どうします、戦いますか? やめましょう?
吸血鬼が朽ち果てるのを見届けた。
「いやぁ、余裕でしたねぇ、流石はアガサ様」
得意げな顔のインダーラが背後に現れた。
「どうでした、ナダの血脈が誇る最高峰の吸血鬼のチカラは」
瞑目し、しばし考える。
短い時間だったが、いろいろ攻撃された。
それなりにやつのことは理解したつもりだ。
結果、ノーコメントだ。
特に感想はない。
「……ナダの吸血鬼も浮かばれませんねぇ」
インダーラは苦笑混じりに、隣にたつと、黒い手帳へ開いた。
ちいさな声でつぶやく。
「片方の吸血鬼はだれかに倒されたようですねぇ」
「弱そうな女の剣聖か?」
「いいえ、ほかの剣聖でしょうねぇ。さきほどまでは3名いましたからぁ、この都市にぃ」
「3人も?」
いままでとは違う感じだ。
あの剣聖に聞いてみよう。
瞼を閉じて、気配を探す。
あの女の剣聖の気配は、へにゃへにゃしてて、ひんやりした感じの──いた、そこか。
屋根へ飛び乗り、駆け、逃げる剣聖に5秒で追いつく。
「おい」
「ひぇ!」
路地裏を全力疾走して離れていたところを、インダーラと俺は挟みこむかたちで剣聖を捕まえる。
本当に弱そうな剣聖だ。
最初に会った時にも、思ったがずっとおどおどしている。
剣聖はインダーラと俺を交互に見やり「ボクまだ死にたくないです!!」と言って、腰の剣を放り捨て、土下座してきた。
今までの剣聖とはちがう。
自信にあふれ、不遜で、こちらへ躊躇なく挑んできたやつらと毛色が違いすぎる。
どうしたものか。
剣聖である以上、倒しておきたい。
帝国剣術の権威失墜のために。
「俺はアガサ・アルヴェストン。真実の剣聖として、お前に決闘を申し込みたい。殺しはしない。お前を倒して、帝国剣術の権威失墜の礎とする」
「許してください、私、剣聖じゃないです! そのー、えーと、しがない氷細工職人でして……!」
「いいえぇ、この女は剣聖ですよぉ。そんな嘘通じませぇん」
「余計なこと言わないでくださいよ……! なんなんですか、あなたは! そんな不気味な顔して……!」
さっき自分は剣聖と言っていた気がする。
支離滅裂だ。動揺しているらしい。
「ボクを殺しても、帝国剣術の権威にダメージなんてはいりませんよ……さっきの吸血鬼との戦い見ていましたし、200%アガサ君、いえ、アガサさんのほうが強いってボクが一番理解してますから……!」
これでは埒が明かない。
「アガサ様」
デラメストレアの声だ。
カーが車椅子押している。
スーを膝上にのせて暗闇から出て来た。
女は「ひぇぇ?! どこから!!?」と顔を蒼白にしている。
「──100戦100勝は善にあらず。勝たずして敵を懐柔させることこそが最上である──そんな言葉がございます」
難しい事を言うな、この悪魔は。
「恐れながら、アガサ様は指導者の立場には向いておられない性格をしています」
「なに?」
「戦意を失った敵。二度と歯向かわないまでに心折った敵。そんな者たち、まあ、我らのような者を殺すメリットはないのです」
「腹立たしいやつへの報復こそが力を行使するカタルシスだろう。俺は我慢してきた人間なんでな。性善説が適用される高尚な人格なんてもってないんだ」
「おっしゃるとおり。その人格の形成にはインダーラがたぶんに関わっていますので私はなにも言いません。が……では、彼女の場合はどうでしょう」
デラメストレアの言葉を考える。
敵は排除する。
自分の意志を通すために必要な最小単位のアクションだ。
この弱気な剣聖は敵だろう。
俺の暗殺のために要塞都市に来たのは間違いない。
ただ、剣聖のくせに彼我の力量差も見極められず、俺を”確実に殺せる獲物”として見てきた傲慢で不遜な剣聖たちとは違う。
俺が彼女にいだくのは、怒りや敵意ではなく、ただ「弱そう……」という憐れみだけだ。
「リソースを最大限の効率で配分するんですよ、アガサ様」
カーは内に闇を秘めたような艶めかしい笑みをうかべる。
「どうします、戦いますか? やめましょう? ボクなんて倒しても、なんの足しにもならないですよ……」
「帝国剣術を捨てて、剣聖を辞職しろ。お前は俺に降伏し、帝国剣術は剣聖流に敗れた。そういうことにする」
「っ、そ、それじゃ、ボクは斬られない、と?」お前を斬る必要はなくなった」
悪魔たちを一瞥する。
彼らはいっせいに暗闇のなかへ姿を消した。
「あんたの名前は?」
「く、クリスティーナ、ロレンス、です」
「序列は? 二つ名は?」
クリスティーナ・ロレンス、27歳。
本業は氷細工職人。ひきこもり。
序列4位。凍圧の剣聖。
4歳から騎士として育てられる。
天才の自覚はある。
最近、サボテンを育てはじめる。
訊いてないことまでいろいろ答えてくれた。
「わかった。もういい。それでほかの剣聖はどこにいる」
剣聖オキナ、剣聖ゼラフォト、そして剣聖クリスティーナは俺を殺すよう、皇帝陛下の勅命を受けたにも関わらず、全然、腰をあげないものだから、つい先日、ついに強制出撃という名目で帝都を追い出されたらしい。
バンザイを極めれば強くなれると思い込んでる妄信家の集まりとばかり思っていた。
だが、皇帝への忠誠が極端に低い剣聖もいるらしい。
思えば、イレイナ・スティングスとかいうやつも、皇帝への忠誠心は偽物で、信仰をただ強くなるための道具として使っていた。
「あんた、そんな適当な性格でよく剣聖になれたな」
「て、適当って……ぼ、ボクは年上ですよ……」
「……」
「ひい、ごめんなさい、睨まないでぇ……! 適当です、適当に生きて来たんです……! 騎士団でなりあがったら温かい部屋で、現場に行かずに、いい生活できるってちいさい時から言われてたからちょっと剣を頑張ってたら剣聖になってました……!」
わりと俺と似た理由だ。
バリードの実家で俺は夢を見ていだいた。
強くなって、立派な騎士となり、貧乏で、虐げられつづける暮らしを変えることを。
強くなればすべてを変えられると思った。
だから、ガライラ剣術修練学校の門をたたいた。
俺には才能がなく、彼女にはあった。
それだけの違いなのだろう。
「わかった。もういい」
彼女は剣聖の居場所を知らないらしい。
ゼラフォトはどこかの氷の下に埋まってるとだけ言っていた。
あとはこっちで探そう。
悪魔に指示をだせば一発で見つかるだろうか。
背を向け歩きだす。
彼女にもう用はない。
「意外と人の心があるんですね……ボクもっと血に飢えた殺人鬼かと思ってました……」
喧嘩売ってるのだろうか。
「ああ、いえ、これは誉め言葉というか、思ったより、容赦あるっていうか……」
特になにも言わず、俺はぶつぶついってる凍圧の剣聖をおいて路地裏をあとにした。
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