怪物の恐怖


「へえ、吸血鬼の力を借りたい、ねぇ」


 吸血鬼の少女は血に濡れた口元を、愉快そうに歪めた。

 彼女の名前はルドルフィーナ。世に恐ろしいと名を轟かせる吸血鬼のなかでも、とりわけ危険と言われる『ナダの血脈』に名を連なる血の怪物だ。

 

 ナダの血脈は500年前の敗北以来、初めて吸血鬼による吸血鬼のための吸血鬼の集団である。

 

「でも、今は忙しい。ここ10年は特にね。吸血鬼を使って″組織づくり″をしているから」

「へえ、それはすごいわ。でも、あなたは吸血鬼の王でもなければ、吸血鬼の王の息子だったナダでもない。確かに強い吸血鬼でしょうけど、あなたくらいの器ならたくさんいるんじゃくて? 例えば、ほかのナダの血脈とか。ねえ、お兄さま」

「王の孫にあたる君は、ほかの吸血鬼を従える支配欲を抑えられなかったということ? でも、組織づくりの意味がわからないよ?」

「簡単に言えば、対等な立場の吸血鬼の集団を作るのよ。そこに王はいない。みんなで意思決定をくだす。そうしないと、私たちはいずれ1匹ずつ1匹ずつ狩人たちに狩られてしまうから。弱小な人間が組織的に動いて私たちに優勢を演じれているのなら、私たち吸血鬼という最強の個が組織として動けば、もう怖いものはないでしょう?」


 先進的な考えだ、と双子は顔を見合わせた。

 悪魔、天使、吸血鬼、人狼、月の怪物……世界には数多の厄災のようなモンスターが存在するが、彼らは人間よりも遥かに強力な力を持って生まれてくるにも関わらず、なぜか最後には打倒されてしまう。


 何でなのだろう。

 昔から疑問であった。


 ルドルフィーナは人間と怪物の違いを考えた結果として、怪物が個のチカラを過信するあまり、倒されているのだと気づいたのだ。


「でも、まあ、最大の違いは時間の感じ方にあると思うのだけれど。人間って100年で死ぬじゃない? だから早いのよね。自分が生きてる間になにかを成し遂げで死ぬから、あいつら気がついたら進化してて、気がついたら同胞の数が減ってるのよ。悪魔ならわかるでしょ、この感覚」

「無限の寿命、無敵の肉体が種族全体として見たら弱点だなんて皮肉な話ね、ねえお兄さま」

「でも、僕たち悪魔には人間よりも優れた知性があるよ。だから、この惰性もいつか克服できるよ、ねえお姉さま」


 悪魔はすこし毛色が違う怪物だ。

 ルドルフィーナは双子のスタンスが気に入らなかった。自分たち悪魔だけは、他の暴力しか取り柄のない怪物とは違うけど?──といった鼻につく態度が癪に触ったのだ。

 

 ルドルフィーナの足元の血から、3人の血の眷属が出てくる。元は人間だが、今では従順な怪物に変異させられた憐れな被害者たちだ。


「あまり私を不快にさせないで。痛い目にあいたいのかしら」

「無駄よ。属性すらもたない吸血鬼に悪魔の第三世界法則はどうにもできないわ、ねえお兄さま」


 聖遺物と悪魔狩りの属性、それと極端に強力な剣気圧だけが、悪魔以外の存在が──悪夢の怪物たる悪魔に有効ダメージを与える方法だ。


 聖遺物の多くは人類が回収し、教会勢力が補完してしまっている。

 悪魔狩りの属性は先天的なものだ。

 となると、残りは剣気圧による攻撃だけが悪魔への対抗手段だが、吸血鬼にとって剣気圧を習得するのは容易ではない。

 地道に剣を振るなんてことできないからだ。腕を振れば家屋が消し飛ぶのに、どうして剣など使う必要がある。

 人間と同じ事をするということも、最強を宿命づけられた種としての矜持が許さなかった。

 

 とはいえ、悪魔だけが特別に優れた怪物という訳ではない。彼らは契約に縛られに縛られているからだ。最も重大な契約の一つとして、悪魔は同じ怪物を殺傷するとペナルティがある。ゆえに、彼らから進んで怪物と戦う事はない。


「何事もバランスが大事、ねえお兄さま」

「僕たちは闇の子ども同士、仲良くしなくちゃ暗黒に怒られてしまいますからね、ねえお姉さま」


 ルドルフィーナは眉根をひくつかせる。


「はぁ……こちらだけ殺すという選択肢がない時点で話にならないわ。もう姿を見せないで」

「それでは世間話しただけになってしまうわ、ねえお兄さま」

「僕たちは暇じゃないんだよ。時間を無駄にしたくないよね、ねえお姉さま」


 双子の不満を無視して、ルドルフィーナは眷属たちを連れて部屋を出て行ってしまう。


「交渉失敗だわ、ねえお兄さま」

「やっぱり怪物との契約は難しいんだね。おじいさまの言っていた通りだね、ねえお姉さま」

「ええそうね。でも、ある意味では成功ではないかしら、ねえお兄さま」


 

