第24話 【おでかけ】

 かえでと地元では一番栄えている街に行く。

 電車で約三十分ほど。

 揺れる車内で特にやることも無く、かえでの寝顔を眺めながらわたし、伊藤あきは座席に背中を預け、寄りかかっていた。

 普段学校へ行っているのと余り変わらない感じがする。

 それもかえでか制服でいるからそう思えてしまうだけなのかもしれないけど。

 そう考えるとかえでがわたしの日常へ浸透してきているのだと実感して何だかこそばゆかった。


 かえでの寝顔を見つめていても飽きはしないのだけど、ずっと見つめているのもなんだか罪悪感があって、辺りをぼけーっとしながら流しみる。

 夏休みのこの時期では出かけている人が多いのか、高校生らしきカップルも見受けられる。

 彼氏らしき……男の子? 恐らく同年代らしき子にに男の子、と付けるのもなんだかおかしな感じだけど、男の子はしきりに前髪を気にして、何だか落ち着かない様子で二人用の向かい合った席に座っている。

 視線もなんだかソワソワしていて何度かわたしの視線と交わりそうにすらなった。

 一方その向こうの席ではそれを微笑みながら、男の子を真っ直ぐ見つめている、黒髪をボブにした女の子がちょこんと座っている。

 わたしの視線に気づいたのか、目と目が合って思わず会釈をしてしまった。

 すると向こうはこっちに手のひらをひらひらと振っていて、いい人なんだろうな、と呆気なく懐柔されてしまうわたしがいた。

 

 わたしも、……かえでとわたしもそういう関係に他人からは見えるのだろうか。

 学校ではあまりにもわたしがかえでと引っ付いているせいか、良からぬ噂も出回っていることは既に知っていた。


 一部の理解ある子や、そんなことそもそも気にかけてすらいないサバサバした子たちはそんなこと気にせずに関わってきてくれるけど、以前に比べ、話しかけられることは減ったのは否定できなかった。

 その一部の理解ある子ですら、わたしが本気でかえでに恋をしているなんて思ってはいないのだろうけど。

 まあ、別にいい。ハブられたりするのにはとっくに慣れっこで、むしろ一人でいることに安堵すらおぼえているわたしがいるのもまた事実なのだから。

 もちろん、かえでは別腹だけどね?

 一方かえでの方では以前に増して話しかけられることが多くなった気がする。

 それもわたしと一緒にいるようになってから純粋に寝ている時間が減ったからだと思うけど。

 以前は合間時間は基本寝ていたから。

 今思うとかえでもかえでで結構おかしーやつだ。

 

 そう、そして本題に戻るのだけど、わたしたちもそういう関係に見えたりはしないだろうか。

 特に注目されることも無さそうだけど、もし注目されるのであればわたしたちは姉妹か何かだと思われそうだけど。

 その時はきっとわたしの方が姉でかえでが妹に見られるはずだ。

 いつか、それが例えば――恋人、とかに見られるように、わたしはなれるだろうか。

 

 


 特にトラブルに遭遇することもなく無事に駅へ到着。

 まるで普段トラブルに巻き込まれているような物言いだけど、田舎――と一括りにしていいのかはわからないけど、わたしとかえでが通学に使っている電車にはよく鹿がぶつかったりする。

 そんなことを考えながら、普段使っている定期をポケットから取り出して、駅員さんへ見せたあとに改札から出て、そのまま駅から出て木の周りをベンチが囲っている所へと座った。

 駅のベンチから見る光景は中々見ることがない画角で思わず息がこぼれた。

 普段、帰りの乗り換えを待つ時に散々過ごした場所だけれど、中々周りを見ることがなくて、昔とは変わったのだなあ、と思う。

 どうやらわたしの中での駅周辺は小学生ぐらいの景色のままみたいで、何だか異世界へ来たみたいだった。


 地元の人が愛用していた地元唯一のデパートの看板はすっかり寂れて、入口にはテープが貼られ封鎖されている。不景気で潰れてしまったらしい。

 さすがにそういうのには気づきそうなものだけど、事実わたしは気づいていなくて。

 周りに関心がない人間なんだなあ、と心の中で独り言ちる。

 バス乗り場には。普段学生がよく座っているけれど、土日ではそんなことも無いみたいで人気がない。

 駅のホームではおじいちゃんやおばあちゃんが椅子に座っていて、改札の管理をする駅員さんと談笑をしていたり、隣の人と話してたり。

 場所は変わっても本質は変わらない、同じ田舎なんだな、ここも。

 

