第11話
信寛君と一緒に映画を見に行くのだけれど、今日は部活が無かったので学校帰りにお使いを頼まれてしまっていたために一緒に映画館に行くことは出来なかった。信寛君は買い物にも付き合ってくれると言ってはくれたのだけれど、色々と理由があってそれは遠慮してもらう事にした。きっと、信寛君が一緒に居ても気まずい感じになって映画を楽しめないと思ったからだ。
私は買ってきたものをママに手渡すと、ママは私に映画のチケット代をくれたのだ。お小遣いはもらっているのだけれど、一月に二回も映画を見に行くというのは金銭的にもつからったのでとても助かった。ママは私と信寛君が付き合うことになったことを報告した時から喜んでくれていたし、パパも相手が信寛君なら問題は何も無いと言ってくれたのだ。信寛君は小さい時からしっかりしていたのもあって、勉強は多少できなくても努力で何とかしてきた実績もあるので、私の両親は二人そろって信寛君の事が大のお気に入りだったりするのだ。
映画の上映時間まではまだ余裕があるのだけれど、あまりのんびりとしていたらあっという間に時間は過ぎてしまうし、私は制服から用意しておいた服に着替えるとすぐに家を飛び出していた。しかし、約束をした時からずっと悩んで悩んで昨日の夜にもう一度考え直して、結果的に今日の朝になって決めた洋服なんだけど、今になってみると靴がちょっと違うような気がしてきた。ただ、今から靴を履き替えに戻ったとしたら、映画館まで走らないといけなくなってしまいそうだと思い、今日のところは足元は我慢することにした。
天気予報でも雨は降らないと言っていたし、秋にしては少しだけ暖かい感じもしていた。まるで、私と信寛君のデートを優しく見守ってくれているのではないかと錯覚するくらいに天気は良かった。もう少しだけ雲があってもいいかと思ったけれど、視界が開けていて見通しが良いのは良い事だと思うし、きっと今日は素敵な一日になるだろう。そんな予感が朝からしていたのだった。
映画館の隣にあるフードコートで待ち合わせをしているのだけれど、どこを見ても信寛君はいなかった。もしかしたらトイレにでも行っているのかなと思っていたのだけれど、スマホに連絡が無いという事は何か大変なことにでも巻き込まれてしまったのではないかと思ってしまった。
ただ、こういう時の私の勘というものは大体外れるもので、大変な目に遭ってしまうのは私だったりするのだが。
「あれ、この前の可愛い子だね。もしかしたら、今日も会えたのって偶然じゃなくて運命なんじゃない。そんなに可愛い格好して俺に会いに来てくれるなんて嬉しいな。良かったら、あっちにあるカフェでお話でもしようよ。今日もどうせ待ち合わせで待ってるだけなんでしょ?」
「忙しいんでいいです」
「まあまあ、そう言わずにさ。少しくらい俺ともお話ししようよ。たまには学校以外の友達と遊ぶのもいいと思うよ。あ、まだ俺達って友達じゃなかったかもね。でも、そんな細かいことは気にせずに楽しくした方がいいと思うよ。俺は結構仲間の中じゃ楽しいやつって思われてるし、きっと君の事も楽しませてあげられると思うんだけどな。ね、どうかな?」
この前も急に話しかけてきたこの人はいったい何が目的なのかわからないのだが、私はまたこの人に話しかけられてしまっていた。逃げようにもここから離れると信寛君に会えないかもしれないし、そうなったら私はどうしていいのかわからなくなってしまう。前回は高橋君が助けてくれたのだけれど、今日はそれも期待できそうにないし、信寛君が早く来てくれることを願うだけだよ。
