第13話
演劇部は今年の学校祭でも愛莉ちゃんが脚本を書いた劇を上演することに決まった。私は今年こそ主役を後輩の朋花ちゃんに譲ろうと思っていたのだけれど、信寛君と一緒に舞台に立てる最後の機会だという事もあって朋花ちゃんに譲るのをやめたのだ。本当のことを言うと、信寛君が心を込めた愛の告白を他の人に向けて欲しくないというのが一番の理由だった。芝居だとしても信寛君が誰かに愛の告白をするのは嫌だった。
部活動に興味なんて無いという顔を普段からしている愛莉ちゃんではあったが、学校祭のこの芝居の時だけは演劇部の客員部員という立場になって脚本の構成会議にだけは参加している。もちろん、芝居に関しては素人な愛莉ちゃんなので彼女の脚本のままでは舞台として成立していない個所や高校生の力では演じるのが難しいと思われるような場所は適宜変更することになるのだが、愛莉ちゃんが一番力を入れている個所が変えられなければ他は好きにしてもかまわないというスタンスなのである。愛莉ちゃんが変えて欲しくないというところは、もちろん愛の告白の場面なのだ。
最初は信寛君演じる王子様の愛の告白に私が演じる王女様が応えて抱きしめてキスをするという脚本だったのだが、高校生の舞台という事もあって抱き合うのとキスをするという事は変更になった。もしかしたら、今の私だったら変更をしなくても良かったと思ってしまうのかもしれないが、高校一年生の時の私も信寛君もその話を聞いただけで耳まで真っ赤になるくらい赤くなっていたのを思い出した。去年も愛莉ちゃんはめげずに脚本にキスをするという一文を加えていたのだが、それは顧問の若井先生の独断で却下されることとなったのだ。
「今年も泉はこの役を誰かに譲りたいって駄々をこねるのかと思ってたんだけどさ、今年は意外とやる気だよね。見た目ではわかりにくいけどさ、脚本を見てる目が今までとなんか違うんだよね」
「そうかな。私はいつもと変わらないと思うんだけどな。もしかしたら、高校生活最後だから最後までやり遂げたいって思いもあるのかもね」
「それならいいんだけどさ、やっぱり彼氏彼女の関係になると見方も変わってくるってやつなの?」
「どうだろうね。私はそんなに意識してないって言うか、意識しちゃうといつも以上に緊張しちゃいそうでなるべくなら何も考えないようにしてるかもな。今は少しだけ信寛君の隣にいることに慣れてきたけど、やっぱり顔を見たら緊張しちゃうんだよね」
「へえ、いつの間にか呼び方を奥谷君から信寛君に変えたんだね。泉にしては思い切ってるよね。前の泉だったら奥谷と付き合ったとしても名前呼びなんて恥ずかしくて出来ないって言ってそうなのにさ、人間って成長するもんなんだね」
「成長っていうのかな。でも、最初は緊張してしまってたけど、今では少しずつ慣れてきてるかもしれないよ。愛莉ちゃんは梓ちゃんの事をいつから名前で呼ぶようになったの?」
「私はいつだろうな。特に意識もせずに自然とそうなったかもね。泉は自然にそうなったんじゃなくて奥谷に名前で呼んでくれって言われたでしょ?」
「え、そうだけど、どうしてそう思ったの?」
「泉と奥谷のやりそうなことくらい大体わかるからね。小さい時からただ近くにいただけじゃなくて、二人の成長を見守っていたんだよ」
「成長を見守るって、同い年じゃない。私だって愛莉ちゃんが成長しているところはみているんだからね。でも、愛莉ちゃんって私よりもなんでも成長早いよね」
「そうかな。もしかしたら、私にはお兄ちゃんがいるからそれも影響しているのかもね。それと、私は泉と違って近くのお兄さんお姉さんとも緊張せずに遊んでたってのもあるかもね。泉って私のお兄ちゃんともまともに顔を見て話せないもんね」
「恭也さんは良い人だってわかってるんだけどさ、大人の男の人ってちょっと怖いんだよね。悪いことしないってわかっててもさ、大人の男の人ってだけで普通の三倍は怖いかもしれないよ」
「でもね、お兄ちゃんは泉の事を心配してたりもしたんだよ。みんなで遊ぼうとしている時でも一人だけ離れた場所で見てるだけだし、誰かが仲間に誘おうとしても近付いただけで逃げてたもんね。本当は仲間に入りたいのに私以外とは話せないって理由で仲間にならなかったってお兄ちゃんは気付いてるんだよ。お兄ちゃんだけじゃなくお兄ちゃんの友達も気付いてたんだけどね」
「そうは言うけどさ、私だって一緒に遊んだことあるじゃない。確か、あの時は皆で雪だるまを作ってたと思うよ。あの時は楽しかったな」
「ああ、大雪が降った次の日だよね。あの時はなぜか泉が乗り気だったんだけど、確かあの時って奥谷が風邪ひいて寝込んでた時じゃなかったけ?」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。間違いないよ。だって、泉が自分から雪だるまを作りたいから手伝ってってお兄ちゃんに言ってたもん。そんなレアな体験を忘れるわけないし、泉は雪だるまを作りながら、のぶ君の病気がこの雪だるまにうつるといいな。って言ってたもんね」
「ちょっと、私はそんなこと言ってないと思うけど。確かに、信寛君が風邪か何かで寝込んでいたとは思うけどさ、そんな事を言った記憶は無いんだけど」
「まあ、子供だった私達の記憶はあてにならないかもしれないんだし、今度お兄ちゃんに聞いてみることにしようか。きっとお兄ちゃんなら覚えてると思うよ」
「いやいや、わざわざそんな事を聞かなくてもいいと思うよ。録画しているわけじゃないんだからハッキリした答えは出ないだろうし、雪だるまを一緒に作ったってだけで良いと思うんだけどな」
「でもさ、お兄ちゃんは泉が頼ってくれて嬉しかったんだと思うよ。普段は私とだけは仲の良い泉がお兄ちゃんの事を頼ってくれたんだもんね。お兄ちゃんは地味に泉と奥谷の事を妹と弟みたいに思ってたりするんだよ。奥谷は結構お兄ちゃんと遊んでくれてたけどさ、泉ってその雪だるまの一回だけだもんね。もしかしたら、泉は奥谷の病気の事で必死過ぎて覚えてないかもしれないけどさ、お兄ちゃんは冬になると毎年雪だるまを作ってるんだからね。最近は手のひらに乗るような小さいのばっかりだけど、泉と一緒に作った思い出を忘れないように作ってるのかもしれないね」
「そう言われるとさ、恭也さんとちゃんとお話をしていないってのは心苦しいものがあるね。でも、信寛君ってそんなに恭也さんと仲が良いの?」
「うん、凄く仲が良いよ。お兄ちゃんも奥谷も二人ともゲームが好きなんだけど、今でもお兄ちゃんが帰ってきたら奥谷を呼んでゲームとかしてるからね。私の知らないところでネットで一緒にゲームやったりもしてるみたいだけどさ、やっぱり隣でやるのが一番楽しいってお兄ちゃんが言ってたよ」
「へえ、意外だな。私といる時ってあんまりゲームの話とかしてないからな。信寛君は何となくゲームやりそうだけど、恭也さんがゲームをやるのって意外かも」
「確かにね。お兄ちゃんはどっちかって言うとコスプレの衣装を作ってるって印象を持たれてるかもしれないけどさ、コスプレの衣装ってほとんどゲームのキャラのやつなんだよね。どっちかって言うと、お兄ちゃんはもともとゲームが好きでその衣装を私に着せる目的で作ってたんだよ。お兄ちゃん的には私の体型もゲームキャラに近づけて欲しいとか思ってるみたいだけどさ、あんなに細くなれるわけないんだよね。でも、泉ってお兄ちゃんの理想に近い体型しているかもしれないよ。何となくお兄ちゃんの好きなキャラに似てる気がするんだけど、もしかして、お兄ちゃんって泉に似てるからあのキャラを推しているのかな。もしも、そうだったとしたらそれはそれで気持ち悪いかも」
愛莉ちゃんは口では気持ち悪いと言いつつも、恭也さんの好きなゲームキャラを私に見せてくれた。何となく言われてみれば私に似ているように思えなくも無いけれど、髪の長さと胸の大きさが違うように見えるな。確かに、顔つきとか体型は似ているかもしれないけれど、髪の長さと胸の大きさは全然違うんだよな。
「ね、見てみたら何となく泉に似てるでしょ?」
「うん、似てるかもしれないね。でも、この子はセーラー服だからすぐにマネ出来るってもんでもないし、髪も切らないと似てるかわからないよね」
「あと胸の大きさね」
「でもさ、髪は切らなくても短く見えるウイッグとかもあるかもしれないよね。頼まれてもやらないと思うけどさ」
「そうだよね。胸の大きさが全然違うもんね」
「とはいうものの、恭也さんには去年も一昨年も衣装作りで協力してもらったからな。一度くらいだったら着てみてもいいかなって思うけどさ、その時は信寛君も一緒じゃないとダメかも。信寛君にも見てもらいたいけど恥ずかしいって気持ちもあるんだよね」
「ま、胸の大きさは何か詰めれば誤魔化せるだろうしね」
「胸はどうでもいいの。でも、恭也さんは私に似てるからってそのキャラを使ってるんだね」
「いや、使ってないよ」
「え、好きなのに使ってないの?」
「うん、お兄ちゃんはあんまり女のキャラを使わないからね。どっちかって言うと、奥谷の方が使ってると思うよ。あれ、もしかして、奥谷は泉に似てるって理由でそのキャラを使ってるのかもしれないね」
