第30話 秋
学校までの通学路。
隣にはいつものようにかえでが歩いている。
いや、わたしがかえでの隣を歩いている、の方が正しいか。
時間はわたしたちが何をしていても一人で進んでいってしまっていて。
わたしがかえでのペースに合わせて隣を歩いているうちにはとても時間が進むスピードには追いつけそうにはない。
それくらい時間が経つのはあっという間で。
気づいたらもう、紅葉が綺麗に映え、どこか心地の良い甘い匂いがしているような季節になっていた。
最近までかえでが夏の温度にとけている様子ばかり見ていた気がするけれど……。
かえでのペースに合わせて横を歩く。
かえでは意外と暑さに弱いめっぽう寒さには存外強いみたいで、防寒はカーディガンぐらいしか見受けられない。
わたしはマフラーを冬でもないのに巻いているのだけれど。
寒くて思わず身体が震える。
まだ秋だけれど、北の方なだけあって薄ら寒くて、空はすっかり雲を着込んでいた。
その雲の間から控えめに太陽は顔を出している。
もう少し太陽には大胆になって欲しい。
「あきは寒がりだねえ」
かえではそんなわたしを見てころころ笑う。
身体は寒くても笑っているかえでを見るだけでわたしの心は仄かな種火を得る。
わたしの身体は実にシンプルな構造をしているみたいだ。
「かえで寒くないの?」
「ぜんぜーん。君それでも東北人? シベリアかなんかに行っただけで死んじゃいそう」
粛清だーってかえでは一人で喋ってまたころころ笑う。
たとえわたしがシベリア送りにされても、隣にかえでがいるだけで、寒さなんかに負けることなくわたしは生きていける気がする。
でもかえでがいなければ、沖縄であろうと凍死してしまうんだろうなあって思う。
「あき」
何だろう。
かえでに顔を向けてその続きを待つ。
「秋だね」
ふふってかえでが猫みたいに笑う。
わたしだけにみせてくれるその笑顔。
こんな風にわたしは、かえでといつまで同じ季節を過ごせるのだろうか。
……暑い。
頭がクラクラする。
体温が上がっているのがわかってマフラーを外してカバンに入れる。
頭から湯気が出ている気もしてきた。
「おや、あきも暖かくなってきた?」
「……ちょっとね」
やっぱり私の太陽はかえでみたいだ。
「そういやあき」
また同じようにして言葉の続きを待つ。
かえでは変な相槌を求めてきたりしない。
ちゃんとわたしが話を聞いているのをわかっている。
「誕生日いつ?」
「あ」
そっか、もうそんな時期か。
わたしの名前は『あき』。
由来はそのまま、秋に生まれたから。
もちろんはるも春に生まれたから。
お母さんの名前も季節に関するものだし、お父さんの名前も季節に関するものだ。
運命的な出会いをしたのよー、ってお母さんはよく言う。
「今月の二十日でしょ」
かえでがわたしの誕生日をドンピシャで言い当てる。
十五年前の九月二十日にわたしはこの世に生まれてきたらしい。
「え、凄い。なんで?」
「そりゃまあLINEに出てくるし」
それもそうだ。
今思えばそんな機能あった気もしなくない。
「あき何欲しい? なんかあげるよ。私があげれるものだったら」
「え」
驚きで声が漏れる。
かえではそういう行事というかイベントに無頓着なイメージがわたしにはあった。
実際文化祭なんかもそうで。
クラスはそろそろ文化祭に向けて何かやろう――みたいな空気になってきたけれど、かえではそういうのに興味無いみたいで。
クラスの女の子がかえでに文化祭について、何か喋っていたけれど、曖昧な笑みだけ浮かべて少し困っていたのを覚えている。
「えって何さ。……心外」
ちょっと拗ねたふうにかえでは言う。
「それで、何か欲しいものある? 私にサプライズとか期待しないでよね」
かえでからわたしは今も今までも沢山、色んなものを貰ってきた。
隣を歩いてくれる……それ以外にわたしがかえでに求めるものはなんだろう。
わたしの欲求は至ってシンプルで。
かえでにわたしと同じ季節を、時間を過ごして欲しい。
欲しい……というかしたい。
……あとちょっぴりの独占欲もあるかもしれないけれど。
本当にそれだけで。
いつからこうなったのかは知らない。
なんでかえでが好きになったのかも覚えていない。
ただ他の人とかえでは少し違うのだ。
それは親がいないーとか、美人ーとか、そういうものではなくて。
もはや性別が女の子同士、とかそういうのはもう関係ない。
今更そんな事、わたしにとって考慮する必要すらないとも思う。
もちろんいろんな垣根や障壁だってあるし、今以上の関係――恋人同士、なんかを求めるのであればそれらにぶつかるだろう。
ボロボロにもなるかもしれない。
それでもしかたないじゃないか。
――好きになってしまったのだから。
どうも今のわたしには自分で自分に納得できるような理由付けができないようで。
せいぜい自分で自分にそう言い聞かせるしかない。
「……うーん」
「あきは結構欲張りだからなあ。私に難しいのはヤメテ、ね」
私に指を突き出して、まるで犬に「待て」をするような仕草をしてかえではそう言う。
かえでにとってわたしは犬なのかもしれない。
「わたし、欲張りかな」
「うん、結構」
わたしは欲張りなのだろうか。
かえでが欲しい、なんて言ったらかえではどう思うんだろう。
でもわたしが求めているのは『そういう』のだ。
そう考えてみれば確かにわたしは欲張りなのかもしれなかった。
「……考えとく」
「んー」
「あきにはお世話になってるからさ、少しぐらいは私からも何かあげなきゃ。対等じゃないでしょ?」
かえでの表情が少し曇った気がした。
「そんなことないよ」
かえでは少し謙虚すぎて、自分を下げてみているようなきらいがある。
恐らくわたしは、かえでの全てが好きなのだと思うけれど、こればかりは少し痛々しさを感じる。
「かえでは、生きて」
「死なないよ? 何さ突然」
「……そう、じゃなくて、生きててくれたら、嬉しい」
「なんでカタコト」
まああきだしな、って言ってかえでは笑う。
「欲しいもの、決まったかも」
「お、なになに? 簡単なのにしてね」
「かえでの誕生日をわたしに祝わせて」
そう言った途端、かえでが吹き出す。
「な、なんで?」
「いや、実にあきらしいな、って」
かえでがまた一回り大きく笑う。
「ん、わかった。それにしよう!」
一度かえでは落ち着いてそう言ったけれど、言い切った後笑いのツボが決壊したみたいにまた笑い始める。
この笑顔が欲しい、って思ってしまうのは欲張りすぎるのだろうか。
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