真実の剣聖アガサ・アルヴェストン
剣気圧は密度があがれば、燃え、激しさを増し、雷を纏う。
だが、その激しすぎる剣気圧が人間に許された領域ではない。
否、どんな生物だろうと、許されなどしない。
生物としてのリミッターを解除した場合、そのものは果てしない力を行使できるだろうが、同時、自傷ダメージで細胞が死滅してしまうほどに熱く、振れるものすべてをズタズタに傷つけてしまう。かつてのアガサが自分を破壊してしまったように。
剣気圧の第三段階はその激しさを完全にコントロール下に置くことで、さらなる密度の体現を可能にする。
結果、鎧圧は蒼雷から、凪のようなころも状の半透明の層に変化し、実に穏やかになるのである。
「ばかな!! パワーですら……ッ! オレを上回るとでも……ッ?!」
アガサがトムランテニアの腕をひねり、トンッと優しく押した。
それだけで、トムランテニアはイーストフォートレスの外壁を突き破り、遥か郊外へ、数十キロの彼方へと吹っ飛んでいった。
ばらばらに砕け、即死したかと思われた。
だが、妖精王は終わらない。
肉片から瞬時に再生すると、こっそり持ち出していた、世界樹のエネルギーを放出しようとしはじめた。
「いいだろう……認めよう……お前は強い…だからこそ……これを贈ろうッッ!!」
地盤の下であらゆる命をはぐくみ、万物の流転を担う神秘の自然エネルギー。
虹色に輝き、どんどん圧縮されていく。
母なる大地を豊かにする膨大な魔力が、今、破壊の為だけに解き放たれる。
「世界樹は半径100kmすべての自然魔力を汲み上げたッッ!!! 言っただろう、アガサ・アルヴェストン、オレがその気になればいつでも帝国をおわらせられるとなッッ!!! 言葉通り、ゲオニエス帝国を消し炭に変えてやるッ!!!」
──最終精霊術・
妖精王はすべてを解き放った。
世界そのものをつかさどる深淵の渦の上澄みが、奔流となって東の要塞都市にまっすぐに向かってくる。
外壁のうえにいたゼラフォトやクリスティーナ、アギト、そのほか騎士団、帝国民たちは世界の終わりだと確信し、もはや逃げる気にすらなっていなかった。
「クリスちゃん、死にまえにボドゲ出したかったなぁ……」
「クリス先輩、残念でしたねェ」
諦める男剣王たち。
「いいえ、大丈夫です。遊戯盤はだせます。ほら」
全然、へっちゃらな様子のクリスティーナは自信たっぷりに外壁の向こうを指さす。
ゆっくり歩いてくる人影がある。アガサだ。
彼は程度な位置でたちどまり、崩壊の星を見つめる。
「……」
無言のまま、棒立ち、そして──
「奥の手か。なら俺も本気だ」
アガサはわずかに腰を落とし、そして、黙したまま抜刀した。
全力の『
悪夢で夢を見続けて千年。
無想を得た。無窮を知った。
無垢で、無限の究極の剣。
アガサはその一太刀で崩壊の星を斬った。
────
妖精王は森のなかにいた。
体は半分失われ、命がすべて流れ出てしまっていた。
残された時間などないことは明白だった。
動物のいない異様な森のなか、足音が遠くから聞こえてくる。
「ぁ、ぁ……」
遠くから剣士が歩いてくる。
最強の剣聖が。
アガサはまわりの森を見わたす。
ここは妖精王が暴走させた生命の源がつくりだした緑であった。
アガサは無言でそのことに納得すると、トムランテニアのそばまで来た。
「……まけ、た……? おれ、が……?」
「……」
「……すばらしい、たたかい、だった」
「ああ」
トムランテニアは深くため息をついた。
世界樹とつながっていたため、東の要塞都市の様子が手に取るようにわかったのだ。だから、ため息をついた。
最強の妖精術師と最強の剣士の戦いでは、誰一人として死傷者はいなかった。
このアガサという皇帝は各方面へ、人間圧と圧の刃を飛ばし、人民を無数の危険から救いながら、なお、妖精王に勝って見せたのである。
完全なる勝利だ。
「……はは、なるほど……たしかに、え、っけんだ……おれ、は、えっけん、していただけだ……たたかってなど、いなかった……」
「……」
「あがさ……おまえは、つよすぎだ……」
「あんたも強かった」
アガサらしい、淡白な賞賛だった。
だが、それだけで妖精王は満足できてしまっていた。
妖精王グルーヴィー・ホーエンセント・トムランテニアは真実の剣聖アガサ・アルヴェストンと出会えたこれまでのすべてに深く感謝をしながら、無機質な森の奥で静かに息をひきとった。
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