番外編 思い出

 まだ浄化の旅で国を巡っている頃。

 小さな村から賑わう街、領主のお屋敷など様々な場所でお世話になった。


 これは王都からだいぶ離れた、魔獣が出没する地域に入った時の話だ。



 旅を始めて二月は過ぎた。魔法を教えてもらうようになり、一通りの生活魔法は身につけていた。

 そろそろ身を守るすべを知りたいと願い、姿隠しを学んだのもその時。

 まだ魔法士たちには透明人間化できるとは気づかれていなかったし、私自身知らなかった。ただ魔獣に見つかった際、対抗する力はないのだから咄嗟に身を隠して逃げろと教わったのだ。


 森に接する小さな村へ着き、代表へ挨拶に向かった。

 魔障によって魔獣は成る。

 年々僅かずつ発生していた魔障が溜め込まれるようになってから、小型の魔獣を見かけることが増えた。村人と、近隣の町からの応援もあり退けてはきたが、対応できなくなるのも時間の問題だろう。最近では森に入るのを避け、生活に支障が出始めているという。

 滞在を安全にするためにもと、その日のうちに村一帯の浄化を行った。森に入るのは明日以降、斥候を送り出してから。


 森の様子は思っていたより落ち着いていた。元々大型の野生動物はおらず、村で家畜を飼う程度。小型の魔獣を食べてしまったものもいたが、早期に処理し問題にはならなかったようだ。

 これなら私を伴い森に入っても大丈夫だろう。満場一致で向かった先で、どでかい猪型の魔獣に遭遇した。


 長編アニメーション映画に出てきたやつだ。ヌシヌシ。魔法の世界すごいやばい! 涎もすごい!


 すぐさま護衛と魔法士に庇われ、促されるまま邪魔にならないように後退する。

 まだ森の入り口から比較的近い場所だった。村に向かえばひとたまりもない。

 これほどまでの大型は誰も想定していなかったが、手慣れた様子で騎士と魔法士たちは魔獣の制圧にかかる。その中にはあのキラキラの騎士様もいた。

 こちらは今にも腰が抜けそうなのに。


 魔法で防御を張り、陽動と遠隔攻撃で動きを鈍らせたあと斬りかかることを繰り返す。程なくして地に伏せたそれは動かなくなった。

 素晴らしい連携。人間強い。

 息絶えたのを確認しようとした直後、横から数頭飛び出してきた、私でも見慣れた通常サイズの猪型魔獣にもすぐさま対応している。プロフェッショナルだ。


 ふと周りを見渡した時、それが目に入った。

 魔獣の主の生存確認をしている騎士の斜め後方、高い草むらが揺れた。

 魔法士は今、全員が他の魔獣に対応している。もしあそこから魔獣が飛び出してきたら、即座に対応できるのは後ろを向いてしゃがみ込んでいる騎士だけだ。

 戦い慣れた彼らを軽んじたわけではない。杞憂に終わればいい。だが最悪の事態が浮かべば、それがすべてだった。


 咄嗟に姿隠しを使って走り出す。

 護衛対象を見失った声がしたが耳には入らず、懸念した通り飛び出してきた魔獣が狙いを定めた騎士に届く前に、火魔法で鼻先に火をつけてやった。キャンプファイヤーにしてやる。

 覚えたての姿隠しはその際に解けてしまい、炎に怯んでいた魔獣がこちらを向くのが分かった。

 先程の主に比べたら通常サイズなど怖くない。凶悪な面構えは怖いが。

 再び姿隠しに集中して距離を取れば、魔獣は私がいた場所へ突進し、木にぶつかったところを駆けつけた騎士に仕留められる。


 まだ他に潜んでいるかもしれないとすぐさま護衛たちの元へ戻ったら、急に現れたことに驚いたのか声を上げていた。騎士だけではなく魔法士もいるのに、なぜ?


 その時になってようやく、私の姿隠しは普通ではないと発覚した。余裕のない状況での魔法使用は加減が効かず、絶大な効果を発揮していた。



 その場の魔獣を処理して戻った先の宿舎でしこたま怒られた。


 いつもならば突拍子もない言動も、困った子供を見る目で仕方ないなと許してくれる人たちを本気で怒らせてしまった。

 留守を預けていた侍女や教会のおば様など、話を聞いてこちらが心配になるほど青ざめ、涙ながらに危険性を訴えられた。

 めちゃくちゃ反省した。反省したが、同じ状況になったらまた動いてしまうかもしれないと思ったことは、絶対に口に出せなかった。


 その夜からしばらく、反省を示すために大人しく過ごした。あまりに粛々と仕事をこなすのでかえって気遣われたりもしたが、これはパフォーマンスではない。心配させてしまったことは、心から申し訳ないと思っていた。

 自分の行動に後悔はなかったけれど。





 数日かけて残党の捜索と討伐、森の浄化を済ませ、最終確認のためにと再び見回っていた日。


 少し開けた岩場の近く、無造作に転がった籠を見つけた。

 村人は以前、薬草や木の実を取りに森へ入っていたと聞いた。まだ朽ちるには遠く、使い込まれた様子のそれは誰かの落とし物だろうか。

(慌ててこの場を離れた時に置いていったのかな)

 この村で魔獣による犠牲は出ていない。持ち主もきっといるだろう。


 そう思い、拾い上げようとした籠を、横から攫う腕があった。

「これがどうかしたか?」


 その時はまだ名前を知らない、デイヴ様だった。

 日々チラチラと眺めていた彼を、こんなに間近で見たのは初めてだ。眼前の造形美や想像よりも低い声に感動するより先に、焦りが浮かぶ。

 この前遭遇した主の見た目があまりに醜悪だったので、その後いつもより長めに目の保養に務めていたのがバレてしまったのだろうか。


「村人の落とし物かと思って、持ち帰ろうかと」

 話しかけられたことへの動揺を隠して答える。


 ちらりと彼が移した目線を追えば、共に見回り中の護衛や魔法士たち。何人かはこちらを伺っている。

 そう離れたつもりはなかったけれど、心配させてしまったのか。それを彼が追ってきてくれたのか。

 僅かな距離でもあんなことがあった森だ、私が軽率だった。


「あなたはもう少し、守られることに慣れてくれ」


 責めるよりも願うような響きを感じて、謝罪はせずにただ、頷いた。





 私は救国の聖女様だ。大事にするのは自分自身も。今後行動を起こすときは必ず近くの人に許可を。

 聖女様のそれは許可ではなくただ巻き込んでいるだけだというお小言をもらったが、そこは大目に見てほしかった。


 多少の面倒をかけている自覚はあったけれど、粛々と仕事をこなす私よりもそちらの方が安心できるようだったので、許してもらおう。

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