第2話
後輩の福山朋花ちゃんは今でも私を舞台にあげようとしているのだけれど、私がその期待に答えることは今年こそないと思う。期待に応えないためにも、顧問の先生と愛莉の接触をなるべく少なくする必要があるのだ。高校生活最後の年くらいは私達の作り上げた舞台を外からちゃんとこの目で見てみたいと思っているからだ。
私は奥谷君と同じ部活が出来ればいいと思っていたので、舞台上に立ちたいという気持ちはほとんどないのだけれど、毎年一度きりの二人が主役の舞台は嬉しかった。ただ、その嬉しい気持ちは年に一回一日だけで満足なのだ。でも、周りの人達はそうは思っていないようだったのが辛い。
その舞台の脚本を書いてくれた愛莉は私と奥谷君の事をよく知っているからなのか、ちょっとした台詞回しとかでも奥谷君の癖を取り入れて演技自体も自然な感じにしていた。私は舞台上で一言も話さないのでセリフは無いのだが、なぜか私にだけは愛莉が直接演技指導をしてくれるのだ。愛莉は完全に私と奥谷君を使って楽しんでいるのだけれど、それがかえって評判をあげていたりもするのでたちが悪いと思う。運の悪いことに、顧問の若井先生はそんな愛莉の演技プランを丸々受け入れていたのだ。私以外の演技に口を出さないというのもあったとは思うが、去年はやたらと奥谷君を見つめている時間が長かったと思う。
「泉先輩ってどうしてあの舞台でしか主役をやらないんですか?」
朋花ちゃんは私と一緒に衣装の手直しをしながら毎回同じことを尋ねてくる。私は毎回同じ答えを返すだけなのだけれど、朋花ちゃんは私が諦めて舞台に立つまでは同じことを何度も聞いてきそうな感じだった。
「私は泉先輩がもっと舞台上でキラキラと輝いている姿を見ていたいんですけどね。一年くらい付き合ってたら泉先輩が極度の緊張しいだってのは分かるんですけど、それでも私は泉先輩がいろんな役を演じている姿を見てみたいですよ」
「私だって時々舞台に立っているじゃない。それで許してよ」
「ええ、泉先輩って舞台に立っている時ってフードをすっぽりかぶっていたりマスクで顔を隠したりしてるじゃないですか。それって、泉先輩がやる必要ないと思うんですよね。私が代わりにそれをやるんで、泉先輩はもっと前に出てくださいよ」
「朋花ちゃんは分かってると思うけど、私は人前に出るのがあんまり得意じゃないのよ。だから、あんな風に私だって気付かれない方がいいのよ」
「泉先輩の気持ちはわからなくもないですけど、もっと人前に出ることに慣れた方がいいと思いますよ。そうだ、次の舞台は私と配役を変えてもらいましょうよ。若井先生だってきっとOKしてくれますって」
「いやいやいや、次の舞台って朋花ちゃんが主役じゃない。朋花ちゃんの晴れ舞台なんだから私なんかに譲っちゃ駄目でしょ。もしかして、主役をやるのが怖いのかな?」
「いえ、全然怖くないですよ。むしろ、奥谷先輩と一緒に主役が出来るのは光栄ですからね。ロミオとジュリエットは今までたくさん演じてきたんですけど、奥谷先輩と一緒に出来るって思えば今までに無いくらい楽しみだったりしますよ。ロミオ役が奥谷先輩なんで中学の時に市民ホールでやらせてもらったときよりも緊張してたりしますけどね」
「そんな緊張するのならますます私には無理でしょ。私が人前に出るのを苦手だって知ってて進めるなんてひどい後輩だよ」
「違いますよ。私は泉先輩と奥谷先輩の演技がもっと見たいだけなんです。去年見たあの舞台が今でも忘れらえなくて、あの見つめ合ってるシーンを毎晩見てますからね」
「毎晩って、そんなに見てたら飽きるでしょ」
「飽きないですよ。泉先輩のキラキラしてるシーンはいつ見ても感動的ですし、私は一目見た時から完全に心を鷲掴みにされましたからね」
「そう思ってくれるのはありがたいけれど、私は人前に立つことが精一杯でセリフを言うなんて無理だよ。こうして朋花ちゃんと話しているのも緊張しているからね」
「泉先輩の緊張は何となく伝わってきますけど、今からそんなんじゃダメですよ。そんな意気込みじゃブロードウェイの舞台に立てないですよ」
「そんなところに立たないから大丈夫だよ。もう、朋花ちゃんは私の事を買いかぶりすぎだよ」
「私は泉先輩と奥谷先輩の芝居をもっと見たいなって思いますよ。でも、舞台に立つのが嫌だっていうのなら仕方ないですよね。あんまりわがままを言って泉先輩を困らせるのは良くないと思いますし。そうだ、次の日曜って何か予定ありますか?」
「次の日曜か。特に予定はなかったと思うよ。何かあるのかな?」
「はい、見たい映画があるんですけど、一緒に見に行きませんか?」
「見たいのって、何の映画?」
「ちゃんと調べてないんでわからないですけど、幼馴染の男女がお互いの思いに気付かずに過ごしていたんですけど、とあるアプリのお陰で二人の距離が近付いて行って思いを伝えあうって話だったと思います」
「ああ、それはちょっと前に読んだことあるかもしれないな。原作も面白かったし、見てみたいと思ってたからいいよ」
「良かった。私は主演の女優も好きなんですけど、相手の俳優も好きなんですよね。それに、脇を固める皆さんも演技派ばかりで期待してるんです。あえて前情報は入れずに番宣も見ないようにしてたんです」
「そうなんだ。私は映画化をするらしいってのは知っていたけど、逆に誰が出るのかも知らなかったよ。私のイメージと近かったらいいな」
「みんな演技の上手な俳優さんだと思いますよ。泉先輩のイメージを聞いちゃうとネタバレとかされそうなんで聞かないでおきます。よし、泉先輩が一緒に行ってくれるって事だし、後は奥谷先輩も誘ってきますね」
「え、奥谷君も誘うの?」
「そうですよ。映画も楽しみだけど、演技を見るのも楽しみですからね。それに、主役の二人がイメージを共有するのも大事な事だと思うんですよね。泉先輩も奥谷先輩と一緒の方が舞台に向けてイメージ膨らませやすいと思いますし、何か誘っちゃ駄目な理由でもあるんですか?」
「いや、理由なんてないけど、奥谷君も日曜日は忙しいんじゃないかな。無理に誘うのって良くないと思うんだけどな」
「断られたら断られたで仕方ないですし、奥谷先輩に聞いてきますね」
朋花ちゃんは何かと私を誘ってくれる。それはとてもありがたいことではあるのだけれど、なぜか毎回奥谷君も一緒に誘っているんだよな。それも嬉しいことではあるんだけど、奥谷君は毎回都合が合わないようで断られているんだよね。
「奥谷先輩は今週の日曜は空いてないみたいですね。残念ですけど映画はまだ始まったばかりですし、来週ならどうだって話になったんですけど、泉先輩は来週でも大丈夫ですか?」
「え、今週じゃなくて来週?」
「そうですよ。来週の予定って埋まってますか?」
「いや、埋まってないかな。でも、今週じゃなくてもいいの?」
「いいですよ。映画自体も楽しみですけど、奥谷先輩と一緒に見に行くことに価値がありますからね」
「そういう事か。そういう事なら私に気を遣わなくてもいいんだよ。私を誘わないで奥谷君と二人で見に行ってきたらいいんじゃないかな?」
「泉先輩は何を言っているんですか。私と奥谷先輩の二人で見に行っても仕方ないでしょ。泉先輩も一緒に行くんですよ」
「そこまで怒らなくてもいいじゃない。私はちゃんと行くよ」
「そうですよ。泉先輩が来ないと意味が無いですからね。それに、泉先輩がきてくれなかったら困りますからね」
「困るって、奥谷君と二人っきりになるのが嫌なの?」
「正直に言えば奥谷先輩と二人でも私はいいんですけど。いや、それはちょっと申し訳ないって気持ちもあるけど。そうじゃなくて、今回はなぜか真吾も一緒に見に行くことになったんですよ。あいつの事なんて誘ってないのに信じられないですよね」
「高橋君も一緒に行くの?」
「そうなんですよ。私が誘ったのは奥谷先輩なのに、奥谷先輩の隣にいた真吾が乗り気になっちゃって。真吾が行くなら奥谷先輩も行くってことになったんですよ。真吾って空気を読めないから一緒にいると疲れちゃうんですよね。本当にごめんなさい」
「良いよ良いよ。高橋君もいた方が楽しそうだしね」
「あいつなんてうるさいだけの邪魔ものですよ。いっつも肝心なところで邪魔ばっかりしてくるんですよ」
私は高橋君が朋花ちゃんの事を好きなんだと思っている。朋花ちゃんは奥谷君の事が好きみたいなので高橋君の思いは今のところ届かなそうだとは思うけど、二人ともいい子だからお似合いだとは思うんだよね。奥谷君と朋花ちゃんもお似合いだとは思うけど、朋花ちゃんには高橋君の方がお似合いだと思うな。
映画を見に行く前に愛莉にその辺の相談もしてみようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます