第24話 魔道具

 その日は朝から冷え込んでいた。

 どちらかといえば寒さに強い私でも暖房がほしいくらいの気温だったので、屋敷内をうろつきながら空気を温めてみた。動く暖炉だ。


「部屋よりも廊下が暖かいって不思議ね」

 寒さに弱いエリーは嬉しそう。


 それから、魔力のコントロールを兼ねて温度を維持してみたのだがこれがなかなか難しい。一度温めた場所だけ保つには他に気を向けられないほどの集中力が必要だった。屋敷全体を温める方がよほど楽だ。

「もう限界」

 体力より先に脳が休みたいと訴えてくる。力を抜いてソファに突っ伏した。


 魔法操作の訓練を家でもできるようにとアイザックさんが教えてくれた方法は、疲労度が桁違いだった。魔法を日常生活に取り込み、慣れてくれば無意識に維持できるようになると言われたけれど、お手本が高度すぎる。他の魔法士が口を揃えて変態と言っていたのが今なら分かる。


「自分がいる場所だけなら簡単なのに」

 目の届かない範囲を感覚だけで操るのもそこまで難しくはなかった。自らの魔力さえ感知できれば操作は容易い。苦手なのは複雑になってからの継続だった。

 そういえば部活のコーチにも瞬発力だけは褒められていたな。


「聖女様にもできないことってあるのね」

「できないことだらけだよ……」

 浄化の必要がない現在、魔法の才がない聖女などただの魔力タンクだ。どこかに溜めて他の人に使ってもらった方が有意義なのでは。魔力を長期保存できるような魔道具はないのだろうか。小型化できればなおいい。非常持ち出し袋に入れておけば有事の際にも安心です。

 滅多にない疲労でだいぶ弱気になっていた。ついでに思考力も下がっていた。


「休憩にしましょ。ほら、ケーキを焼いてもらったから」

 わーい! 糖分糖分!

 お茶の用意をしてくれる彼女を寝そべったまま追う。あ、私があげた髪飾りつけてくれてる。嬉しいなぁ可愛いなぁ。ニコニコと眺めていればノックの音が響く。慌てて飛び起きて身なりを整えた。


「もう訓練は終わっただろうか」

 廊下の温度に変化があったので顔を出したというデイヴ様だった。

「すみません、急にやめてしまったので寒かったですか?」

「いや、そうではなく……」

「デイヴィッド様は先程構ってもらえなかったので機会を伺っていただけですよ」

「夫人」

 後ろからついてきた彼女をバツが悪そうに呼ぶ青年。マーヴィー夫人の言う先程とは? 記憶にない。


「一時間ほど前にいらっしゃいましたが、集中していた様子だったので」

 声をかけたが私は気づかなかったのだとエリーが教えてくれる。それは申し訳なかったと待たせたことを謝るつもりだった。

「可愛……」

 思ったことが出てしまった。だめだ、今は思考と口が直結している。お可愛らしいですよねぇなんて追従するエリーは微塵も思っていないだろう。二人の馬が合わないのはなんとなく気づいているが、揶揄わないで差し上げて。


 咳払いをして勧められた席につくデイヴ様の顰められた目元は照れからだろう。今度はしっかり口元を引き締めて思った。so very very cute.


「以前話していた魔道具だ」

 机に乗せられたそれはシンプルなシルバーの腕輪だった。これが彼を守ってくれたのだ。よくやった腕輪。慎重に手にすれば、ずっしりとした重みがある。表には小さな刻印以外なにもないが、中は複雑な作りになっているのだろうか。一周眺めてみても私にはただの腕輪にしか見えない。うっすらと魔力を帯びているくらいだろうか。


「この国で使用されている魔道具は魔法師団の支部で点検され、繰り返し使われることが多い。簡単なものであれば工房もある」

 動力として魔力を注ぐこともあれば魔石を使用することもある。だがこの腕輪のように、魔障に効くような特殊な魔道具を再度使用可能にする技術者はおらず、実質使い捨てのようになっているという。

「ただ魔力を込め直せばいいというわけではないんですね」

 奥が深い。魔道具に関して、自分が公国でできることはやはりなさそうだ。


「こちらは私が普段使用しているものです。使い古しでお恥ずかしいですが」

 マーヴィー夫人が持ってきてくれたのは手のひらサイズの小鳥を模した陶器だった。

「竈門に火を入れる際に使用します。我が家は夫も私も水属性なので」

 この小さなボディで火の鳥だと。やるな。

「料理人では珍しいな」

「ええ。若い頃には苦労したそうです。とはいえ、今代の王がお生まれになってからは随分よくなったと幼い頃に聞かされたものです」


 小鳥の全身を隈なく眺めている間、二人は違う観点で話をしていた。この国の歴史を習ったとき、魔法の属性や力量による差別が存在した時代もあっと知った。現在の王国しか知らない私には驚きしかないが、どこの国や世界でもあり得ることだ。


(もしかしたら先代の聖女様は大変なご時世に呼ばれてしまったのかもしれない)


 そんなことを考えながら触っていたら、可動式らしき尾羽を動かしてしまった。開いた小鳥の口が染まる。

「わっ」

 最初に感じたのは熱だ。小さな炎が見えたと思ったら一瞬で冷気に変わった。

「怪我は!?」

 うっかり作動させてしまった魔道具を一瞬で鎮火させたらしい青年が問うが、私は取り上げられたそれを凝視していた。口から火を噴いた! まごうことなき火の鳥だ!


 初めて玩具を与えられた幼子の瞳だったとのちに夫人は語った。




 危ないものは触らないように。

 そう言われ手元に帰ってくることのなかった小鳥を思う。あれは着火用のお洒落なライターだ。知らずに作動させてしまったとはいえ、理解した上での危険度は限りなく低い。聖女ということを除いても少々過保護ではないだろうか。


 召喚されてすぐ誕生日を迎えた私はこちらに来てからすでに二度ほど歳を重ねた。あちらでも成人とされる歳だ。だというのにデイヴ様は私に対して幼い子供のように接しているのではと思うことがある。

 たとえば、共に歩いている時にエスコートされるのはレディの扱いだ。だがそこで走り出して転ぶ心配をされるのは違うのではないか。それではまるで親子だ、怒られてしまうので口にはしないが。いきなり走り出すと思われている自分に対する反省は棚上げした。

 断固主張したい。私は立派な成人女性ですよ!


「旅の道中でしたくともできなかった反動はあるかもしれない」


 遠回しに「私を甘やかしすぎでは?」と尋ねればそんな答えが返ってきた。糖分補給のケーキより甘い。不満は吹っ飛ぶ。もう好きにしてくれと思った。

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