼の視線が私の手の中にある薬に向かった。


「先ほど疲れているようでしたので、滋養のあるお薬を差し入れました」

「そうか……心配を掛けたね。いただくよ」


 シリウスはすぐに薬を飲み干すと、腕を力一杯上げた。


「何だか元気になった気がする」

「そんな早く効きませんよ。それにしても一人で作業をし過ぎではありませんか?」

「ああ、人が足りていないからな。でもカナリアの薬があればすぐに終わらせられそうだ」


 疲れているのか笑顔に覇気がなくなっている。私はシリウスの横を抜けて書類の束に目を通す。


「こちらの書類なら私でも片付けられそうですね」


 慌てたシリウスが止めにくる。


「カナリアはゆっくりしていいんだ! まだ体も万全では──」

「無用の心配をしないでください。これでも皇室に嫁ぐ予定だった身ですから、執務に関しては自信があります」


 シリウスの制止を無視して、空いている机を借りて作業に取り掛かる。私に何を言っても意味がないとシリウスは仕方なさそうに作業に戻った。それから少しの時間が経つと、綺麗に山になっていた書類が全て片付いた。ペンを置いて、机を綺麗に整頓する。


「流石だな。カナリアが来なかったらもっと掛かっていたよ」


 不眠不休で頑張っていたシリウスは背もたれに体を預けて疲れ果てていた。


「お一人なら仕方ありません。またお手伝いしますので──」


 返事をしたときには、すでにシリウスは眠っていた。

 ふと足が彼の元へと向かう。無防備な顔で眠っており、これはしばらくは起きなさそうだ。


 ──どうして貴方だけは私に優しくするの?


 彼の家族は私のことを嫌っている。それなのに彼だけは私に対しての接し方が違った。頬を触るとスベスベとしており、やはり蛮国といえども栄養は問題なく摂れている証拠だろう。


 ──特に副作用も無いようね。


 処方したのは私なので彼の健康は私が診ないといけない。彼を触るのもそれが目的だし、特に変なことを考えているわけでもない。


「ん……カナリア?」


 シリウスの寝言が聞こえて、飛び退くように離れた。

 まだ寝ぼけているようで、目を擦っており、私が触れていたことには気付いていないようだった。


「すまない。眠ってしまっていたか……?」

「ええ。ゆっくりお休みくださいませ」


 短く返事をして私は内心の動揺がバレないように部屋から出ていく。薬室へと向かって一心不乱に薬作りをする。そうしないと変に意識してしまう。


 それから三日ほどは普通の生活をして、シリウスとの食事をすることにも慣れてきた。

 しかし今日は少しだけ深刻そうな顔をする。


「カナリア、しばらく留守にする」


 シリウスは王子なのだから家を空けることもあるだろう。しかし彼は何か別のことで悩んでいるようだった。


「かしこまりました。どちらへ行かれるのですか?」

「場所は近くだが、兄上の誕生日を三日かけて祝うため帰れないんだ」


 心臓が締め付けられるのを感じた。私に毒を盛った最低な男だ。そうなると私もシリウスの婚約者として出席しないといけない。


「カナリアは参加しなくていい。病気ということにしておくから、君は家に居てくれ」

「ですが……」


 そんなことをすれば私だけでなく、シリウスまでも何か言われるかもしれない。


「大丈夫だ。俺がカナリアを守る。あの時のことは俺も許せないんだ」


 チラッと彼の目が赤く光った気がした。だがそれはすぐに引っ込み、気のせいだったのかと思うほど一瞬だった。


「でも父上の誕生日もひと月後に予定しているから、これだけは一緒に参加してもらわねばならない」


 目を伏せて申し訳なさそうにする。

 国王の誕生日を欠席するのはあまりにも不敬だ。

 ダミアン王子から守ってくれるだけで十分だ。


「あまり思い詰めないでください。気遣いの気持ちだけで大丈夫ですから……」

「すまない。お詫びとして何か贈りたいのだが、欲しい物はないか?」


 欲しい物なんて無いが、何かもらった方が彼の気持ちは少しでも晴れるかもしれない。


「でしたらわたくしに似合う物を一つ選んでくださいませ」

「ああ! 任せてくれ!」


 一気に元気いっぱいになり、腕を組んで一生懸命考える。そのおかしさに思わず笑いが溢れてしまった。するとシリウスが机の上に乗り出して、顔を私へ近付ける。


「もしかして今、笑ってくれたか?」

「笑ってません!」


 どうしてこんなところで意地になってしまうのだろう。ただその反応をシリウスは楽しんでいるようだった。私は話題を無理矢理に変える。


「それよりもわたくしはドレスを持っていないのですがいかがいたしましょうか」

「ドレス? 帝国から持ってきてないのか?」

「お忘れですか? 私は財産を没収されていますので、ここに着てきたドレス一着しかありません。それすらもあの場で汚れてしまっています」


 これからドレスの仕立てをしていては間に合わない。母の形見のためドレスは大切に保管しているが、擦れた跡が少し目立つため、国王の誕生日には相応しくないだろう。


「そうか……それなら母上のドレスを借りてこよう」


 ──そういえばまだシリウス様のお母様とはお会いしてませんわね。


 病床に伏していると聞いており、未だ挨拶すらしていない。どこかで一度お会いしないといけないとは思っていたため、この際だから聞いてしまおう。


「シリウス様、近いうちに王妃様にご挨拶は出来ますでしょうか。初めてお会いするのが国王様の誕生日ではこころよく思われないかもしれませんので」

「それはできない。現在、母上とは誰も会うことが出来ないんだ」


 実の子供も会えないとは、何か伝染病に罹っているのだろうか。シリウスは深刻な顔をしており、その理由を教えてくれそうになかった。

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