魔物ハンターアリスちゃん後編
北の森に入ったアリスは暴虐の限りを尽くしていた。ブラッドウルフが出ればフレイムウォールで丸焼きにして、キリングスネークが出ればアイスロックで凍り漬けにして、たくさんの魔物を倒して死体を収納魔法で別空間に放り込んでいた。
途中で『肥料としては十分じゃないか?』と言ったのだが、アリスに『たくさん在庫を持ってると何度も来る必要がなくて便利なんですよ』と言われて帰投は却下されたのだった。
ちなみに防御魔法を重ねがけされた俺はスレッディングワームに噛みつかれたのだが、ワームの方が悲鳴を上げて口を離した。そしてそれを見ていたアリスが俺に治癒魔法をかけた、もっとも傷一つついていなかったのだが回復魔法はかけられた。なお俺に噛みついた魔物はバニシングフレアで消し飛ばされた。アリスはよほど腹が立っていたのか何一つ死体が残らないほどに消滅してしまった。
「アリスーーー!!! やりすぎじゃないか?」
「お兄ちゃんに喧嘩を売るのは私に喧嘩を売るより罪が重いのですよ!」
「いうて肥料にするほど残っていないだろう?」
アリスの魔法で焦げ跡になったワームの居た場所を見ながら言っておく。
「ふっ……私としてはこの森をまとめて肥料にしてやるのも辞さないのです! たかだか一匹や二匹は誤差ですよ誤差」
そう言って不敵に笑うアリスだった。森に入って早々魔物の死体は数体を収納魔法で回収していた。収納魔法が一体何体まで保存可能なのかは不明だが、アリスの言い方からするに森全てはいいすぎにしても手に持つよりははるかに多く収納できるのだろう。
幸い収納すれば重量は感じないらしいので、収納可能な限界まで詰め込んでもいいらしいとアリスから聞いた。収納限界について聞いたところ曖昧に言葉を濁して微笑みで誤魔化されたのでそこについては不明だった。
「さてお兄ちゃん! この調子でガンガン狩っていきますよ!」
そう言って一歩踏み出そうとしたところで……悲鳴が響いた。
「きゃああああああああ!!!!!!!」
それは甲高い絹を裂くような悲鳴だった、アリスにその事を伝えるとものすごく嫌そうな顔をした、コイツにも悲鳴は聞こえているはずなのになんでこんな顔ができるんだ。
「アリス!」
アリスは心底嫌そうに吐き捨てた。
「やめましょうよ、なんか助けたらお兄ちゃんに色目使いそうな女の悲鳴に聞こえるんですよね……魔物と戦うなら名誉の戦死は覚悟の上でしょう?」
「いや! 言ってる場合じゃないだろ! 命がかかってるんだぞ!」
「私そう言うのに心を動かされない人間なので」
そうこうしているうちにもう一つの悲鳴が響いた。
「助けてくれー!!!! 誰かいるんだろ!! コイツが死んじまう!」
「ふむ……男連れでしたか……紐付きならこちらに来ることも無さそうですね」
人として何かが間違っているようなことを言いながらアリスはのんびりと声の方に歩いて行った……かと思うと姿が消えた。
「アリス!?」
「ああ、空間を曲げて直通させました、お兄ちゃんも私の歩いた方に来てください」
恐る恐るアリスの向かった方に歩いて行くと突然景色が引き延ばされてから僅か後に圧縮された。
景色が歪んだ後元に戻った時には俺はアリスと一緒に別のところにいた。
「あんたら! 助けてくれ!! 金なら払う!! 都合がいいと思われるかもしれないが……」
「黙れ」
アリスが反吐が出るとでも言いたげに吐き捨ててから視線を変える。そちらにはボーングリズリーが居た。この森でもレアモンスター、基本的に出会うこともないので気にしなくていいと言われるアンデッドの一種だ。
「くそ! なんでこんなところに!」
『シャイニング・レイ』
アリスのその一言とともにボーングリズリーに光の雨が降り注ぎ、アンデッドのその身を焼き、そのまま消滅していった。
「はん……雑魚ですね」
そう言ってアリスは一片たりとも残らなかった魔物から視線変えてさっきまで襲われていた男とお腹に傷を負っている少女の方を見て嫌そうに詠唱した。
『光あれ』
先ほどアンデッドを焼いたのとは違う柔らかで優しげな光が少女を包んで傷口があっという間に塞がってしまった。
「さて……財布を置いていってもらいましょうか?」
アリスは少女がまだ寝ているのを確認してから男にそう言った。低く暗い暗渠から響いてくるような声だった。
「助けてくれたんじゃあ……」
男の顔が絶望に歪んだ。
「助けるのはただですよ? ここから村まで送ってあげるのに財布の半分、その子を助けるのにもう半分です。魔法をキャンセルしてもいいんですよ? もちろん傷は塞がらないでしょうし、今度はあなたがスケルトンやゾンビになることをお望みでしたらそうしますよ? あ、運が良ければリッチーくらいにはなれるかもしれませんね」
そう言って男を脅迫するアリス、清々しいまでにゲスい顔でカツアゲをするのだった。
「わ、分かった、俺の持っている金はこれで全部だ! だから助けてくれ!」
「よろしい」
『ポータル・ワープ』
光の柱が出現した、ポータルという言葉からおそらくそれが村に設置したポータルとやらへの移動路なのだろう。
「さて、行きますかね」
「俺たちも行くのか?」
「ええ、言ったでしょう? ポータルは私たちの家に設置したんですよ?」
ああ、確かに知らない連中を自宅にあげて放置するのはリスクがある。かといってこの二人を連れたまま狩りをするのは少々面倒だろう。先ほどのアリスの言葉からこの二人を積極的に助ける気は無いらしい。
そんなわけで俺たちの初回の狩りは魔物を狩った成果よりよほど多くの現金を入手して帰投することになったのだった。
「お兄ちゃん! 帰りましょう! あとそこの二人もさっさと来ないとポータル閉じちゃいますよ?」
ポータルがなんなのかは分かっていないだろうが、とにかく今はこの二人にも光の柱に飛び込むこと以外助かる道がないことは理解したのだろう、俺たちのについてくるようだった。
そして柱に飛び込んだ直後にいつもの見慣れた光景が現れた。どこからどう見ても俺たちの家だった。
「た……助かった……のか?」
アリスは楽しげに答えた。
「ええ、あなたたちは助かりましたよ、ではその女を連れて私たちの愛の巣からさっさと出て行ってくれませんかね……」
「ああ! 助かった! あんたらは命の恩人だ! 俺はクラートゥ、必ず礼はするこの子だって……」
「おっと、そこから先はストップです。あなたの名前はともかく他の女の名前をお兄ちゃんに教えるのは悪影響ですからね。まああなたの名前だけは私の記憶に刻んでおきますよ、ではさようなら」
そう言って二人を家の外に押し出した、少女の方は始終気絶したままで目を覚ますことは無かった。
二人を見送ってからアリスに尋ねる。
「俺たちは、というかほぼお前だけだが……人助けはしたんだよな?」
「ええ、報酬はしっかりと頂いたので構わないでしょう」
「肥料は回収し損ねたな」
まあそこはしょうがない、緊急事態だったからな。
「まあこれがあればそんな原始的な肥料は必要無いでしょう?」
そう言って革袋をドサリとテーブルに置いた。
「あ……さっきの財布……」
「肥料なんて買えるなら買えばいいんですよ。魔物の死体を使おうとしたのは原価が安いからであって、買えるなら買っちゃえば問題無いんですよ? それに……肥料をこのお金で買った方がいいこともあります」
「いいこと?」
アリスは諭すように説明を続けた。
「さて、この村の農業ギルドは供給量に合わせて報酬が支払われるわけですが……他所が収穫を減らしたら家の報酬は相対的に上がるわけですね、ここまではいいですか?」
「ああ」
イマイチ話が見えてこないのだが……
「そして肥料をこのお金で買い占めます、すると他の農家は肥料を買えないわけですよ、要するに……」
「分かった……よーく分かったからそう言うゲスい話はやめないか?」
狡猾な妹に呆れと尊敬を覚えるのだった。
そうして我が妹は賢者としては力だけがあり、人格面では酷く問題がある妹だと発覚したのだった。
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