 ────



 紅瞳と鋭い牙、黒い爪を隠匿して人間に化けたルドルフィーナは、その足でフッドの商店街へやってきた。


「目障りな悪魔どもが恐れる剣鬼アガサ、やつを血の術で洗脳すれば交渉できるわけね」


 ルドルフィーナは昔から自分は他の吸血鬼とは違うと自覚していた。


 ひとつは頭の良さだ。ほかの同胞たちがとりあえず殺そうとするところを、自分は一旦考えて、より利益のある選択をすることができる。

 もうひとつは、彼女が長い年月をかけて編み出した『血の洗脳術』である。

 人間に自分の血を打ち込んで支配し、怪物に変異させ、本物の吸血鬼に勝るとも劣らない怪物のシモベをつくりだせる恐ろしい技だ。


 ルドルフィーナは思う。

 私こそが吸血鬼を導くのだ。

 そのためには人間以外にも、他の怪物たちを牽制する力が必要である。

 最たるは悪魔たちである。

 別の世界『悪夢』に住む彼らは、ほかの怪物たちとは違い、ある種″貴族階級″にいるとも言える。


 普段は悪夢という自分たちだけの独立した世界で暮らし、余興として地上の人間やら、怪物やらを引っ掻きまわして悪意のままにもて遊ぶ。


「ドルは何であんな奴らと……あんたたち、剣鬼アガサを引っ張りだすわよ。存分に暴れて」


 今に見ていろ、悪魔。 

 吸血鬼の時代を再び取り戻すのだ。

 

「剣鬼も悪魔狩りたちも、みんな血で洗脳して対悪魔の組織も作ってやる」


 ルドルフィーナは騎士団の駐屯地にやって来た。

 夜になるとこの辺りには人通りがまったく無くなる。

 番兵たちはこんな時間に1人で出歩いている彼女を訝しむ目で見ている。


「どうしたんだいお嬢ちゃん」

「夜更けに1人で歩いてたら危ないよ?」

「あら、そうかしら。この状況で身の危険を感じるべきは貴方たちのほうだと思うけれど?」


 ルドルフィーナの目が血のように深い赤色に光った。


「ッ! きゅ、吸け──」


 番兵たちの首が宙に舞う。

 ルドルフィーナの細腕が正門に掛けられた。

 腕をちょっと押してやると、錠のかかった鋼の門はひしゃげ、轟音を発して弾けとんだ。


 ルドルフィーナは血の魔術を使い、騎士団駐屯地を囲む眷属に一斉に攻撃を仕掛けるように指示をだした。


「吸血鬼の襲撃だッ!」

「お前ら武器を持てぇえ!」


 宿舎の騎士たちが鐘の音に叩き起こされ、武器を手にするまで1分も掛からなかった。

 だが、本気を出した吸血鬼の速さは、寝起きの人間たちに準備させる暇さえ与えない。


 上官の声に部屋を飛び出せば、廊下を駆け抜ける吸血鬼に触れただけで肉塊となりはて、敵を視認する間もなく死ぬことになる。

 駐屯地は一瞬で恐怖のどん底に叩き落とされた。


「ひぃいい! 部屋を出るなぁああ!」

「吸血鬼は南棟の建物だ!」

「違う北の宿舎が襲われてる! 北へ行け!」

「何を馬鹿なこと言ってる、西の正門から少女の姿の吸血鬼が入ってきたんだぞ!」

「嘘だろ……一体、何匹いるんだ?」


 最悪な予感。 

 まさか1匹じゃない?