「いやあ眩しいねえ」


 隣にいるかえでは頭に手をサンバイザーのように当てて大袈裟に眩しがる。

 その絹のような白い手に伝う汗に少しドキリとした。


「かえで、たまには日光に当たんなきゃダメだよ?」


「ちゃーんと夜はお庭の窓開けて涼んでましたー」


「それ夜じゃん……」


「まね」


 そう言ってかえでが笑う。

 その顔は白く、シミのひとつも見当たらない。

 それでも血色が悪い訳ではなくて、ほんのりとピンクを帯びている。

 ちなみに今日はたんまりと日焼け止めを塗らせた。

 かえでの頬をムニュムニュできるのはあれが最後にならないことを祈る。

 わたしの目線に気づいたかえでがこっちを見て、へへって笑う。

 なんだこの愛おしい生き物は。

 

「あき? 何拝んでんの?」


「なんでもない、いこ」


 思わず拝んでしまっていたらしい。

 はっ、と息を飲んで今更何でもなさそうに取り繕ってベンチから立ち上がる。

 立ち上がるとかえではキョトンとした顔でこっちを見ると、クスッと笑ってん~と腕を伸ばす。

 意図がよくわからなくて首を傾げた。


「んー」


「んー……って言われてもなあ」


「これはかえで取扱い免許剥奪ですねえ」


「ええ……?」


「これは引っ張ってーって意味」


 覚えてよってわかりやすく頬をムスッと膨らませてこっちを見つめる。

 ハムスターみたいでかわいい。

 そのわざとらしい仕草すら、かえでのその小さな体では子供が駄々をこねているみたいで可愛く見えてしまうのだと思う……周りの人にとっては。

 わたしにはちょっと刺激が強すぎるかもしれない。


「なんてね」


 わたしが何も言えずにいるとんへへってかえでは笑った後、再度腕をんーってこっちに突き出す。


「わかったって」


 かえでを引っ張り上げようと、その腕を気持ち強めに引っ張る。


「んわわっ」


 力を入れすぎたのかかえでは意図も簡単にわたしの腕に引き上げられて、わたしの胸へと飛び込んできた。


「ちょ、ちょっとごめん! かえで軽すぎてっ」


「ふむ……」


「そ、そろそろ離れてっ」


「んー……」


 こう、なんだろうか。胸に顔を沈めた状態で話されると、こう……。

 

「悪くない」


「いいから!」


 かえでをちょっと軽く突き飛ばして、おっとっととかえでが少し離れた場所でバランスを取る。


「あ……ごめん」


「んーん。いこっか? そろそろ」


 わたしの前までかえでは歩いてきて、わたしに手をんーと突き出して「これは手を取ってって、意味ね。わたし方向音痴だから」なんていう。

 なんだかまだもやもやしたままだけれど、一度その霧を吹き飛ばしてかえでの手を取った。

 そういや、目的地……は?


「かえで、……どこ行くの?」


「さんぽ!」


 わーいってわざとらしくかえではわたしの腕ごと両腕をあげる。

 ……やっぱちっちゃい。

 かえでらしいと言えばかえでらしいけど。

 そんなかえでがわたしには凄く可愛く見えて、愛おしくて。

 一度つないでいたその手を離して、かえでの脇に両腕を挟み持ち上げてみる。


「ちょちょちょ」


 アタフタはするけれど特に抵抗はしない。

 まるで首根っこを掴まれた猫みたいだ。

 かえではスポンジなんだと思う。

 周りの水を吸っていくスポンジ。

 水が流れてくれば受け入れはするけれど、自分から水が流れる場所へは動かない。

 そして吸いすぎてしまったら一人でに萎れていってしまうような。

 かといって水がないと自分ができることは他にはない、とも思っていそうな。

 そんなスポンジ。


 わたしがかえでを持ち上げて、かえでは少し困惑した顔をしながらもどこか浮かれていて。

 ――なんか凄く笑えてきてしまう。

 幸せなのか楽しいのかわかんないけど、本当に何か凄く笑えてきて。

 久々――三日ぶりのかえで成分を摂取しているからかもしれない。

 ――幸せだ。


「あき? ふ、ふふ」


 そんなわたしがおかしいのかかえでも笑い出す。

 よくわかんないけど――本当に本当に幸せだ。

 しみじみそう思った。


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