「ねえねえ、そんなに緊張しなくていいからさ。つか、緊張するのは俺の方だったりするんだけどね。カフェが嫌だったら二階にあるゲーセンでもいいよ。俺ってさ、こう見えてもクレーンゲーム得意だったりするんだよね。欲しい景品あったら何でも取ってあげるよ。ほらほら、時は金なりっていうくらいだし、悩んでいる暇があったら一緒に行こうよ」
「ちょっと、あんた何してんのよ。嫌がってる子を無理やり連れまわそうとするのって犯罪なんじゃないの?」
「は、いきなり割り込んできて何言ってんだお前。俺はお前じゃなくてこの子に用があって話しかけてんだから、俺に気安く話しかけてんじゃねえよ。わかったらさっさと離れろよ」
「離れる理由なんて無いんだけど。私はその子と友達だし、お前こそ関係ないやつなんだからどっか行けって。あんまりしつこいと本当に警察呼ぶぞ」
「はあ、何なんだよお前は。この前の変な男といい俺の恋路を邪魔してんじゃねえよ。わかったから、帰るから警察なんて呼ぶなよ。なんで俺だけうまく行かないんだよ」
「さっさとどっか行けよ。それと、この子なんだけどお前じゃ太刀打ちできないようなカッコいい彼氏がいるんで二度と話しかけんじゃねえぞ」
私の窮地を救ってくれたのはお友達の若林亜梨沙ちゃんだった。私と愛莉と梓ちゃんと亜梨沙ちゃんで一緒に過ごすことは多かったのだけれど、最近は亜梨沙ちゃんが西森亜紀ちゃんたちのグループとも仲良くなっているのであんまり話す機会が無かったりした。ちょっとだけ一緒に居る時間が少なくなったのに、亜梨沙ちゃんが私が困ってると助けてくれる優しいいいお友達なのだ。
「今みたいなナンパ男は無視するのが一番だよ。泉ちゃんは人見知りだけど断る時はちゃんと断るよね。それが逆に反応してくれているって思ってグイグイ来てたのかもよ。次からは話しかけられても全無視を決めちゃえばいいと思うし、困ったときは奥谷君とか愛莉ちゃんとかに助けを求めるとかした方が良いよ。私に助けてもらいたいって言うんならいつでも助けに来るけどさ、最初にお願いするのは奥谷君が良いと思うな。泉ちゃんは奥谷君の事をちゃんと信頼していると思うけどさ、一番に助けを求めたのが奥谷君じゃなかったって奥谷君が知ったらショックだと思うよ。その相手が愛莉ちゃんだったら話は変わってくるかもしれないけどさ。それにしてもさ、泉ちゃんたち三人ってずっと同じクラスだったって凄いよね。今で一度も三人が離れた事ないってちょっと凄すぎるよ。話を聞いた時は運命じゃんって思ったけれど、高校三年生の秋にして初めて付き合うことになったって、遅すぎるよ。そんなんじゃ残り少ない高校生活を十分に満喫なんて出来ないよ。夏休みも終わっちゃったし、残されているのは冬休みと学校祭くらいだもんね。でもさ、今年も泉ちゃんはあの劇をやるんでしょ?」
「え、うん。やると思うけど、まだちゃんとは決まってないんだよね」
「そっか。決まってないとしても私はまたやってほしいなって思うよ。去年の劇も良かったと思うけどさ、二人が付き合ってから初めての舞台ってやつでしょ。それは見に行かないと一生後悔するってもんだよ。でもさ、去年の時点でも教室が結構パンパンだったんだし、もっと広い場所を借りてやったりしないの?」
「それがね、部活動の出し物は部室か空き教室でやることって決まってるみたいなんだよね。視聴覚室とか音楽室でやれたらいいねって話はしているんだけど、昔からの決まりでそういうのは急に変えたりできないんだって」