 普通、怪物種は群れることを好まないのに。


 剣を握ったまま、恐怖で動けなくなる騎士。

 キィーと嫌な音を鳴らして扉がゆっくりと開く。


「誰だ! 扉を開けるなと──」

「見ーつけた。こんばんわ、人間さん」


 赤い眼を爛々と輝かせる少女。


「ッ、怪物め! 喰らえ我が剣──」

「さようなら」


 斬りかかってきた騎士の胸をトンっを押す。

 吹っ飛ばされ窓を突き破って、夜の闇へ消えていった。


「お、お願い、します、命だけは……」

「家族がいるんです、お願いです、殺さないで……!」

「あはは、楽しい子豚さんたち。それじゃあ、可哀想だから助けてあげよっかな〜」

「「ほ、本当ですか?!」」

「嘘よん」


 少女のビンタで騎士の頭が破裂した。


 ──20分後


「あはははっ! やっぱり、私って頭良い!」


 ルドルフィーナは駐屯地を治める騎士団長の追い詰めて高笑いをする。


「く、クソッ! ど、どうして吸血鬼がこんな戦略的な動きを……」


 第10騎士団の騎士団長。

 帝国剣術九段の剣士だ。奥義を生み出していないだけで剣聖たちと同等の実力を持つと言われ、数年のうちに剣聖になるとされる本物の実力者のひとりである。


「びっくりしたでしょ? 吸血鬼にもチームくらい作れるんだから♪」

「ッ、お前がブレインだな──ここで斬る」


 騎士団は剣気圧を膨張させ、次の一瞬にすべてを解放した。


 ──帝国剣術奥義・無尽の幻剣

 ──帝国剣術奥義・神動剣

 ──帝国剣術三ノ型・帝剣三段斬り


 騎士団長は既存の奥義を組み合わせて、自分のまわりに鎧圧で構築した浮遊剣を2本つくりだし、それらを神動剣化させる神業を披露する。


「チェストォォオ!」


 己の握る鋼の刃とあわせて3枚の剣が、最大の気迫でもって高速で振り抜かれた。

 大将首さえ落とせば勝機はある──。

 起死回生の反撃の一振り目は、ルドルフィーナの頬をかすめ、二振り目はその右腕を斬り落とし、三振り目が脇腹を切り裂いた。


 いける。

 ここから帝剣三段で畳み掛ければ──

 一瞬の勝機に気が緩んだ時だった。

 騎士団長の足が突如ものすごい力で引っ張られたのだ。

 見れば赤い糸が絡まっているではないか。

 騎士団は目を見開いて、確実な死を予感した。


赫糸術かくしじゅつ

「しまっ──」


 自分の失敗を悟った時、騎士団長の身体は地面から50mの高さに持ち上げられていた。

 血の糸は吸血鬼の第三の腕と言われている。

 意のままに操れる糸には、どんなに細くとも、人間を持ち上げたり、投げたり、持ったまま叩きつけたりするに十分なパワーがある。


 騎士団長の身体は50mの高さから地面に叩き落とされ、また持ち上げられ叩きつけられ──そうして、何十回も餅を突くように執拗に石畳みに打ちつけられていく。


「あら、もう死んじゃったの? 汚い肉餅完成よー」


 騎士団長だったモノがぽいっと騎士団の宿舎へ投げ入れられる。見事窓から中へ入っていっていった。


 ルドルフィーナは仕上げとばかりに血の糸を矢のように放って宿舎の外壁を突き刺すと、それを思いきり縦に振りぬいた。

 宿舎は轟音を建てて真っ二つに崩壊した。


「あはは、思いっきり殺すとやっぱり楽しいわね。でも、今のが騎士団長クラスだなんて拍子抜けよね。英雄ってこんなに弱いものなのかしら」


 ルドルフィーナは腕を再生させ、動き確かめるように握って開いてを2回繰り返し、仲間を連れて駐屯地から出ていった。


 こうして吸血鬼と眷属からなる4体によって、ものの25分で第10騎士団総勢850名が殲滅された。


「さてと、人間の英雄は同胞を殺されてるとたいてい駆けつけてくるのよねぇ。お人好しって言うんだっけ。そろそろ、出てきてもいいんじゃない」


 剣鬼といえど、それは悪魔を殺す力を持っているからあの双子が過剰に恐れているだけ。

 吸血鬼である自分なら何の問題もなく倒せるし、洗脳して仲間にできる。


「騎士団長だってあんな楽に倒せたんだし、楽勝に違いないわ。ふふふ、剣鬼アガサ、怪物の恐怖を思い出させてあげる」


 ルドルフィーナは血に染まった笑みを浮かべた。



 ──一方その頃



「見ていなさいポンコツ悪魔。こうやって吸血鬼を誘導するのよ」

「なるほどぉ〜流石はカィナベル様ぁ」


 ─────

 ────

 ───

 ──

 ─

 

「アガサ、アガサ、大変だわ」

「何しに来たんだ」

「頭悪い感じの吸血鬼が大暴れしてるの!」

「……どういうことだ」

「はやくはやく! 人間なら吸血鬼を倒さないと!」

 

 宿で眠ろうとしていたアガサを、涙目のカーとスーが叩き起こす。彼らは両手を引っ張って、アガサを無理やりに宿屋から引きずり出した。


 アガサは「なにか始めやがったな、こいつら」という目をしながら付いて行くことにした。

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