第29話 治癒

 翌日から公子の元へ赴いて治癒を行うことになった。


 護衛を数人引き連れ、昨日とは違う、だが似た雰囲気の居城へやって来ればそこに待っていたのはあの失礼な青年だった。


「ご機嫌よう聖女様。今日はお目付役がいないのですね」

「治癒を行う相手については最小限の者にしか伝えられておりません」


 グライスさんにも知らされていない。同行の護衛は事情を知るアルバートさん一人を除いて部屋の外で待機予定だ。


「懸命な判断だ」

 いちいち引っかかる物言いをする人だな。イケメンだからってなんでも許されるわけではないぞ。





 案内された部屋の前で他の護衛と別れ、中へ入ればそこには一人の青年が待っていた。


「よく来てくださいました」


 治癒対象者であるエッカルト・ダンカール公子は、先日お会いした大公からは想像がつかないほど優しそうな雰囲気の青年だった。

 後ろでひとまとめにした柔らかなブラウンの髪にコーラルの瞳。ラフな服装は治癒のためだろうが、その両手首に見えた無骨な魔道具が余計に浮いて見えた。


 だがあくまで彼は公子だ。見た目で判断してはいけない。護衛がいるとはいえ、ここで対応するのは私一人なのだ。

 努めて冷静に挨拶をし、治癒の前に必要事項を聞き出したいと思ったところで。


「じゃあさっさと始めてくれ」

 そう言ってドサっと近くにあるソファに座り込んだのは昨日の失礼な青年だった。


「ルーファス」

 公子が咎めるが知らん顔だ。申し訳ありません、と優しそうな彼に謝らせているではないか。失礼を通り越して無礼である。そもそも公子に謝らせるとはどういうことだ。


「エッカルト公子、彼は?」

 ただの案内役ではないのだろうか。


「申し訳ありません聖女様。私の学友なのですが、少々事情がありまして……治癒に同席させても構わないでしょうか?」

 彼がいいのなら私は構わないけれど。非のない相手に二度も謝られてしまえばそれ以上突っ込むのも気が引ける。


「こちらは問題ありません。それでは、治癒を始めるに当たっていくつかお聞かせください。魔障に触れた状況や症状など」


 失礼な相手に腹を立てるだけ無駄だ、さっさと自分の仕事をしよう。

 公子と共に席について話を聞く。向かいから寄越される鋭い眼差しは一切気にしないことにした。



 正常に過ごしているように見えた公子の症状は思った以上に酷かった。魔障を全身に浴び、両の手首と同じものが両足首にも、そして手足よりは細いが首にも無骨な魔道具がつけられていた。この状態での症状は全身の倦怠感のみ。

 魔障を全身に浴びてしまえば数日ともたない。それほど重症であっても魔道具さえあれば抑えられてしまうのか。時限爆弾みたいだと思った。


 これだけの症状であればたしかに聖女にしか対処できない。他の者が行えば十数人がかり、長い期間が必要になるだろう。その間彼の体力がもつかも分からない。


 不安を顔に出さないように必死で堪え、少しづつ魔障を抜いていくことになると説明する。急激な変化に体調を崩す手前で止めなければならないのだ。

 魔道具をつけている以上魔障の変化は目に見えない、だが外してしまえば命に関わる。その辺りの匙加減を、助言をもらいながらこなして来た私はまだ完全には身につけていなかった。


「最初だけ、体調を崩すかもしれません。公務など行えなくなりますがご了承いただけますか?」


 意気込んで助力にきたとはいえ、なんせ新米聖女だ。ミルティス夫人のような繊細さは持ち合わせていないしここに助言をくれる人はいない。だが聖女の力不足により少々大雑把に許容範囲を計らせてもらいますよと馬鹿正直には言えない。

 幸い彼は魔法にあまり馴染みのない公国の人間だ。これは必要な不調ですと真面目な顔で訴えた。


「しばらく予定は入れておりません。よろしくお願いします」

 神妙な顔で頷く彼にちょっとの罪悪感。死なない程度なので頑張ってほしい。





 一度目の治癒を済ませ護衛とともに部屋を出れば、無礼な青年もついて来る。

「ラスティン様、ご友人の側にいらっしゃらなくて良いのですか?」

 聖女に敵意を向けるほど心配していたのではないのか。


「すでに侍医は呼んであります。私には聖女様をお見送りするという大事な役目がありますので」

「先程の対応で構いませんよ」

 今更猫を被られたところで不気味なだけだ。


「そうか、ならば遠慮なく。王国の治癒はそれほど反動がないと認識していたが、違ったのだな」


 聖女の力不足を見抜かれていた。問題になる前にこの青年をどうにかするか……? いや、まだバレたとは限らない。

「あれほどの症状ですから。程度にもよります」

「なるほど?」

 あからさまに疑われているがシラを切り通した。


「聖女様は国に婚約者がいるのだったな。たしかフォーサイス伯爵家の次男だったか」


 突然の話題転換。そんなことまで知られているの?

 王国の貴族事情は学んだが、他国まではさっぱりだ。だからこの人がどれほど偉いのかなんて分からない。だが他国の情報に詳しく、公子との関係性を見るに貴族の中でも高い身分なのだろう。


「よくご存知なのですね。それがどうかなさいましたか?」

「いや、相当の美男だと聞いている。この国で聖女様のお眼鏡に叶う者がいると良いのだが」

 イケメンを充てがってどうしようというのだ。私がデイヴ様以外に靡くわけがない。


「不要なご心配です。婚約者以外に望む者はおりません」


 意外そうな顔を向けられる。好色の聖女なんて噂が流れでもしているのか。どうでもいいけど。入口に着き、やっと離れられると安心したのも束の間。


「お見送りいただきありがとうございました」

「ではまた明日」


 明日もいるのかこの人。





 公子はそれから数日寝込んでいた。

「熱を下げることはできないのか?」

「これ以上の治癒を行うのは危険です」


(魔道具で抑えられていたとはいえ、想像以上に削られていたんだ。)

 もう少し加減をすればよかった。私だって苦しんでいる人を見ているだけなんて耐え難い。ましてや自分が行った治癒の結果なのだ。


「申し訳ありません。私の判断不足です」

 熱が出てもせいぜい二日、こんなに寝込むとは思っていなかった。


「なんだ、こいつは死ぬのか?」

「そんなわけありません!」

 ちょっと苦しみが長引くだけだ。縁起でもないこと言わないで!


「なら問題ないだろう。辛気臭い顔をするな」

 思わずポカンとしてしまい慌てて表情を取り繕う。大事な友人を苦しめられて怒らないのだろうか。初対面でのあの怒りはどこへ。


「ところでいつまでそうしているつもりだ? 看病であれば城の者に任せればいい」

 公子の熱を覚ますために使っている魔法のことだろうか。

「いえ、城の方々には私がいない間頑張っていただきますので」

 連日の私がしていることといえば、様子を見に来たついでに氷枕や冷えピタ代わりをしていた。


「疲れないのか」

「ええ、慣れております」

 たった一つの魔法を続けるのは容易い。スパルタ教育のおかげで安定力も身についた。素直に感謝しにくいが。

「魔法が珍しいんですか?」

「いや、そういうわけではないが……」

 魔道具はあるし、公国だって魔法を使える人がまったくいないわけでもない。そりゃそうだ。


「随分上手く使いこなすものだな」


 私は聖女だ。初対面の相手に魔法の出来不出来を指摘されたことなどない。その反応は新鮮だった。

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