第9話「令嬢は死んでいる!」





「ターカス、おはよう」


「ええ、おはようございます、ヘラお嬢様」


その朝、私はもう長いこと住んでいた家で目覚めたような気分だった。


だって、ここには前のようにターカスが居るんだもの。それなら、どこだって同じだわ。


「シャワーを浴びますか?それとも先に朝食をお召し上がりになりますか?」


「今日はシャワーにするわ」


「かしこまりました」



私が作ってもらった歩行器はもちろん防水なので、私はターカスが部屋の隅に作ってくれたシャワールームに歩行器と一緒に入って座り込み、ターカスが扉を閉めてくれてから、朝のシャワーを浴びた。


熱いお湯で目を覚ましてからは、ターカスが私の長い髪の手入れをしてくれる。


「タオルドライはお済みになりましたか?ドライヤーでトリートメントを致しましょう」


「お願いするわ」


私はターカスの用意してくれた室内着に着替えてから、鏡台の前に座り、ターカスがドライヤーのトリートメントモードで髪を乾かしてくれるのを待った。


「終わりましたね。それでは、朝のお食事をご用意致します。今朝のスープにはジンジャーが使ってありますから、体が温まりますよ」


「コーネリアの分も、忘れないでね」


「もちろんですとも」



私が作ったコーネリアのおうちは、私がテーブルに座っていても見えるように、少し床の離れたところにあり、その周りには、コーネリアが逃げ出さないように、高い金網が立てまわしてあった。その中では、コーネリアが大好きなキャベツを食べようと四苦八苦していて、私はそれを見つめながら、もう食後のお茶を飲んでいた。


コーネリアは、ごはんを食べるのが上手じゃないみたいで、いつも口に入れようとしたキャベツを落っことしては、もう一度口にくわえようと頑張っている。


私はテーブルから離れてコーネリアに近寄ると、歩行器の高さを一番低くしてちょっとだけ金網を開け、床に落ちていたキャベツを拾い集めた。


「いい子、いい子ね、急がないのよ。まだまだたくさんあるわ…」








「ミハイル殿!やっとお着きですか!」


「いやいや、すまないね」


最後の捜査員、暴力犯対抗室のミハイル・マルメラードフが到着する頃には、アルバもメルバも自らのメンテナンスを終えて、シルバはメキシコシティの自治データベースから、前当主とヘラ嬢の全データを引き抜き終わっていた。


「それで、世界連からの許可は」


マルメラードフ部長はそこでにやっと笑い、かぶっていた帽子を脱いで、マリセルに一礼する。


「そのことで遅れておったんだ。大丈夫、やーっとお偉方も衛星の情報を利用することに同意してくれてね、もちろん、「探索のためにのみ」という但し書き付きには違いないが…。ああ、お茶ですか、ありがたい」


「ようこそお越しくださいまして」


マリセルはソファにどっかと座り込んだマルメラードフ部長にティーセットを出して、「ポーションはお使いになりますか」と聞いていた。


「いやいや、けっこう。こういうところでは格別のお茶が頂けますからな。かえってポーションを入れたら余計なのでね。…それで、みんなは出動できるのかな?」


「ええ、私たちはずっと、あなたが世界連からの許可を持ってくるのを待っていたところです」


部長はお茶を一口飲んで、あわててそこから唇を離して、テーブルに出ていたナフキンで拭った。


「そりゃいかん。じゃあもう作戦会議にかからないと」


私とアルバ、メルバ、そしてシルバは、壁に寄せられていたソファで一番入口近くに座っていた部長の近くに、それぞれ腰かけた。


「いやいやすまなかったね。何せあちらさんが相手にしている奴らはいつも大きかろう。こちらの小事には気を向けてくれなくて。再三の催促でやっと、というところだったんだよ。ではまず、位置情報の割り当てに…シルバ?」


ずっと黙って待っていたシルバは、部長に向かって一度お辞儀をした。


「マルメラードフさん、よろしくお願いします」


「はいよろしく。ところで、君たちは令嬢の位置情報は探索しなかったのかね?」


「それが、出ないんです…そちらの方がシャットアウトされている可能性ははるかに低いのに…」


「そうか。とにかく、私の端末と君のものを同期してくれたまえ。そうすれば世界連の衛星にアクセスできるんだから、きっと出るだろう」






いまだかつて、誘拐事件の際に、位置情報の割り当てに3日以上も掛かったことなどなかった。


シルバはさっきから頭を掻いたり爪を噛んだりしながら、忙しなく何度もウィンドウにコードを入力したり、別のウィンドウを出したりしている。


「ダメです…出ません…」


がっくりうなだれたシルバは、一度ウィンドウをすべて閉じた。


「出ない?だって、衛星にはもう接続できるんだろう?それなら令嬢のパーソナルチップは最低限反応するはずじゃないのかね?」


「それも、何度別のアクセス方法を試みても、シャットアウトされます…」


「そうか…わしは情報集めはからっきしだからわからんが、パーソナルチップへのアクセス方法はそんなにあるのかね?君はいくつやってみたんだね?」


すると、シルバはちょっと黙ってからこう言った。


「254通りです」


「ええっ?そんなに?それでなんで反応しないんだ?」


マルメラードフ部長は身を乗り出した。私は黙って聞いていた。アルバとメルバは、マリセルが出してきてくれたビスケットに夢中で、テーブルの端っこで取り合いをしているようだった。


シルバは首を振り、彼の首にある動力炉の再起動スイッチに指を当てようとしていた。


「政府のアカウントから、または自治アカウント、カルテのある病院からと、いくらでもパーソナルチップへのアクセスはできます。僕はそのどれもに入れますから、そのすべてからのアクセスを試みました…ですが、どれも返ってくるのは「アクセスの拒否」だけです…」


「そうかね…」


「すみません、念のため僕のシステムを再起動しますので、20秒ほど眠らせてください」


「かまわんよ。私たちも方法を考えておこう」


「お願いします、では…」


ププッと彼の動力炉がシャットダウンされた音がして、体からかくっと力が抜け、彼は腰かけていたソファに体を倒した。


そして次に起き上がってから、シルバは急に何かに取り憑かれたように急いである一つのウィンドウを立ち上げて、そこにヘラ・フォン・ホーミュリア嬢のパーソナルシグナルを打ち込んだ。


「居た!見つかりました!」


「やったか!」


「しかし、これは…」


私たちはやっと見つかったと思って歓喜に沸いたが、シルバはおそろしげに顔をしかめていた。


「どうしたんだね?そんなに大変そうな場所なのかい?」


「いいえ…場所の問題ではありません…」


「では、何が」


シルバは体を引いてこちらにウィンドウを見せ、ゆっくりと首を振り向かせた。


そこには、「ヘラ・フォン・ホーミュリア 死亡」と赤字で表示され、点滅していた。


「彼女はもう、死んでいます…!」








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