第2話「お空を飛んで家建てて」





「ヘラお嬢様、星の門まで来てしまいましたが…」


私を背負ってターカスは立ち止まり、振り返る。


「そうね…では、星の門を出ましょう!」


そこは、「星の門」と呼ばれている、亜空間へ続いているゲートだった。


「それはなりません。この門を出てしまえば、わたくしは全機能を停止させられてしまうように作られております。わたくしたちは区域ごとに管理されているのです。それに、星の門は区画外ですから、お嬢様はこの外へ自由に外出はできません。ヘラお嬢様、そろそろお屋敷にお戻りになってはいかがでしょうか」


「いやよ!ヘラ・フォン・ホーミュリアは拒否します!ではターカス、どこか人の少ない川を見つけなさい。そのほとりに家があったら、そこへ住みましょう!」


「拒否する」時と「命じる」時には、決まった形式があって、それを守ると、メイドロボットは主人の意向にはそれ以上逆らうことはできない。「本当にそうしなきゃいけない時にだけその言葉を使いなさい」とお父様から教わりもしたから、ずるいとはわかっていたけど、私はついついターカスにそれを使ってしまった。


「かしこまりました」


ターカスは一瞬黙り込み、その時私は、目の前にある荘厳な「星の門」の建物を見つめていた。それは「伝統の引継ぎ」がテーマとなったから石造りの古代の城壁のように造られていて、なおかつ修繕がほとんど必要ない特殊な材質なのだと、お父様から聞いた。お父様はロボットを使った建築にも携わっているから、「星の門」が造られた時、何台か作業用ロボットを納めたのだと。



私たちは、自分たちが住む区画、外出していい区画は決められて過ごしている。それは、その人が居る地位や能力、資格や職業によって定められていて、私はなんの資格も能力もないから、すぐにはこの「星の門」は通れないと、お父様から教わった。


でも、「外出していい区画」とは言っても、普通の地球の中だったら、誰もなんの制限もなく移動していいはず。動物保護区域などへは、ガイド付きで条件を満たしていないといけないけど。でも、世界連が「立ち入り禁止」と定めた場所だけは、誰も絶対に立ち入りできない。それは、私にはあまり納得がいかなかった。


ターカスがさっき言っていた「区画外」というのは、大きく分けて「地球外」、「次元外」、「時間外」になる。


たとえば、「亜空間旅行」に出るのには身体と筆記の試験があって、なおかつ念書に単独でサインができる、25歳以上の者でないといけないと、家庭教師に教わった。


それから、「星間内ツアー」に行くにはそれに備えてアカデミーで単位習得をしてからじゃないといけないとか。


そして最後に「タイムスリップ」は、世界連が「緊急に必要」と定めている条件下で、世界連に所属する「機関」の者だけが行うみたい。


「機関」に入るには、その機関から一方的に招待状が送られてくるほど優秀な人でないといけないと、聞いたことがある。でもそれは本当かはわからない。よくある都市伝説みたいなもので、「どうやらそうらしい」くらいの噂なんだもの。


現に、「招待状」のことをジャーナリストが世界連に問い合わせたら、「そんな事実はない」とだけの返答があったと、子供の頃のニュースで見た。でももし「招待状」が本当だとしても、そんなの、「ない」としか言えないと思う。


タイムスリップは大きな危険から人々を守るために行うから、私的利用は絶対厳禁。それくらいは13歳の私にだってわかるし、そうだとするなら、どんな些細な秘密であっても、世界連は何が何でも守ろうとするはず。タイムスリップを悪用したがる人なんて、考えたらキリがないほど居そうだもの。


でも、子供たちはみんな「タイムスリップ」がしたくてしたくて、いつか「招待状」を受け取るために頑張っている。私たち一般市民には、最後まで「職業名」すら知らされないし、タイムスリップがいつ行われているのかも、ニュースになることはないけど。


世界って複雑なのね。社会のことって、頭でなぞるだけで勝手に深みにはまりそうになるし、なんだか気分が憂鬱になってくるわ。別に悲しいことでもなんでもないのに。私はそう思って、ターカスに目を戻す。



私がさっき命じたことを考えているのか、ターカスの動力炉はまた起動音を立てていた。


“ところで、お父様は「ターカスの動力炉は旧式だから小型核融合炉でしかない」とおっしゃっていたけど、「核融合炉」って、何かしら?お父様も「原始的理論が発展途上だった頃のもの」と言っていたし、教師もあえて教えてはくれなかったわ…”


