全ての妖精術を修めた者


 グルーヴィー・ホーエンセント・トムランテニア。

 遥か昔にこの世界にやってきた。

 美しく、強く、世界で最も優れた生物だと皆に認められていた。

 人間たちと交わり、やがてエルフと呼ばれる種族ができた。深き森のなかで生き、自然との調和をうたい、平和と悠久に寄り添った。


 トムランテニアはいにしえの世界であらゆる怪物と戦った。

 その全ての戦いの中で、命の危険を感じたことがなかった。

 どんなに手を抜いてもまさってしまう。

 いつしか孤独を感じるようになった。

 無限の生命エネルギーをもち、果てしない才能も誇っていた。

 創造主からのギフトは、この世のあらゆる技能と術の習得をも可能にした。


 虚しかった。

 自分と似た見た目のエルフという種族ができても、彼らは決してトムランテニア本人ではない。決して孤独などわからない。

 エルフは長生きだ。トムランテニアの血が入っているから。だが、決してトムランテニアと同じだけの時間を生きてはくれない。


 トムランテニアは長い眠りを繰り返すようになった。

 いつしか、果てしない孤独と、闘争本能の希薄化にともない、下位人格が生まれていった。


 端的に言って暇すぎて死にそうだった。

 ゆえに、トムランテニアの精神は、人格を分けて、無限の退屈に耐えられるよう──過酷な環境から逃れるため子供が自分の中に人格を見出すのと同じように進化した。


 そして、産まれたのがホーエンセントとグルーヴィーだった。


 どんな強者も、英雄も興味がなかった。

 なぜなら、どうせ勝ってしまうから。

 力だけが物を言う世界で、彼ははじめから最強を与えられていた。

 そのことを誰よりも自覚していた。


 しかし、ある時、彼は救済の予言を得た。

 それは未来の精霊と出会った時のことだった。


『100年後、そなたと比類する英雄があらわれる。剣の申し子だ』

「剣士か。あまり期待は出来ないな」

『出会うためにはそなたは何もしないほうがいい。そなたの行動は未来を変える力が強すぎる』

「……。いいだろう。では、余計なことをせずに、ただひたすらに待つとしよう」


 そうして、2人は出会った──。


 

 ────



 その戦いをアギトとクリスティーナとゼラフォトは遠めにただ見つめていた。

 市民の避難は騎士団の機転ですでにすんでいる。

 だから、被害者の心配はない。今のところは。


 遠くですさまじい激突が幾重にも起こっている。

 

「すげえな。アガサ君に追いすがる勢いだぜ、あのトムランタ」

「え? アガサ君、劣勢なんですか?」


 クリスティーナは目を細めて、どうにか自分の眼でアガサとトムランテニアの戦いを見ようとする。

 だが、なにかが高速で動き回り、空気は振動し、建物が砂埃みたいに宙を舞って、地震が起こっていることしかわからない。

 端的に言って、近づいたら死ぬ。そのことだけがわかっていた。


 状況を把握できているのは、ゼラフォトとアギトだけだ。


「あの、おじさま? アギト君? 教えてくださいよ」

「騎士団を使って、住民を町の外へ逃がしたほうがいいかもしれないですわァ」

「え、そんなですか?」

「アガサ君の真実の一太刀の射程は無限だ。ちょっと離れたくらいじゃ意味ねぇって」

「そうですかァ?」

「アガサ君はちゃんとこっちのこと気にして、間違えて斬らないように調整してくれてるってわけだな。ああ、完全に俺たち邪魔になってんなぁ」

「この距離で邪魔者扱いされたらもの生きてることが申し訳ないじゃないですか……」


 クリスティーナは不安げな顔をして、激戦の要塞都市東側を見つめる。


「でも、勝ちますよね、アガサ君ですもん」


 ゼラフォトとアギトは顔を見合わせる。


「まあ、勝つだろぉ」

「同意見っすねェ、余裕でェ」



 ────


 

