第37話 「課された義務」
警報が鳴り響く中、捜査員達の持つ通信端末に一斉に着信音が鳴った。シルバの前には仮想ウィンドウが小さく表示される。私はお嬢様を脱出させようと、お嬢様の荷物を集めるよう、マリセルに頼んだ。
アームストロング氏は、ちらとだけ画面を見ると、端末をしまう。メルバは目を閉じて数秒、恐らく自分に来た指令を読んでから、もう一度開けた。シルバはウィンドウを一度タップして消す。銭形氏は、端末を眺めたまま、こう言った。
「我々捜査員は、この事件の捜査は終了だな」
アームストロング氏がこう返す。
「ああ。ターカスも見つかり、エリックは破壊済みだ。マルメラードフは後に裁かれるが、我々は、上への報告だけでいいだろう。彼のした事は、国際的な犯罪に当たる。全員、招集の通信だな?」
その場に居たロボット達は、全員黙って頷いた。アームストロング氏がこちらに振り返り、歩み寄ってくる。
「アームストロングさん…」
お嬢様は心細そうだった。アームストロング氏はきちんと会釈をし、お嬢様の手を取る。
「どうかご無事で。我々は呼ばれた場所へ行かなければいけません」
お嬢様は、何も言わなかった。メルバもシルバも、アームストロング氏も、銭形氏も、みんな戦争へ行ってしまうと思っていたのだろう。
私は、勇気を出して彼に聞く。
「貴方が配属となるのは、どこなのです」
そう言うと、アームストロング氏は、「君には言えない」とだけ言い、ホーミュリア家を去った。彼らはみんな、帰って行った。
「マリセル、シップの手配は出来ましたか?」
私達は、ドタバタとお嬢様の荷物を用意していた。私は部屋からお嬢様の着る物をお出しして、ぬいぐるみのミミを連れ出し、それから兎のコーネリアを庭に迎えに行った。
「ええ。すぐにこちらに着きます」
「それでは、携行食糧はどのように?」
「お嬢様が食べたがっていたチョコバーと、それから、数種類のパンや干し肉、野菜ジュースなどがあります」
「素晴らしい。ではお嬢様、行きましょう。避難所まで、シップでの移動になります。自治区の中枢へ向かうので、空路が混む事が予想されます。申し訳ございませんが、お許し下さい」
「ええ、大丈夫よ。行きましょう」
お嬢様は恐ろしさに気圧されながらも、気丈夫に振舞っているように見えた。だから私は、腕に抱いていたコーネリアを、お嬢様へと預ける。
「大丈夫でございます、お嬢様。コーネリアも、マリセルも、わたくしも一緒ですよ」
そう言うと、お嬢様はお笑いになり、少し元気が出たようだった。
「なあ、銭形さん。アンタはどこなんだ?」
俺は、前を歩く銭形にそう聞いた。
銭形は、完全な戦闘用兵器だ。今回の開戦にも、関わるに違いない。
“おそらく合衆自治区に呼ばれたんだろうな”と俺は思った。銭形からは、素っ気なくこう返ってくる。
「秘匿事項だ」
“やっぱりか”
俺達は、ポリスメキシコ自治区支部の職員だ。その俺達に言えないとなれば、要は銭形は「戦う相手」なのだろう。
もちろん、俺達はポリスの職員なのだから、戦闘に参加などしない。自治区内での、住民の警護に当たる。でも、銭形には充分過ぎるほどの戦闘力がある。どこかで出くわせば、俺達は真っ先に破壊されるだろうと思った。
「アームストロングさん、アンタは?」
アームストロングは、合衆自治区にある、ポリス本部の職員だ。もしやと思っていた。
「その質問に答える義務はない」
“アンタもかよ”
多分こちらは、アメリカでの何らかの任務に就くんだろう。戦闘ではないにしても。
俺達はその時、ホーミュリア家の敷地に停まっていた3つのシップの内、2つに分けて乗り込み、黙って別れた。
ポリス専用艇を操縦するロボットは、「シートベルトをお締め下さい」と愛想のない声で言う。俺は、横に居たシルバにこう聞いた。
「銭形は前線か」
「おそらく」
「俺のところには、住民の保護を自治区A地帯でするよう通告が来た」
「僕は、市民に向けての情報収集班へ、参加が義務付けられました」
「…そうか」
シップが飛び立ち、ふわりと浮遊する感覚に、俺は身を任せていた。
「お嬢様、わたくしは給水所でお水をもらって参ります。マリセル、少しの間、ここを頼みます」
「わかりました、ターカス」
「お願いね」
避難所の人込みの中でも住民が疲れないようにと、それぞれ割り当てられた面には高い衝立が立て回してあり、私はタンクを抱えてそこを出た。その時だ。
私の前からは、見知らぬ背の高い男性が歩いてきた。彼は、私の行く道を塞ぐように、目の前に立つ。
「君が、ターカスだな?」
そう聞かれて彼を見ながら、「ええ、そうですが」と返す。私ははっと気づいた。
彼は、軍人が着るような折り目正しいスーツを着込んでいた。胸元に勲章はないが、階級を表すバッジが付いている。
彼は、スーツの胸元から、黙って懐中時計を出した。どうやらそれは、通信端末をアンティーク調に作った物のようだ。ずいぶんと高価そうだった。彼の端末からは、私の設計図がホログラムで示される。私は驚いた。
「一体何の御用です?あなたはどちらの方なのですか?」
彼は私を見詰め、こう言い放った。
「私は、メキシコ自治区軍、中将の、ダグラス・ロペスだ。君を徴用に来た。君にはこれから、前線へ行ってもらう。これは義務だ。手を差し出したまえ」
つづく
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