しばらくするとターカスは膝から下をカシャカシャと畳み、こう言った。


「お嬢様、「ケルン」という過去都市の川沿いにいたしましょう。ここから少し離れておりますので、わたくしは飛行することにいたします。お嬢様の周りにシェルターを組みますので、わたくしの肩にございます緑のラインの内側へ手を乗せて下さい」


「わかったわ。飛ぶのね」


「はい。少々の間ですので、ご辛抱下さい」


私がターカスの両肩にあった緑色の線の内側を持つと、ぽわんと何か温かい空気が私を包み、それからターカスの足元でパシュッと音がしたかと思うと、急に私たちは空へ飛びあがった。


途中までは景色が凄まじい速さで飛び去っていくのがかろうじて見えていたけど、あるところから突然、私は光に包まれた。


「ターカス!ターカス!なにこれ!光ってるわ!」


「高速での飛行ですので、お嬢様のシェルターは外気との摩擦で光を発します。体をはみ出させないようにして、我慢なさって下さい。もっとも、飛行中はシェルターからは出られないようにロックを掛けてはございますが」


「我慢なんてものじゃないわ!素敵だわ!」



きらきらとした光に包まれて、やがて地上へ降りようとターカスが速度をゆるめた時、やっと私は自分が青空の中に浮かんでいるのがわかった。


「見えてまいりました。あれがケルンの街です。水辺へ降りますが、家はございません」


「え?どうして?」


「先の大戦でここは甚大な被害を受け、人々はいなくなりましたが、家もなくなってしまったのです」


「そう…」







私たちは、雄大な川が横たわる草地に立っていた。ターカスが「先の大戦」と言ったのは、もう五十年も前の話だったけど、ここはいまだに世界連から没収されたままの土地で、誰も人は住めないらしい。


「ねえ、ターカス。私は「家のあるところ」と言ったのよ。これじゃ住むどころじゃないじゃないの」


「ふふふ」


その時、私は初めてターカスが笑ったのを聞いた。


「なあに?笑ったのね?どうして笑うの?」


ワクワクとしてそう聞くと、ターカスは胸を張ってこう答えた。


「“おかしい”という気分に少しだけなったのです。お嬢様はご存知ではございませんが、わたくしたちメイドロボットは、有事の際には存分に力を発揮できるように作られております。普段はお嬢様たちに危害が及ばないように、わたくしたちのパワーには制御が掛かっておりますが、今は少々それを外させていただいてもよろしいでしょうか」


「どうして…?何をするの?ターカス…」


私はターカスが怖いわけではなかったけど、ちょっとだけ怖くなって、ターカスの背中にしがみつく。


「ご心配はいりません。家を建てなければならないので、そのために、お嬢様のお声をお借りしたいのです」


私はそれで胸が膨らむようになって、一気にこう叫んだ。


「いいわ!ホーミュリア一族本家現当主の名において命じます!ターカス、家を建てなさい!」


「かしこまりました」






私が水辺にあった丸太に座らせられると、ターカスはまず、その丸太の半分を切り取って、裁断し、削り、磨き上げてから組み立てて、ベンチを作ってくれた。


「さあ、ここへお座りになって、10分ほどお待ち下さい」


「ありがとうターカス。あなたはすごいのね。こんなの見たことなかったわ!」


「もったいなきお言葉でございます。ではお嬢様、お住まいになるのはどのような家がよろしいでしょうか?」


「そうね…じゃあ、白く塗った木のおうちがいいわ!こんなにたくさん木があるんですもの!」


「承知いたしました」





ターカスがくるりと後ろを向いてから、10分ほど目の前が目まぐるしい嵐に包まれたかと思うと、見えないほど速く、おそらくターカスが家の周りを回っていて、それに従いどんどん木でできた家は白く塗られていった。


あっという間に白い家が建ち、でもそれはターカスと私が二人で住むのにちょうどいい広さだった。


「申し訳ございません。以前のようにたくさんメイドがいるというわけにはまいりませんので、少し小さな家を建てさせていただきました。でもこれで、いつもわたくしの目の届くところにお嬢様がいらっしゃいますので、万が一にも何かが起きようはずもございません」


「忠実なるメイド長」ターカスはそう言って、また私を背中におぶい、家のドアを開けてくれた。


「ありがとうターカス!二人きりのおうちなんて、素敵だわ!」








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