第7話「前当主ダガーリアの墓標」





「ターカス!私今日はコーネリアにおうちを作ってあげたいわ!」


「それでしたら、わたくしがご用意いたしましょう」


「いいえ!私が作るの!自分の手で、コーネリアのおうちを作りたいのよ!」


私がある日そう言うと、ターカスはにっこりと微笑んで、「それではわたくしと材料を探しに出かけることにいたしましょう。ランチのあとでよろしいでしょうか?」


「ええ!ねえねえ、今日はなんのカレーなの?」


「お嬢様、毎日カレーばかりでは栄養が偏っておしまいになります。ですから、今日のランチには油分の少ない、「ポトフ」を作ってみました。それをお召し上がりになってください」


「「ポトフ」?それはおいしいの?カレーより?」


「まずはお召し上がりに」


「はーい…」



私は初めて見たけど、「ポトフ」という煮込み料理はとてもシンプルなものだった。なんでもターカスの話では、古く古く、この西ヨーロッパがまだ東ヨーロッパ大陸と離れていなかった頃の料理で、古代のものに特有の長い調理時間が掛かるらしい。


「わたくしには今、時間がたくさんございますから、お嬢様のために、たくさんの手間を掛けて調理をすることができます。きっとご満足いただけることと思いますよ」


テーブルの横で、私の頭の高さまで顔を下して、ターカスはそう言った。


どうやら長時間煮られたらしいお肉に、それから玉ねぎと、じゃがいも、それからにんじん。


“でもターカス…これ、カレーと具材はあまり変わっていないんじゃないかしら?”


私はそう言いたくなったのをぐっとこらえて、「ポトフ」の野菜をナイフとフォークで小さく切って、口に運ぶ。


「…わ!美味しい!柔らかくて、それにとってもいい香りだわ!これは何!?ターカス!」


「今のスパイスにございます、「クラブ」の原種になりました、「クローブ」でございます、お嬢様。これは時代が下るごとに栽培が困難になりましたが、この近在で自生しているものを見つけましたので、少しですが、楽しむことができますよ」


「そうなのね、クラブはこんなに香りは強くないけど…元になったものだからなのかしら…?」


私はもう一度、大きなお肉を一切れ切り分けて、口に放り込む。それはほろりととろけていった。そんなことは初めてだった。


「このお肉も、柔らかくてとても美味しいわ!いつもはお肉と言えば乾燥肉を戻したものしか食べていないから…」


「それも、山で見つけた「ベアー」のものでございます。一度乾燥させることをしておりませんので、とても新鮮で、食味がよいですよ」


「そうなのね…」


私たちの生きる現代では、食肉を扱う「センター」は、世界に3つしかない。そこで生産された肉は冷凍乾燥され、そして世界中の食卓へ届けられるのだ。


「はるか昔には生肉も食べていた」という古代史の授業を思い出して、私は自分たちが本当に恵まれていたのかわからなくなり、それから、少しでも私にこうやって美味しいものを食べさせてくれようとするターカスに、感謝した。


「ターカス、ありがとう」


「いいえ、とんでもございません」






「アームストロング殿は、エネルギー補給はどうするのでしょうか?」


「私はA型永久機関を利用するので、エネルギー補給は必要ありません。それより、そちらにある5冊目の日記を貸してください」


「し、失礼しました。どうぞ…」


私は銭形捜査官からの折り返しの連絡を待つ間、ホーミュリア家前当主の「ダガーリア」の日記を読んでいた。


“それにしても、派遣されるのは、「アルバ」、「メルバ」、「シルバ」の3人と、あのミハイルか…私でまとめられるのだろうか…ん…?”


そのページはちょうど、ヘラ嬢の弟君の妊娠がわかった頃のものだった。マリセルの話では、ターカスがメイド長になるべく雇われてきたのは、そのあたりだったらしい。


“やっと目的のページに…それにしても、初めから終わりまできっちりと日記をつけている…よほどきちんとした性格だったらしいな、前当主のダガーリアは…でもこの次には…”


ページをめくっていくと、案の定そこには、「母体が危険」や、「リリーナの体のことを考えてやめておけばよかった」といった、悲惨な内容が書かれていた。


“辛かっただろう。それで余計に、ヘラ嬢を甘やかしていたのかもしれないな。だが、いつまでも自分が見守っていてやれないとわかってからは、急いで大人にさせてやりたいと考えた…だからダガーリアは、病気で倒れてから、即座にマリセルを迎えたんだろう…それもまた、辛い決断だ…”


その後の日記は、何ページかの空白を挟み、いきなりダガーリア前当主の死の前日と思しき日付へと飛んだ。


確かダガーリアは、過去に私たちポリスへロボットを納めたこともあり、葬儀にはポリス関係者も出向いたはずだ。だから私は日付も記憶している。


“おそらくは妻のリリーナの死がきっかけとなって、日記をつけることをやめたんだろう…それでも、ヘラ嬢が彼の救いにはなっていたはずだ…”


「うん…?」


私はそこで、驚くべき記述を発見した。信じられなかった。日記の最後のページには、中ほどから、こう記されていた。



“…亡き息子につけるはずだった「ターカス」の名と、そしてその魂のプログラムを持ったあのロボットは、どうしても廃棄してしまわなければいけない。そんなことをしたと世間に知れれば、私の家の者は裁判にかけられ、ヘラは不遇に突き落とされるだろう”


“マリセルに少しでもヘラが懐いてくれることを祈って、その役目はマリセルに託そう。私はもう疲れた。ヘラ、愛している。”



「なんということだ…!」


私の口から、ごく些細な驚きの囁きが漏れた。



ロボットに人間の人格の一部をプログラミングする行為は、現代では禁忌とされ、それをした者は一族を含めて厳しく断罪される。


“ターカスは、ヘラの弟…そして、彼はマリセルによって葬られる運命にあったのか!そうだ!人格のプログラミングは、近代ロボットに行おうとしても、シャットアウトされてしまうだろう!だから旧式のロボットでなければいけなかったんだ!”



私は、背後で涼しい顔をしてティーセットを扱い、そしてさっきまで談笑していたマリセルを信じていいものかどうか、危ぶんだ。するとそこへ、ドアが大きくノックされる音が響いたのだ。







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