第10話 デート
金曜日の夜、振替で休日だった佐川は夕方から外に出た。
用事を済ませて、ちょっと買い物をして、東梅田で友則を待つ。前回すっぽかしたままなので、埋め合わせのため、文句も言わずにわざわざ街に出て、友則とデートだ。
「おう、お疲れ。」
友則の姿を見ると、佐川は声をかけた。
「うわっ。」
珍しく、友則が声をあげた。
「アンタ、カッコいいな。」
私服の佐川は、初めてだ。フェイクレザーのジップアップのブルゾンにデニム。デニムはダメージジーンズをアンクルで折り返して、シックなスリッポンスニーカーと、つばを後ろにしてキャップをかぶっている。チラリとみえるインナーの白いシャツに、シルバーっぽいペンダントが光る。やんちゃ系イケメン…レザーが子供っぽさを排除して、顔つきと年齢に見合うセクシーさを演出している!と雑誌の見開きさながらの感想が、友則の脳裏をよぎった。
「俺もアンタみたいな服を着たい。行こう。買いに。」
「いや、似合わないだろ。」
佐川は岡山に出現した時の友則を思い出して吹き出した。特に傾向は間違っていない。襟のついたシャツが似合うし、長い脚はスリムなスラックスがぴったりだ。トラッド系、ブリティッシュのハイブランドだろう。とにかく、如何せん組み合わせはひどかった。
「まだ6時過ぎだから、ちょっと見てもいいだろう。」
今日は友則のいいなりだ。佐川は友則を連れて駅に入り、心当たりのショップをいくつか巡って、ほどよく買い物すると、8時前になった。友則は、カジュアルなボーダーのシャツに細身のチノパン、レザー風の黒いトレンチコートに着替えて、嬉しそうにしていた。二人で並ぶと、それぞれのレザーの存在感とバランスが悪くない。
「店どうする。なに食べたいんだ。」
「今週は結構疲れたから肉を食べる。横丁じゃなくて、ステーキショップでいいか?」
「マジか。」
佐川は今日こそはお詫びと、これまでのお返しを兼ねて御馳走しようと思っていたので多少たじろいだが、もうすぐボーナスだし、いいだろう。
「じゃあタクシーで三宮に行こう。」
「今から!?神戸?」
友則はさっそく空車を呼びとめる。佐川は慌てて駆け寄る。
「マジか。」
友則は車内で店の予約を済ませた。
「アンタと話したいから、個室に変えた。事前に予約は入れておいたけど。」
「鉄板のカウンターは、さすがに照れるわ。いいんじゃねーの。」
そう言いつつも佐川は、神戸牛の相場をなんとなくググりながら、なんとか予算の許容範囲なので、肉を楽しみにする方に気持ちを専念した。大通りでタクシーを降りると、友則は接待や会合でよく使う場所らしく、知った風な路地を行き、目的の店に案内された。
「なんだ、さすがだな。俺ちょっと楽しいよ。」
佐川は個室のテーブルに座ると、肉への関心が否応なく高まる。おしぼりを受け取り、注文を済ませて店員がテーブルを離れると、友則はずけずけと言う。
「嫌いじゃないんだけど、今日は泣くなよ。」
佐川は申し訳なさそうに照れ笑いした。
「まあ、なんだ、お前のおかげで、結構いい感じだ。いろいろ悪かったな。」
「アンタが楽しそうだと、なんか虚しいな。」
「どういうことだよ。加虐的な男なの、お前。」
「まさか。そんなわけない、けど、なんだろう。」
友則は、頼んだ赤ワインを二つのグラスに注ぎながら、自分の思いを確かめるように言葉にする。
「いや、正直、アンタが泣いてばっかりで、ちょっとイライラしてる。泣かないアンタと、話したい。泣くようなことをもう考えないアンタといたい。」
佐川自身、泣いたことはわかっているが、自分が泣いている時の状況や、相手の立場など考えている余裕がなかった。恥ずかしくなって、佐川はワイングラスをぐるぐると回す。
「悪かったよ、きっかけがああだったから、俺、たぶんちょっとお前に甘えてた。」
ワインを飲みながら前菜をつまみ、いつになく真面目な雰囲気で語り合った。肉が運ばれてくると、二人ともしばらく黙って神戸牛の極上赤身と特上サーロインに集中した。贅沢な肉料理に満足して、なんとなく言いにくそうにして佐川が口を開く。
「いろいろ世話になったけど、また普通に、まあ友人として、その、よろしくな。」
「俺はアンタが好きだ。」
「もうそれ聞いたよ。恋したいんだろ。」
佐川は笑った。
「アンタは、友達とセックスするのに、俺は抱けないと言ったな。どういう意味だ。」
突然岡山の夜を蒸し返されて、佐川は周囲に気を配るように声のトーンを落とす。いくら個室でも密室ではない。
「そのままだよ、俺とお前ではセックスできないという意味かな。」
友則は嫌そうに話す佐川に構わず、そのまま続けた。
「その違いはなんだ。アンタは大好きな友達と、セックスしてたんだろ。」
泣くなと言った男が、その原因を持ちだすとはどういうことだと思いながら佐川は言い返す。
「友達全部とセックスするわけじゃないだろ。好きだった人が、友達だったんだよ。」
ストンと納得したような顔で友則はつぶやく。佐川の顔は苦々しい。
「そういうことか。」
佐川はあきれたようにその顔を見てさっさと話題を変える。
「肉、ものすごい美味かったな。」
「また来る?」
「次のボーナスのあとでな。」
友則は笑った。
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