第33話 寒くて暖かい
平日にも関わらずあきが家に泊まっているというのは中々に違和感がある。
どうせ家には私一人しかいないからいつだっていいのだけれど。
夕暮れ時、制服から着替えることすらなく、中庭の窓を開けて夕日に当たって左右に揺れる。
夕日に当たりながら目を瞑り、頭を緩く回転させるのが心地よくて。
後ろからはあきが何かをしている音が聞こえてきて、改めてあきの存在を認識する。
かといって特に何かあるわけでもなくて。
あきが朝起こしてくれるなら熟睡できるなあ、なんてのんきに考えている私がいた。
少し目を開けてみるとすっかり外は闇に包まれ始めていた。
光の津波に目が飲まれるのを警戒していたのだけれど、目を開けてみればすっかり暗くなっていて、ほーんと何かあったわけでもないのに息が漏れた。
さっきまでは夕日が心地よかったのだけれど。
風邪をひいてしまいそうな寒さが肌を刺してくる。
「かえで、そろそろ閉めてよ。寒い」
後ろのほうから声が聞こえてきて、違和感を感じる。
家の中で誰かの声が聞こえる、というのは中々に違和感があるものだった。
「あき、弱い」
あきは寒さに弱い。
それでも私が気持ちよさそうに風に当たっていたから我慢してくれてたんだろうなあ、って気づいて仕方なく素直に窓を閉めた。
窓を閉めはしたけれど、そこから動く気にはなかなかなれない。
実に怠惰な自分に少し呆れるけれど、体はピクリともしないあたり私は私なんだなぁなんて思う。
しばらくボーっと夜のとばりが降りていくのを眺める。
段々と夜は地球に侵攻を開始してきていて、あと一ヵ月もしてしまえばこの時間にはすっかり暗くなっているんだろう。
私は夜のほうが好きだから冬は全然ウェルカムなんだけれど、あきは大変そうだ。
今以上に厚着になったあきはどうなってしまうのだろうか。
着膨れしたあきを想像して頬が上がるのを感じた。
「かえで、ご飯」
「んー……」
肩を叩かれて私の時間が動き始める。
どうやら寝落ちしてしまっていたようで。
薄く開いた目から覗ける中庭らしき闇は、私が寝落ちしたことを証明してくれていた。
時間が経つのは早いとあくびをしながらしみじみ。
「かえで、起きて」
私の視界は生憎曇天で、私の目を覗いているあきの顔が曇って見えた。
「ん~……」
上手く言葉が口から出てこなくて、体の自由が利かないのを自覚する。
そのぼんやりと頭が曇っているような感覚に心地よさを覚えてしまうあたり私は重傷だ。
「引っ張ってぇ……」
目をつぶり背中をぐだぁっと床につけて、だらしなく腕を突き出してあきに助けを求める。
寝ている間に少し汗を掻いていたのか、体がほんのりと火照っている気がした。
「かえで?」
あきが私の手を取ったのがわかったけれど、その手が引き上げられることはなかなかなくて、網にかかった魚はこんな気分なのかなあって思った。
……だとすると私は自分から釣り竿につられる魚になってしまうのだろうか。
「かえで……手、熱い」
「……ええ?」
何か情熱的なセリフに聞こえたけれど、声色からそんな気は全く取れない。
一体どういう事かと意図を探ってみるけれど、未だに私の頭はお寝ぼけさんみたいだ。
そのままあきが遠ざかっていくのを床に伝わる振動と、耳に伝わる振動で同時に感じる。
ああ、なんて息が口から零れる。
そのままだらしなく突き出した手がゆるりと下へと降りてきて、床に寝そべったままま脱力する。
体がほんのりとだるくて少し息苦しいのを感じる。
その心地よいだるさがいつもと少し質が違うような気がして。
寝起きの体のだるさに不安めいた感情を覚えるのは初めてなのかもしれなかった。
「かえで、ごめんね」
いつの間にかあきが戻ってきていたのか、声が聞こえた後しばらくして首元が楽になる。
これはまさかやってしまったのかもしれない。
そのまま制服のリボンがあきによって排除され、ピッと無機質な機械音と同時にわきの下に冷たいものが触れる。
いつもの調子だったらあーれー、なんて言ってとぼけるものだけれど、そんな気力がなくてああ、やってしまったなあと後悔する。
そのまま脱力して機械のお告げを待つ。
頭が少し回るようになってきたのか、自分の息も荒々しいのを自覚して溜息をもらす。
「ごめんねぇ、あき」
「いいから」
ピーッ、ピーッと無機質且つ無慈悲な悪魔の鳴き声が耳を突く。
耳を超えて脳にまで達してしまっているのか、私の頭の中ではじくじくとした痛みが、生まれたことに喜んでいるかの如く産声を上げ始めてもいた。
「三十九度……」
「ひゃぁ」
あきが弱いなんていってこのザマだ。
ただでさえ小さなこの背中は、私の情けなさまで背負ってしまったらしい。
「……かえで、ちょっと体引っ張るよ」
腕を引っ張られ、立膝の状態になるまで引っ張り上げられる。
そのまま太ももと腰にあきの腕が差し込まれ、グッと持ち上げられる。
あきの力が強いのか、私が貧弱なのか。
所謂お姫様抱っこと呼ばれる形であきに運ばれていく。
「かえで、わたしの首に手まわして抑えてね。このまま二階まで連れてくから」
風邪で私が弱っているのか、それともいつもよりあきが優しいのか。
一際優しい声が、じくじくと痛む頭に優しく響く。
すっかり渇いてしまった体に優しさが染み込んでいくのを感じて、あきに密着し体を委ねる。
人から与えられる無条件の優しさは私をダメにしてしまう。
しかし、それに逆らうこともできなくてその優しさに寄りかかる。
あきに触れている体から自分のものではない、温かい体温を感じてまた私から気力を奪っていくのを感じた。
あきが階段を慎重にゆっくり登っていく度に体が揺れて、まるで揺りかごで寝ているかのような安心感を覚える内に、意識が少しずつ薄れていって――。
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