「そう言う理由なら仕方ないかもね。でもさ、私達三年生は当然だとして、去年見た二年生もみんな見たいと思ってるんじゃないかな。もしかしたらさ、一年生の子たちも泉ちゃんと奥谷君のファンが多いみたいだし、二人の舞台を見たいって思ってる人はたくさんいると思うよ。何だったらさ、もっと広い会場を用意して劇を見たい人が全員見れるようにって署名活動でもしてみようかな。奥谷君の熱烈なファンの子がいるんだけど、今じゃ奥谷君だけじゃなくて泉ちゃんのファンでもあるんだよね。私達は二人の事を知ってるからそれが当然だと思うんだけどね、二人の事を詳しく知らない人達も当然いるわけなんだよ。それこそ、奥谷君の熱心なファンの子みたいなタイプね。この子達なんだけど、奥谷君のファンであって、泉ちゃんの事は全然知らないって子が沢山いるのよ。でも、そんな子達が奥谷君に彼女が出来たらしいって噂を知るとさ、相手は誰だってことになるわけなのよ。で、その相手を調べてみたら宮崎泉って名前の同級生らしいぞ。って事を知ると思うのね。それからは泉ちゃんの事を出来る限り調べると思うのよ。奥谷君のファンの子なんって学校にいくらでもいるんで色々と奥谷君関係の事を知る機会ってのがあるんだけど、泉ちゃんって奥谷君とずっと同じクラスだって知るのよ。大半の人はそこで泉ちゃんと奥谷君って運命の相手なんじゃないかって思って祝福モードになったりするのね。でも、それだけじゃまだ泉ちゃんを認めないって人もいるわけなのよ。ずっと同じクラスだっていうのはたまたまそうだっただけで、クラスが二つしかないような学校ばっかり行ってたんならそんなに低い確率じゃないんだろうな。って考えるわけ。それで、次に調べるのは泉ちゃんってどんな人なんだろうって事なんだけど、奥谷君のファンが学校中にいるのと同様に泉ちゃんのファンもそこら中にいるの。二人ともそれには気が付いていなかったと思うけど、学校のいたるところに泉ちゃんと奥谷君のファンがいるのよ。凄いよね。で、奥谷君のファンの子が泉ちゃんってどんな子なんだって調べることになるんだけど、泉ちゃんって悪い噂はガセネタくらいしかないって言われるくらい聖人じゃない。奥谷君もそうなんだけど、二人ともいい子過ぎるのよね。どうしたらそんなにいい子になれるんだろうってくらいいい子じゃない。愛莉ちゃんもいい子だとは思うけど、二人に比べたら多少は悪い部分もあるんだよね。別にこれがダメってわけじゃないんだけど、頭が良すぎるがためにちょっと意地悪してるんじゃないかなってところが愛莉ちゃんにはあるのよ」
「愛莉ちゃんはいい子だと思うよ。意地悪されたことなんて記憶にないけどな。あ、もしかして、奥谷君が私の事を好きだって言ったのは意地悪な気持ちで言ったのかもしれないね」
「ああ、それな。それは意地悪で言ったのかもしれないな。でもさ、あんだけ二人して好き好きオーラを出しているのに今まで気が付いていなかったってどういう事なんだよ。普通はどっちかが気付いて歩み寄るもんだろ。それなのにさ、二人して一切距離を詰めようともせずに遠慮しあってるのってさ、昭和のお見合いじゃないんだからって思っちゃうよね。それでもさ、一歩勇気を出して告白したのは偉いと思うよ。決める時にはしっかり決めるのって男らしいよな」
「私は男らしくなんて無いんだけど、あの時に言わなきゃ絶対に後悔するなって思ったからね」
「え、泉ちゃんが告白したの?」
「そうだよ。半分くらいは愛莉ちゃんのお陰ってのもあると思うけど、私もあの時は勇気を出して言えたと思うよ。勇気を出せてよかったなって思ったもん」
「凄いな。泉ちゃんって三人以上いたら誰とも話せなくなるでおなじみの。先生に刺されても答えるまでに相当な時間がかかるでおなじみの。知らない人に話しかけられても会話のキャッチボールをしようとしないでおなじみの。泉ちゃんが告白するなんて凄いよ。私は感動したよ。それと同時に、私は生きてきた中で一番びっくりしたよ」
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