「でもさ、そんなにそっくりかって言われたら微妙だと思うんだよね。多少は雰囲気とかにているかもしれないけどさ、じっくり見たら違う気もしてるよね」
「じっくり見なければ似てるんだしそれでいいじゃん。そうそう、お兄ちゃんは来週から一週間帰ってくるって言ってたんで、その時に衣装の相談をしようって言ってたよ。今回で高校生活も最後の年だし、今までで一番いいものを作ろうねって言ってたよ。あ、奥谷のは泉が一人で作るようにって言ってたわ」
「え、私が一から作るなんて無理でしょ。時間だって全然足りないよ」
「でもさ、大好きな彼氏の衣装を一人で作るのって凄いことだと思うな。私は泉とかお兄ちゃんみたいに器用じゃないからやろうと思っても出来ないけどさ、それが出来るんだから頑張るのもいいと思うよ」
「そうだね。今年で最後の舞台だし、いっちょ気合い入れてやってみようかな」
「そうだよ。泉と奥谷が頑張るって言うんだから私も去年よりもいい脚本になるように頑張らないとね。って言っても、若井先生には去年から少し変更した脚本を渡してたりもするんだよね。それがOKならみんなにも渡すと思うけどさ。あ、今年はちゃんと要望通りにキスシーンは入れておかなかったからね。去年までは奥谷とキスなんて出来るチャンスが舞台上だけだったのにさ、今はキスがしたかったら誰も見てないところですればいいんだしね」
「ちょっと、そんなこと言っちゃだめだよ。恥ずかしいじゃん」
「ねえねえ、どこで最初にキスしたか教えてよ。幼馴染なんだからそれくらい教えてくれてもいいでしょ?」
「まだしてないよ」
「え、嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。してないもん」
「へえ、てっきりしてるもんだと思ってたわ。この前も二人でコソコソ映画を見に行ってたし、その時の帰りにでもしたのかと思ってたんだけどね」
「キスどころか、手を繋いだこともないの」
「そうなんだ。泉が恥ずかしがり屋で緊張しいで臆病なのは知ってるんだけどさ、意外と奥谷も恋人に対してはそういう面があるのかもね。でもさ、それだけ大事にされてるって事なんじゃないのかな?」
「そうだとは思うんだけどさ、キスはまだ早いかもしれないけど、手は繋ぎたいな」
「そうだよね。好きな人とは手を繋ぎたいって思うよね。私は付き合う前から手は繋いでたと思うけど、梓って誰に対しても距離が近いからそういうところってあるよね。それはそれでいいと思うんだけどさ、誰とでも距離が近いってのは見てる分にはハラハラしちゃうんだよね。だからさ、奥谷くらいの臆病者の方がいいのかもしれないよ。それにさ、小さい時は手を繋いでどこかへ行ったりもしてたんだし、近いうちに手を繋いでくれるって」
「それなんだけどさ、私は信寛君に触れたことが無いような気がするんだよね。手を繋ぐ時でも何か渡す時でも、私は必ず愛莉ちゃんを挟んで信寛君に接してたような気がするんだよ」
「ああ、そう言われたらそうだったかもな。泉って小さい時から何かをする時は必ず私を通してたもんな。酷い時なんて泉のお母さんを呼ぶ時にも私を使ってたし。」
「そんなことあったかな。記憶に無いんだけど」
「自分の家族にも緊張して声をかけれないって異常だと思ったけどさ、その時はそれが泉のあたりまえなんだなって思ってたかも。でも、それってやっぱり異常だわ」
「その時だけでしょ。今は普通に話せるもん」
「自分の親と話せない方がまずいだろ。そんなんだからさ、私のお兄ちゃんは雪だるまを作る時に泉が頼ってくれたのが嬉しかったんだと思うよ。来週の衣装作りはお兄ちゃんも楽しみにしてるって言ってたよ。すでに何パターンか考えてあるって言ってたからね」
「恭也さんのデザインする服はどれも素敵だから楽しみだな。でも、今年もきっと愛莉ちゃんの為に作ったやつをちょっと変えた感じのやつでしょ。それはそれで愛莉ちゃんとお揃いみたいで好きなんだけどね」
「あ、今年は高校生活最後だし、三年間逃げなかったから泉のために作ってあげるって言ってたよ。だから、今年はお揃いじゃないね」
愛莉ちゃんの為にしか服を作らない恭也さんが私の為だけに服をデザインしてくれるというのはとても嬉しくて涙が出そうになっていた。もしも、恭也さんの気が変わって愛莉ちゃんの服を作ってたとしても、私のためにゼロからデザインをしてれたと言う事実は変わらないのだ。それがとても嬉しかった。
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