 アガサとトムランテニアはとてつもない戦闘速度でもって、手を差しあっていた。

 基本はアガサは後退し続けるカタチだ。後ろ歩きで遠ざかり、それを妖精術で超強化状態に入ったトムランテニアが追いかける。


 トムランテニアの右ストレート。

 アガサの不可視の剣が叩き落とす。

 だが、トムランテニアはかすり傷を負うばかり。

 大きなダメージには程遠い。

 さらに、常時、妖精術・自然治癒を発動しているので、自己再生能力もまた一級品だ。


 建物を建物と思わない縦横無尽な追いかけっこは続く。

 彼らが地上をちょっとかけるだけで、ソニックブームが発生し、建物が砕け散る。


 トムランテニアは楽しげに笑い、高速戦闘のなかで術を組みたてていく。

 彼は肉体派のように見えて、誰よりも神秘への造詣ぞうけいが深いのだ。


 ──精霊術・精神干渉、乱舞、自殺願望


「アガサ、ここからが本番だ」


 避難していた市民たちが全速力でアガサとトムランテニアの戦闘区域に突っ込んできた。

 

 ──妖精術・火の蟲

 ──妖精術・雷光


 ホーエンセントの妖精術とは規模も威力もまるで違う。

 雷と猛炎は地上を蛇のようにのたうちまわり、帝国民を自動で虐殺するシステムへと変貌した。


 アガサは地を蹴ってとびあがり、真実の一太刀で全長2,000mもの炎雷の巨蛇を断つ。

 

「まだまだ」


 次々と巨蛇は現れていく。 

 その数、10は下らない。

 

 ──妖精術・原始樹海、降誕

 ──妖精術・世界樹

 ──妖精術・世界樹、完成式、汲み上げ開始

 

 イーストフォートレスの地盤がもちあがり、その下から巨大な樹の根っこがせりあがってきた。


「知ってるかい。世界樹のを」


 せりあがった直径数十メートル、長さ数百メートルの巨大な根っこは、都市を破壊しながら、天空へのぼっていき、やがて妖精国で見た世界樹のごとく、堂々たる威厳を放ち、文明の真ん中にそびえた。


 なにもかもが規格外。

 まさしくそんな言葉が似合う戦いぶりだ。


 アガサをして「知らなかった……世界樹って作れるのか……」と驚きを隠せていない。

 その間も、忙しく動き回り、アガサは巨大な蛇を斬っては、戦闘地域へ自殺しに来る帝国民を人間圧で精神干渉を打ち破り、避難を呼びかけていた。


 ただ、呑気に人民を助けさせてもらえるわけもなく──


「無視するな、妖精王への謁見中だぞ、アガサ」

 

 ──精霊術・純潔の閃光


 アガサの横っ面を光が撃ち抜いた。

 世界樹の影から、西に区画で避難をさせていたアガサへの狙撃──実に7,000m離れた地点からの精密狙撃であった。

 アガサは大きく吹っ飛ばされ、街中へ思いきりつっこんでしまう。

 すこし遅れてゴロゴロっという轟音が響く。

 空模様が変わって来た。

 天空は真っ黒い雨雲に満たされ、豪雨がふりはじめる。

 トムランテニアがその気になれば、天気などいかようにも表情を変える。

 妖精王の前では、自然すら彼のご機嫌をうかがうのだ。


「雷の精霊がいましがたオレの手元に戻って来た。よしよし、いい子だ」


 トムランテニアは精霊を変身させてつくった聖弓に、純潔の雷矢をつがえる。

 落雷10発を束ねた神話の武装である。

 帝国民を助けるのに奔走しているアガサを見て、狙いをつけながら、トムランテニアは笑ってしまった。


「大変だな、皇帝陛下は。守る者が多くて。だが、アガサ、君は最強なのだろう、だったらひとりも死なせず守ってみせてくれよ」


 雷が曲射で放たれる。

 数秒の後、花火のように空で爆発した。

 束ねた雷がとてつもない速さで地上へふりそそいでくる。


 その時、トムランテニアを猛烈な圧が襲った。

 覇気とも言うべきか。

 その直後だ。すべての雷が無数の斬撃跡を残して、散ったのは。


「真実の一太刀が……オレの雷を斬ったな。すごいぞ、頑張るものだ、アガサ」


 トムランテニアは聖弓で狙いをつけて西の区画、その一番の大通りを見やる。

 

 ”蒼雷”が地上にいた。立っていた。

 アガサだ。独特の寒色の波動は、剣気圧の展開率30%を超えた証である。

 まっすぐに冷たい眼差しが、されど烈火のような熱さ秘めた瞳が、遥か遠くのトムランテニアを見つかえしてきている。


「おお、恐い恐い、怒ったか、アガサ」


 トムランテニアは笑みを深め、おどけて肩をすくめてみせた。

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