第34話 「暴かれた秘密」





マクスタイン邸から帰ってアームストロングに報告をすると、彼は顔を顰めた。


「それは、ポリスが汚職をしているという事か?」


メルバは首を振る。


「まだ分からないよ。ただ、遺族が居ないにも関わらず、マクスタインのデスクには何も残っていない。それは事件の特性と言えるのに、調書にはそんな事は書いてなかった。ポリスが見逃すはずのない事実が、もみ消されてる。ポリス自体が関わってる」


アームストロングはまだ訝しんでいたが、シルバを振り向いた。


「シルバ、足跡の解析は済んだか?」


「ええ」シルバはそう言って、ウィンドウをくるりとこちらへ向けた。そこには、それぞれ捜査員の名前があった。


メルバはあの後、デスク周りの足跡もデータにして送っていた。なので、私は彼にこう聞く。


「デスク周りの足跡は、誰か分かったか?」


シルバは頷いて、こう言った。


「そこには、ケリー警視監の足跡が多いです。他数名は、デスクに向かい合っていた様子はありません」


アームストロングは、「警視監…」と独り言を口に出していた。私は、慎重に口を開く。


「アームストロング」そう声を掛けると、彼はかろうじて考えるのをやめ、こちらを向いてくれた。


「…この事件は、この上なく不自然だ。おそらく、「職員の変死を究明するため」という名目で集められたのだろうが、総監や警視監が捜査員なのに、解決していないどころか、多分、ろくな捜査がされていない。そんな事は普通有り得ない。何らか、上層部の思惑が関わっていると考えるのが自然だ。そうは思わないか?」


そう聞くと、アームストロングは戸惑っていたが、やがて頷き、シルバへ向かってこう言った。


「シルバ。出来る限り過去から、グスタフ総監と、ケリー警視監の動きを洗ってくれ。領収書の一枚にあたるまでだ」


シルバはこくっと頷き、「分かりました」と言った。




私がお昼寝から目覚めて居間へ行くと、捜査員さん達は全員帰って来ていて、銭形さんやメルバ君は、お茶やお菓子を黙々と口へ運んでいた。シルバ君だけはいくつもいくつもの仮想ウィンドウを開いていて、なおかつ、それがよく見えないように、すりガラスのようなシールドで、シルバ君と私達は隔たれていた。


「アームストロングさん、お疲れ様」


そう声を掛けても、アームストロングさんは何か酷く思い悩んでいるような顔をしていて、「お嬢様」という、一言の返事を寄越しただけだった。


私の傍にはマリセルがついていて、テーブルに就いた私に、「ムスカをお召し上がりになりますか?」と言い、ミルフィーユにジャムを包んだようなケーキを勧めてくれた。


「ありがとう。頂くわ」


そう言いながらも、私は捜査員さん達の様子を窺っていた。


“どうしたのかしら…なんだか、みんな緊張して、考え込んでるみたい…”


ムスカは美味しかったけど、私は一口だけでそれを置いてナフキンで口元を拭い、歩行器を、銭形さんとアームストロングさんが並んで座っていたソファの前へ動かした。


途中で彼らは私に気づいて顔を上げたけど、顔を逸らして俯いた。まるで私に言えない事を隠しているように。私は不安になり、こう聞く。


「ねえ…何かあったの?」


アームストロングさんは、「いいえ、お嬢様」と返事をする。


「ターカスの事かしら?」


そう言うと、銭形さんが「違いますよ、ご安心を」と返した。


「でも…なんだか二人とも、いいえ、みんな、悩んでるみたいだわ。わたくしは心配なの」


私がそう言っても、アームストロングさんに「大丈夫ですよ、ちょっと捜査が難しい局面なのでね」と言われただけだった。


「あれ?そういえば、マルメラードフさんは?」


ふと気づいたのでそう言うと、メルバが「おっさんなら寝てるよ」と言った。


「まあ…捜査は昼夜を問わなかったものね…」


「彼は人間だからな、そりゃそうさ」


飄々とそう言ったメルバ君も、どこかにやり切れない気持ちを抱えているように、暗い面持ちだった。そこへ、シールドの向こうでシルバ君が振り向く。


「アームストロングさん、分かりました。それから、ヘラ・フォン・ホーミュリア様。申し訳ないのですが、機密に関わりますので、少々席を外して頂けないでしょうか」


私はそれを聴き、慌てて「分かったわ、ごめんなさい」と部屋を出た。





「シルバ。何が分かったんだ」


アームストロングは、シルバの脇に立って、目隠しの外されたウィンドウを見詰めていた。そこには、様々に、グスタフ総監と、ケリー警視監のプライベートにおけるデータが出されている。


「総監の、金遣いについてです」


「金遣い?」


そこでシルバは、一つのキャッシュサービスのプライベートページを引き伸ばして、こちらへ向けた。


「これは、あるキャッシュサービスからの支払い履歴ですが、グスタフ総監が常に使っているサービスではありません。巧妙に隠されていたアカウントです。それから、この額を見るに、莫大とも言えるものです」


そこには、3月31日に、アライアンスという不動産会社へ、3000万パスカの支払いがされた、という記録があった。


「使途は?」


「自宅の購入費の支払いです」


「なぜ、自宅の購入を、秘匿されたアカウントで?」


アームストロングがそう言うと、シルバは「では次に、こちらを見て下さい」と言って、総監の、おそらく給与支払い明細をこちらに向けた。


「これは総監の、過去4年間の、給与と賞与です。ポリスは過去に行った改革で、上役の給与も大幅に削られました。とても、3000万パスカの自宅を用意するなんて出来ません」


「バンクからの融資という可能性は?」


「キャッシュサービスアカウントに向け、そのような記録はありませんでした。そして、この3000万パスカは、ある人物からグスタフ総監へ、直接に振り込まれた物です」


シルバはわざと言葉を切り、間をもたせた。じれったくなったのか、私は「それは誰だ」と聞く。


「ミハイル・マルメラードフ暴力犯対抗室室長です」


「ええっ!?」





つづく

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