第18話

 私が衣装作りを好きになったきっかけは愛莉ちゃんが着ていた服を見た事だった。愛莉ちゃんは昔から皆と違うような服を着ていたのだけれど、私は幼心にとても可愛らしくて羨ましいと思っていた。それに、いつ見ても愛莉ちゃんの為に作られた服なのではないかと思うくらいピッタリはまっていた。

 今では愛莉ちゃんの私服は恭也さんが愛莉ちゃんの為に作っているものだから似合うのだろうとわかっているのだけれど、当時小学生だった恭也さんが愛莉ちゃんの服を作ることが出来たのかと思っていて、その疑問を愛莉ちゃんにぶつけてみたところ、帰ってきた答えは私の予想とは違うものだった。


「そう言えば、私って既製品の服って制服とかジャージくらいしか着た事ないかも。今はお兄ちゃんが作ってくれた服を着ているし、その前はおばあちゃんが仕立ててくれた服を着てたんだよ」

「へえ、だから愛莉ちゃんの着てる服はとても似合っていたんだね」

「そうなんだよね。私はおばあちゃんの作ってくれる服が好きなんだ。同じ服を着ていたら泉の方が可愛いって知ってたからさ、私に似合う服を着て少しでも差を縮めようって思ってたんだよ。でも、ちょっと考えてみたらさ、可愛らしさの方向性が違ったと思うんだよね。そのおかげかわからないけど、私は泉に対して負けたって思ったことは無かったね。今にして思えば、とんだ思い上がりだったとわかるけど、当時の私はおばあちゃんの作った服を着ている時は無敵だと思ってたさ」

「でもさ、本当に愛莉ちゃんに似合ってたよね。いっつもオシャレだったから真似しようと思ってママにお願いしてみたんだけどさ、愛莉ちゃんの着ている服は手作りなんだから真似できないよって言われてショックだったもん」

「まあ、手作りだったら真似しようと思っても出来ないよな。同じ服を着るにも身長が違ったから泉には似合わなかっただろうし、おばあちゃんも泉の分を作るほど元気じゃ無かったからね。それでもさ、泉は小学校低学年からずっと裁縫に目覚めてたよな。小さいことからコツコツとやっていけばいつかはちゃんとした技術が身に付いて何でも作れるようになるよって言葉を信じて今でも続けているんだもんな」

「そうなんだよね。私は愛莉ちゃんのおばあちゃんから教えてもらった言葉を聞いて、やらなきゃって思ったからね。あの時たまたま愛莉ちゃんの家に遊びに行かなければ、私はこうして衣装を作るようなことは出来なかったかもしれないね」

「そうだな。でもさ、あの時も泉って私の陰に隠れておばあちゃんと話をしてたよな。おばあちゃんも顔が見えない泉に何て言えばいいのかわからなくて困ってたけど、私と泉の様子を察してくれたおばあちゃんは泉に服を作るコツを教えてくれたんだよね」

「そうなんだよね。なんでもコツコツと繰り返すことで上手になる。それは当たり前のことかもしれないけど、それをやってきたおばあちゃんの作る服はどれも素敵だったから説得力があるよね」

「へえ、泉先輩が衣装を作るきっかけになったのって、山口先輩だったんですね。でも、時々見かける山口先輩の私服ってどれもオシャレだなって思ってたんですけど、全部手作りのオーダーメイドって凄いですよね。そりゃ、いつ見ても似合ってるはずですよ」

「オーダーメイドって言っても作ってくれているのは私のお兄ちゃんなんだけどね。今はまだ無名だけど、あれだけ素敵な服を作れるんだから自慢のお兄ちゃんだよ」

「イヤイヤ、無名なわけないじゃないですか。この前買ったファッション誌に山口先輩のお兄さんらしき人がインタビューを受けてるところが載ってましたよ。お兄さんの名前って、山口恭也ですか?」

「お兄ちゃんの名前は恭也だけど、雑誌に載るなんて聞いてないよ」

「言ってないって事は、内緒だったんですかね。でも、雑誌に出るって事は誰かに知られても大丈夫って事でしょうしいいんじゃないですかね。明日その雑誌持ってきましょうか?」

「うん、お願い。泉もお兄ちゃんが出てる雑誌気になるでしょ?」

「恭也さんが出てるのって気になるよね。朋花ちゃんが覚えている範囲で教えてもらってもいいかな?」

「確か、若手ナンバーワンみたいな感じだったと思いますよ。インタビュー記事はちゃんと見ないで載ってる服だけ見てたんですけど、どれも可愛らしくていいなって思いましたもん。あれ、あの服ってどっかで見たことあるような気がしていたんですけど、もしかしたら山口先輩が着てた服なんじゃないですかね。もしもそうだったとしたら、山口先輩のために作られた服が認められたって事ですよね。それって、凄いことですよね」


 私は愛莉ちゃんのおばあちゃんから服を作る時の基本的な事を教えてもらって、恭也さんからは色々な技術や色遣いなんかを教わっている。今はまだ自分で全て作ることは出来ないけれど、いつの日か私が作った服を信寛君や愛莉ちゃんが着てくれるといいな。そんなささやかな夢が私の目標だったりする。でも、愛莉ちゃんに似合うような服を作るのって恭也さんに対抗するみたいで全然自信が無かったりするんだけど、恭也さんとは違う方向性で愛莉ちゃんに似合うような服を作ればいいんじゃないかなって思うようにもなっていた。これは、愛莉ちゃんが杏子ちゃんと話していたことからヒントを得たのだけれど、それはそれで的を射ている考えだと思った。


「私は山口先輩のお兄さんとか泉先輩みたいに上手に作ることは出来ないけど、もっと努力して人前に出しても恥ずかしくないような物を作れるように頑張りますね。とりあえず、卒業公演までには泉先輩に来てもらう衣装を作るつもりですけど、どんな話になるのかもまだ決まってない段階ですし、あんまり期待しないでくださいね」

「泉、良かったな。脚本も衣装も泉のために作ってくれるって、本当にいい後輩をもったよな」

「うん、嬉しいけどさ、本当に嬉しいんだけどさ。みんな、私が人前に立つの苦手だって知っててやってるんだよね?」

「人前って言っても、観客は演劇部の部員だけだろ?」

「そうなんだけどさ、それでも私は緊張しちゃうんだよ」

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