第5話 初夜
次の日になり、エマが頼まれたお使いを済ませてきた。
「カナリア様、言われた通りの物を買って来ました」
「ご苦労様、早かったわね」
やっと私が安心できるための道具が手に入る。せっかくなので、私の作業部屋まで足を運んだ。土や草の匂いがするこの部屋は、自室以外で唯一くつろげる場所かもしれない。
「ありがとう、エマ。道具はどこかしら?」
「あそこの棚に並べております」
本当に気が利く子だ。道具の並びも前に住んでいた家と同じようにしてくれている。私は持っているお金を渡した。
「えッ! いただけませんよ!」
「いいから。エマは本当によくしてくれるから好きな物を買いなさい」
「カナリア様……」
メガネ越しに涙を浮かべ、それをハンカチで拭いていた。変わった子だが私にとって彼女は大事な同郷の子だ。お互いに頼れる者がいないので、ここでは協力しないといけない。
「魔術にでも手を出すのか?」
後ろから声が聞こえ、ドアの前に立っているのは眉間にシワを寄せたシリウスだった。
見つかってしまったと嘆息する。
「シリウス様、これは薬室です」
魔術のような怪しげなものと一緒にしてほしくない。怒りが込み上がってくるが、ここで何を言おうが意味がないだろう。だが彼は意外そうな顔を作っていた。
「薬室だと? どうして俺の妻になるのにそんなことをする」
「お生憎ですが、私がどのような目に遭ったかお忘れですか? 危うく死ぬところだったのから、自衛しなければ安心して寝ることもできませんの」
私の言い分に少なからず納得してくれたようだ。だがそれでも何か一言伝えたい様子だった。
「あの時のことはもう忘れた方がいい」
カァッーと頭が熱くなる。死にかけたのに忘れられるわけがない。私からも一言言おうとすると先に手を打たれた。
「夜に俺の部屋に来てくれ」
彼がいなくなるまで体が震えそうになるのを必死に止めた。とうとう恐れていたことが起きるのだ。キスならまだしも、今日は本当に長い夜を過ごさないといけないのだから。
「エマ、薬を作るからここに書いた材料を買ってきてください」
私はすぐさまこの薬室を不本意な目的で使うことになる。直接的なものばかり警戒していたが、今日のような突然の誘いもあるのなら逆に良かったかもしれない。
「かしこまりました。でも薬って、どこかお体に問題でも?」
「まだ大丈夫よ。それはあの男との子供を作らないためのものだから」
エマの顔がどんどん熱っていく。何をされるのか想像がついたようで、急いで買い出しに向かってくれた。私も夜までに少しでも対策を練ろう。
どうにか薬も作れたので服用を済ませた。これでどうにかなるだろうと薄着にカーディガンを羽織る。婚約者としての役目を全うしなければならない。
「カナリア様、お体が寒いのですか?」
エマの手が私の背中を支え、優しくさすってくれた。夜のため気温が下がっているのもそうだが、私はこれから蛮国の王子に抱かれるという事実のせいで震えているのだ。
──一体私が何をしたのだ。どうして私ばかりがこんな目に……。
どんなに心の中で誰かを責めても、ここでは頼れる者なんかいない。自分で自分を守らなければ、私は簡単にここで死に絶えるという事実が先回って考えさせてくれる。
「ええ、大丈夫よ。行きましょう」
嘘の笑顔を貼り付けて、エマにだけは強気な表情を見せて安心させる。その時、突き当たりから人が現れた。
「か、カナリア様!?」
「「キャーーッ!?」」
誰とも会わないと思っていたところで出会ったことで私とエマは悲鳴を上げた。
シリウスの護衛騎士だったため見覚えがあり、どうやら巡回中のようだ。だがまずいのは私の服装がかなり軽装だということだ。エマはすぐに気が付いて、私を隠すように後ろにやった。
「何を見ているのですか! カナリア様のお肌を見ていいのは婚約者様だけです!」
「し、失礼しました!」
護衛騎士はすぐに謝罪をして、来た道を引き返していく。まさか人払いをしていないのか、私の婚約者は?
普通は夜伽で訪れる日くらいは、嫌いな私にも配慮を見せるべきだろう。
「カナリア様、もう行かれました」
「そう……ありがとう、エマ。貴女も怒れるのね」
「当たり前です。まだ婚約されたばかりで正式な結婚もしていないカナリア様のお肌は婚約者以外の男性に見られたら汚点になります。後で脅しておきますので、どうかご安心くださいませ」
エマの笑顔だけが私へ安心を与えてくれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます